第19話 魔女の瞳
「メリア‼」
スーが襲い掛かってくるカラスを叩き落しながら叫ぶ。いくら叩き落そうとも、カラスはメカニックアニマルであるために、魔鉱石を破壊しない限り、翼が捥げようと、嘴が折れようと、立ち上がってスーに向かって来た。カラスと戦いながら、スーはメリアのもとに行こうとして、カラスに阻まれ、悔しげな表情を浮かべる。
ベロニカはメリアの顔を掴んだまま、メリアの瞳を見つめて口を開いた。その顔には、狂気的な笑顔を浮かべている。
「ねえ、あなた。聞いてくださる? ワタクシの、可哀想なワタクシのお話」
「……え……」
「ワタクシ、上層の生まれでしてよ。上層の、貴族の生まれでしたのよ。毎日が煌びやかで、幸せでしたの。そう、あの忌々しい、魔女狩りが訪れなければ」
ベロニカが笑いながら、強く唇を噛む。血が滲み、ベロニカの唇が真っ赤に染まっていった。まるで、人を食った後のように。
「忌々しい、魔女狩り。魔女狩りなんて大層な名分ですこと。その本性は、ただ、罪のない女たちをいたぶり、殺す、残虐そのものの行いでしたのに。ほら、ご覧になって」
ベロニカが右目の眼帯を外す。眼帯の下には大きな傷痕が隠されていて、ベロニカの右目の色は汚く濁っている。その惨いあり様に、メリアが「ひっ……」と小さく悲鳴を上げた。
「ワタクシの美しい金の瞳は、魔力を持った魔女の瞳なのですって。それならば、ワタクシが魔女狩りごときに捕まるはずがないでしょう。ワタクシはただの、か弱く、なんの力も持たない一人の女でしたのよ。美しい瞳を持つ、ただの女でしたの。捕らえられ、顔を切りつけられても、悲鳴を上げることしかできないような、可哀想な女」
ベロニカがメリアの瞳に手を伸ばす。目の前の狂気に当てられ、恐怖に呑み込まれたメリアは動くことも出来ず、ベロニカの細い指先が自分の目に迫って来るのを見つめていた。
「私の瞳を傷つけた、魔女の瞳を探しておりますの。忌々しい、魔女の瞳。でも、集めても集めても、見つかりませんのよ。魔力を持った瞳が。ワタクシの瞳を奪った理由が」
指先は、メリアの瞳を抉ろうと、迫って来る。
「あなたのその美しい、金色の瞳。魔女の瞳じゃありませんこと?」
「メリア‼」
自分に向かって来た最後の一匹のカラスを叩き落したスーが、メリアの様子に気が付いた。メリアを助けようと、走り出す。
スーの声に気が付いたベロニカが、振り返った。
「忌々しくってよ」
ベロニカが向かって来るスーに向かって、暗闇から現れたカラスが二羽、飛び掛かった。
「邪魔だっ‼」
スーが叫び、カラスに向かってモップの柄を振ったが、カラスはヒラリとそれ避けると、二羽で息を揃えてモップの柄を嘴で咥え、スーから武器を奪い取った。
「⁈」
「カラスは盗みが得意でしてよ」
スーから武器を奪い取ったベロニカが、赤く染まった唇を吊り上げ、不敵に笑う。
だが、武器を取り上げられたはずのスーは真っすぐベロニカに向かって走って行き、ズボンのポケットに忍ばせていた銀のナイフの鞘を抜いた。それを見たベロニカが大きく目を見開く。
「きゃあっ⁈」
自分の頭を守るようにしてしゃがみ込んだベロニカに向かってスーがナイフを振り下ろし、鋭い矛先はベロニカを貫こうと迫った。その瞬間、ベロニカの前に一羽のカラスが飛び出して、ベロニカを庇ったカラスはスーのナイフに貫かれ、地面に落ちる。その隙にベロニカはスーから逃げ出し、距離を取った。
「メリア⁈ 大丈夫か⁈」
スーはベロニカを追いかけようとはせず、呆然としていたメリアの肩を掴んで揺さぶった。メリアが「え、あ……う、うん」と大丈夫ではなさそうな返答を返す。
「なんて野蛮‼ これだから下層の子供は嫌いでしてよ‼」
メリアの瞳には、怒り狂ったベロニカと、スーの背後から迫って来るカラスたちの、鋭い嘴が見えた。
「スー‼」
「⁈」
メリアの叫び声に、スーがカラスに気が付いたが、自分がカラスを避けようとすれば、自分の前にいるメリアがその鋭い嘴の餌食になることを瞬時に理解し、メリアを守るように抱きしめた。カラスの鋭い嘴は鋭利な刃物のように黒光りしており、身体を貫けばひとたまりもないことは明確だ。スーに抱きしめられたメリアが、大きく目を見開いた。
「ダメ‼ スー‼ 避けて‼」
カラスはもうすぐそこまで迫っている。避けたところで間に合わない。後ろで怒りを露にしているベロニカが「死んでしまえ‼」と叫んでいるのが聞こえて来た。
「やだぁっ‼」
一際大きなメリアの悲鳴と共に、メリアの瞳から流れ落ちた涙が、メリアの頬にある五芒星のあざに触れたとき、涙はパッと一瞬金色に光り輝いて弾けた。その瞬間、スーの後ろでドサリと、なにかが落ちる音がした。
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