第17話 暗い部屋

 どこまでも続くかと思われた階段は、想像していたよりも短く、階段の先に続く闇が永遠のように見えたのは、降りていくにつれて、壁がよくわからないものの汚れで黒くなっていたからだとスーは気が付いた。後ろに続くメリアは姿勢を低くして、不安そうな表情を浮かべながらスーの服の裾を掴んでいる。


階段を下りるにつれてあたりは暗くなり、スーは明かりを持ってくるべきだったと思いながら、護身用に持ってきたモップを手に、あたりを警戒しながら進んでいた。


「……あんまり長くないんだね……」


「そうだな」


「でも……私、こういう暗くて狭いところ、嫌い……」


「もうちょっとで着くから、頑張れ」


「うう……」


 階段に踏み込む前に「スーがいれば平気!」と豪語していた強気な姿勢は消え失せ、メリアはスーの後ろで怯えている。入る前に怖気づき、入ってからの方が怯えているメリアに慰められたことを恥じつつ、スーは徐々に階段の奥から近づいてくるものに気が付いて目を凝らそうとした。


「⁈」


 スーがこちらに向かって来たものの正体に気が付いて思わず立ち止まり、メリアがスーの背中に激突して「ぶっ⁈」と情けない声を上げる。


「どうし———」


「伏せろ‼」


 メリアが現状を把握する前に、スーは無理やりメリアの頭を手で押さえつけて伏せさせた。メリアが小さな悲鳴を上げるが、スーは無理やりメリアの頭を下げさせると、そのままメリアを庇って抱きしめた。


 階段の奥からこちらに物凄いスピードで飛んで来たのは、無数のカラスたちで、カラスは「ギャアギャア」と不快な声を上げながら、なんの迷いもなくこちらに向かってくる。頭を下げ、腕の中のメリアを強く抱きしめたスーの頭上を、カラスたちは大量の黒い羽をあたりにまき散らして飛んでいき、階段の上の開かれた壁から外に飛び出していった。


「……」


 スーはメリアを抱きしめ、モップを構えた状態でしばらく呆然とする。辺りに舞った黒い羽が、ハラハラと地面に落ちて行った。


「……っ……!」


 聞こえた声にならない声にスーがハッと我に返る。スーに強く抱きしめられたせいで身動きが取れなくなっていたメリアがモゾモゾと動き、抗議の声を上げていた。


「ごめん‼」


 スーが慌ててメリアを離すと、メリアは「ぷはぁっ!」と息を吸い込みながら顔を上げた。小さく肩で息をして「い、息できなかった……‼」と呟く。


「ご、ごめん……つい……」


「なに⁈ なにが起ったの⁈ 私、生きてる⁈」


「生きてる。生きてるから落ち着いてくれ」


 慌てふためくメリアをなだめて、スーはあたりに散らばる黒い羽を見た。階段の奥を見ると、階段の先にある扉が開け放たれている。カラスたちはあそこから飛び出してきたようだ。


「び、ビックリしたぁ……」


「大丈夫?」


「うん。大丈夫。ありがとう」


 スーが立ち上がり、座り込んでいるメリアに手を差し伸べる。メリアがスーの手を借りて立ち上がり、階段の先の扉に気が付いた。


「……あそこから、出てきたの?」


「だろうな。あそこ意外に入れそうなところはないし」


 すると、突然メリアが走り出し、階段を駆け下りて、開け放たれた扉に向かって行った。先ほどまでスーの後ろから離れず、怯え切っていたのに、突然何があったのか、とスーが驚きながら後を追う。


 メリアが部屋の前で立ち止まり、スーが追いついた。部屋の中は暗く、明かりもないため、中の様子は一切見えない。メリアが険しい顔をして、部屋の中の様子を確認しようと目を凝らしている。なにも見えない中、部屋に入るのは危険だと判断したようだ。


「……なにか……聞こえる……?」


 メリアがそう言い、スーが耳を凝らすと、確かに部屋の中から微かな呼吸音と、うめき声のような小さな声が聞こえてくる。次第に目が慣れて来たのか、部屋の中の様子がぼんやりと見え始め、スーはそれを見て目を見開いた。


「⁈」


 部屋の中に、数人分の人影が見える。手足を縛られ、部屋の中に座り込んでいるそれは、頭に布の袋を被せられた、子供たちだった。


「おい‼ 大丈夫か⁈」


 スーとメリアが子供たちに駆け寄り、被せられた袋を外す。倒れていた子供は三人で、男の子が二人と女の子が一人。全員、まだ幼く、スーがバアヤのスラムで見たことがある子供たちだった。


「もう、大丈夫だからね」


 メリアが子供たちに優しく声をかけながら、手足を縛るロープを外していく。子供たちは身動きを封じられていたものの、目立った外傷はなく、衰弱している様子でもなかった。


「うわぁ~ん‼ 怖かったよぉ……‼」


 解放された女の子がメリアに飛びつき、声を上げて泣き出した。メリアは女の子を受け止め「大丈夫、大丈夫」と優しく背中をさすっている。


「お前たち、何があったんだ?」


「魔女だよ‼ 魔女に攫われたんだ‼」


 男の子二人が目に涙を浮かべながら、口をそろえて言った。


「か、カラスに襲われて、気が付いたらここに連れてこられてた‼」


「女の人‼ 女の人が僕たちのことを縛ったんだ‼ 魔女だよ‼ あれは絶対に魔女だ‼」


「わ、わかった、わかった。落ち着け。もう、大丈夫だから」


 気が動転している男の子を落ちつけようと、スーは男の子たちの頭を優しく撫でた。ずっと恐怖を押し殺していたらしい二人は、スーに頭を撫でられた途端、スーに飛びついて「怖かった……‼」と口々に声を上げて泣き出し、スーは優しく男の子の背中をさすった。


「きゃあっ‼」


 聞こえた悲鳴にスーがメリアの方を見る。メリアは女の子を強く抱きしめながら「あ、あれ……」と部屋の中にある棚を指差していた。まわりをよく見れば、部屋の中にはベッドやテーブルなど、最低限の家具が揃っており、生活することが出来そうだった。


 スーが腕の中の男の子たちを抱きしめながら、メリアが指さした棚の方を見る。


 そこには、瓶詰にされた大量の目玉が飾られていた。


「うわっ……⁈」


 スーが思わず声を上げ、スーに吊られてその不気味な光景を見てしまった男の子たちも、一瞬「ひっ⁈」と声を上げ、怯えながらスーに強く抱き着いた。


「な、なんだ……これ……?」


「……魔女が……」


 メリアに抱き着いている女の子が口を開いた。その声は恐怖で震えている。


「魔女が……言ってたの。お前たちの目玉を取り出して、棚に飾ってやるって……」


 女の子の言葉にメリアが青冷める。スーも険しい顔をした。


「スー、早くここを出よう。魔女が戻ってきたら大変だよ……」


「そうだな。さっき飛んでいったカラスも気になる」


「あのね。カラスがね、ずっと僕たちを見張ってたの」


「僕たちが少しでも逃げようとすると、嘴で突いてきたんだ」


 男の子たちが口を開き、震えた声でそう言った。

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