第16話 怖くって仕方ない

 しばらく走っていくと、カラスは真っ黒に染まった道の中に入っていた。スーがメリアを担いだままその道に入り、思わず足を止める。


「うわ……」


 その道は光が入っていないせいで暗いだけでなく、黒い絵の具で一面塗りたくられていた。


「……嫌なところ……」


 スーの腕から地面に降ろされながら、メリアが顔をしかめて呟いた。メリアの言う通り、絵の具で塗りつぶされたその場所は、酷く不気味でジメジメとした、立っているだけで嫌な気分がする場所だった。


「カラスは?」


「えっと……」


 二人は真っ黒な空間で、黒いカラスを見つけようと目を凝らす。そして、メリアが「あ!」と声を上げて指さした方を見ると、そこには真っ暗な空間で、目と嘴に加えた魔鉱石だけを光らせるカラスがじっとこちらを見ていた。


「いた!」


 メリアがカラスに駆け寄ろうとして、スーが慌ててメリアの腕を掴んで止める。


「なに?」


「なに? じゃない‼ 無暗に近づくなよ、危ないだろ。ていうか、逃げられるぞ」


「別に逃げられてもいいよ。目的地にはたどり着いたもん」


 その時、二人の様子をじっと見ていたカラスが魔鉱石を地面に放り出して「ギャア」と一声不気味な声を上げ、飛び去って行った。それを目で追いかけて、スーはメリアの方を向きなおした。


「目的地って……ここでいいのか?」


「いいはずだよ。だってね」


 メリアが黒く塗りつぶされた路地を進んで行き、行き止まりの壁にたどり着くと、塗りつぶされた壁をペタペタと触り、「あった」と何かを見つけた。


「よいしょ」


 メリアがそう言いながら壁を軽く押すと、壁はギイッと音を立てながら開いた。スーが驚いて目を見開く。


「ここにね、線があったの。だから、扉なんじゃないかと思って」


「……よく……気が付いたな……」


 どれほど目を凝らしても、スーには黒い壁に線など見えなかった。メリアはなんともないと言うように「そう?」と小首をかしげる。


「ねぇ。それより、ほら、見て」


 メリアに促され、スーが開いた壁の中を見る。そこには長い階段が続いていた。階段の先は闇が広がっているせいで見えない。階段の上には大量の黒い羽が散らばっている。


「……なんだ……」


「ここがカラスの秘密の場所……かな?」


「どこまで続いてるんだ……? まさか、鉱脈まで続いてるんじゃ……」


「わからない。でも、行ってみないと。もしかしたら、子供たちがいるかもしれない」


 メリアが階段に踏み込もうとして、スーは思わずメリアの手を掴んだ。階段の先に続く闇は、まるでこちらに手招きしているようで薄気味悪い。踏み込んだら戻れない、そんな気がしてしり込みしてしまう。不思議そうな顔をして振り返ったメリアに、スーは自分でも情けないことを理解しながら、口を開いた。


「……やめよう……その……やばい……気がする……」


「……」


 メリアの金色の瞳がスーを映し出す。まるで自分の中の弱さを覗き込まれているようで、スーはメリアの目を見れずにうつむいた。


「二人で行くのは、危険すぎる。スティファニーの言葉も気になるし、その……」


「人食い魔女のこと?」


 メリアがスーの顔を覗き込む。唐突に近づいてきたメリアの顔に、スーが驚いて後退った。メリアの金色の瞳が、スーを非難しているように見えて、少し怖い。


 すると、メリアはふっと笑った。その笑顔は、暗闇の中でほのかに光る灯のような柔らかい笑顔だった。


「私も怖いよ」


「え?」


「だって、なーんにもわかんないんだもん。私なんて、初めから自分のことすらわからない。いろんな人からよくわからないことを言われるし、今だって、すっごく怖いよ。でもね」


 メリアがスーの手を取ると、祈るようなポーズをとって、スーの手を握った。


「スーがいるから、平気」


 柔らかく微笑むメリアの金色の瞳にスーが思わず見とれる。普段は子猫のように好奇心に満ち溢れた、無邪気な子供のようなメリアは、大人びた表情を浮かべてスーのことを見つめていた。


「なにも怖くないよ」


「……わかったよ」


 スーは何とも言えない居心地の悪さを感じて、メリアから目を逸らした。メリアに握られた手が、熱を持ったように熱い。


「行くよ」


「本当? 付いてきてくれる?」


「ごめん、ちょっと怖くなった。情けないな」


「そんなことないよ。私も怖いもん。スーはいつも私を助けてくれるから、ちょっと頼り過ぎちゃうけど」


 メリアが「エヘヘ」と照れ笑いを浮かべる。その表情は、いつもの無邪気なメリアで、スーは少しホッとした。


「とりあえず、手、離してくれよ」


「あ、そうだった」


 メリアがパッとスーの手を離す。少し名残惜しさを感じたのは、メリアの手の温かさが急に消えてしまったからだろうかと、スーは一瞬メリアの手から離れた自分の手を見つめた。


「スー?」


 メリアが不思議そうにスーを覗き込み、スーは我に返ってメリアにバレないように、自分の手を降ろした。


 メリアは階段の方を向き「いこっか」と言ったが、そこから動こうとしない。不思議に思ったスーがメリアの顔を覗き込むと、メリアは不安そうな表情でスーを見た。


「……さき、行ってくれる?」


「……おい」


「だ、だって怖いんだもん……」


 スーは小さくため息をつくと、メリアの前に出て階段を降り始めた。メリアは慌てた様子でスーに続き、スーの背中に身を隠すようにして、不安そうな表情をしたままついてくる。


 さっきまでの強気な姿勢はどこへ行ったのか、メリアの様子に半ば呆れながら、スーは階段の先に続く闇へと進んで行った。

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