第15話 カラス捕獲大作戦(?)

 メリアはどこまでも得意げで、その表情を半信半疑に思いながら、スーはメリアに説明を求める。


「それがわからないんだよ」


「あのね、スティファニーが言っていたでしょう? メカニックアニマルは暴走すると動物としての本能が呼び戻されるって。その証拠に旧世界だとカラスは群れを作って行動してたって。だからね、カラスの群れを操ってる黒幕がいるんじゃないかなって思ったの。それこそ、魔女、みたいな」


「その黒幕を見つけるために罠を張るのか?」


「うん。カラスが群れで行動してるなら、一羽捕まえたら群れの居場所はわかるでしょう? それで、魔鉱石はその一羽を捕まえるために使うの」


「ますますわからん。魔鉱石でどうやって捕まえる?」


「スー、知らないの? カラスは光物を集める習性があるんだよ」


 メリアがあっけらかんと言い、スーが目を見開く。記憶がなく、この世界のことを何も覚えていないメリアが、なぜ旧世界の動物の習性など知っているのだろう。


「ルルにでも教えてもらったのか?」


「ん? ううん。あれ、私なんで知ってたんだろう。見たことあるのかな」


 メリアが自分でもわからないと言いたげに首を傾げる。どこまでも不思議な少女だ。


「まあ、いいや。それでね、カラスの群れが現れてる場所に魔鉱石をばら撒いておいて、それにカラスが食いついたらそのカラスを追いかけるの!」


「そんなに上手くいくのか?」


「大丈夫。カラスはね、集めたものを秘密の隠し場所に隠すの。巣、みたいなものだよ。もし行方不明の子供たちとカラスが関係してるなら、子供たちはその秘密の隠し場所にいるかも」


 正直メリアの提案は半信半疑だったが、他に方法も思いつきそうになく、メリアはどこまでも得意げで「絶対上手くいくよ!」と目を輝かせるので、スーはとりあえずメリアの言う通りにすることにした。


 まず、あまり人通りの多くない薄暗い細道に、スーが持って帰って来た魔鉱石をばら撒く。そして、メリアの「反射で光らせよう」という提案の元、そこらへんに転がっていた金属片を細道の入り口に置き、はるか遠い頭上に見える小さな空から差し込む光を金属片に反射させ、細道の中に入れると、中で散らばっている色とりどりの魔鉱石が薄暗がりの中でキラキラと輝いた。


「うん。やっぱり綺麗だね」


 メリアがうっとりとした様子で言う。確かに暗がりの中で光る魔鉱石は綺麗だった。あまりに身近な存在過ぎて、こんな使い方考えもしなかったが。


「こんなに暗い細道にこれだけ光るものが落ちてたら、カラスも放っておかないはず。しばらく隠れて様子を見よう。あ、ねえ、スー」


「うん?」


「メカニックアニマルに嗅覚ってあるの?」


「ああ。ないな。必要が無いから」


「じゃあ、隠れてるだけで十分かな」


「旧世界の記録だと、動物は人間の何倍も嗅覚が優れていて臭いで気配がわかるんだっけ?」


「うん。でもこの世界の動物たちは世界の色しか知らないんだねぇ」


「ま、必要のないものはいらないんだろ。俺たち人間の味覚がなくなったように」


「それってなんだか悲しいね」


「そうか? 考えたこともなかった」


「私は美味しいご飯が食べたいなぁ……」


「魔鉱石で十分だろ」


 スーが思わず突き放すような言い方をして、メリアがムッとする。「いいもん」と頬を膨らませてそっぽを向き、メリアはさっさと物陰に隠れてしまった。あまりにも気分屋だ。スーは「悪かったよ」と軽くため息をつきながらメリアの隣に隠れる。


 ふとメリアの方を見ると、メリアは細道の薄暗がりの中で光る魔鉱石を見つめていて、色とりどりに輝く魔鉱石の光がメリアの金色の瞳に反射して輝いていた。綺麗な色をしている。スーはじっとメリアを見つめているが、メリアは魔鉱石の光を見つめるばかりでまったく気が付きそうにない。メリアの瞳にはこの世界がどう見えているのだろうと、少し不思議になった。


 その時、メリアが「あ」と小さく口を動かした。思わず声が出そうになって慌てて口を塞いだらしい。スーがメリアが見ていた細道を見ると、一羽のカラスが細道に降り立ち、キラキラと光る魔鉱石をじっと見つめていた。スーとメリアが息を呑んでその様子を見守る。


 カラスはあたりに散らばった魔鉱石の周りを、まるで品定めするようにピョンピョンと飛び跳ねてウロウロしていたが、しばらくするとお気に入りを見つけたのか一つの魔鉱石をくちばしに咥え、翼を広げて飛び立った。


「追いかけなきゃ‼」


 メリアが慌てて立ち上がり、頭上を飛んでいったカラスを追いかけようと走り出す。スーもそれに続いて走り出したが、すぐそこでメリアが立ち止まっていることに気が付いて足を止めた。


「どうした? 追わなきゃ見失うぞ」


「……そう……なんだけど……」


 カラスの姿はまだ辛うじて見えているが、カラスは翼で悠々と空を飛び、数階分上の階層へと飛んでいくと、細道に入っていってしまった。そして、立ち止まったメリアの前には壁しかなく、上に上がれそうな階段はない。クローズド・ロウェルシティ名物、唐突な壁だ。


「ぜったいに追いつけない……」


 メリアがとても困ったというように呟いた。


「いや、そうでもない」


 スーがキッパリと言い切り、メリアが「え?」と振り返る。スーは壁に近づいていくと壁に背を付け、両手を組んで前に突き出し、腰を下ろして踏ん張る体勢に入った。クローズ・ドロウェルシティの下層生まれの子供を舐めてはいけない。


「よし、メリア。向こう側から走ってきて、俺の手に片足乗せて飛べ」


「ええ⁈」


「このくらいの壁なら飛べる。飛んだら上の柵掴めよ。落ちそうになったら助けてやるから」


「む、ムリムリ‼ 私そんなに跳躍力ない‼」


「お前の跳躍力はたいして問題じゃない。俺の上げ方次第だ。ほら、早くしないと見失う」


 メリアは小さく「う~……」とうなったが、意を決したように頬を叩くと「よし!」といってスーから少し距離を取った。


「ぜったい失敗しないでね‼」


「おう」


 メリアが助走をつけてスーに向かって走ってくる。スーはメリアを待ち構える姿勢を取り、メリアが片足をスーの手に乗せた瞬間、腕を振り上げてメリアを打ち上げた。


「うわぁぁっ‼」


 メリアが情けない声を上げながら打ち上げられる。メリアが伸ばした手はギリギリ壁の柵に届きそうになく、スーは素早くメリアを受け止めようとしたが、メリアはキッと柵を睨むと目一杯手を伸ばし、その手はギリギリ壁の柵に届いた。スーが「おっ」と声を上げる。


「ああっ‼ 無理‼ 落ちるぅっ‼」


 メリアが片手で柵を掴んだ状態で上に上がることもできずにそのままぶら下がっている。


「よし、ちょっと頑張れ」


 スーは冷静に言いながら壁から離れ、メリアが柵にぶら下がったまま「早くぅ‼」と情けない声を上げる。スーは壁に向かって走り出し、助走をつけて踏ん張ると、そのまま壁を数歩駆け上がり、柵を掴み取った。メリアが落ちそうになりながらも「すごおいっ!」と呑気に声を上げる。


「言ってる場合か」


 スーがそう言いながら柵をよじ登って壁を登り、今にも落ちそうになっているメリアの腕を掴んで引っ張り上げた。引き上げられたメリアは肩で息をして「死ぬかと思った……」と呟く。


「ほら、早くしないと見失うぞ」


 スーは容赦なくメリアの腕を掴んで立ち上がらせると、一瞬見えたカラスの後ろ姿を見逃さず、メリアの腕を引いて走り出した。


「ちょ、ちょっと待って……‼ 死ぬっ……‼」


「死なない。お前、本当にこのままじゃ下層で野垂れ死ぬぞ」


「い、いいもん……! スーに頑張ってもらうもんっ……!」


「他力本願は止めろ」


 メリアを無理やり走らせながらスーが冷たく言い放った。しばらく入り組んだ細い道を走っていくと、飛んでいくカラスの姿が見え始め、スーが「いた」と呟いた瞬間、メリアの手を握っていた方の手がガクンと落ち、スーがバランスを崩す。スーが咄嗟に振り返ると、足がもつれたのか、メリアがいまにも倒れそうになっていた。


 スーが咄嗟にメリアの腕を引き、倒れる前に身体を支え、そのままメリアを担いで走り出す。


「危なぁ……」


「ほらぁ! やっぱりスーが頑張った方が早いじゃん‼」


「……そうかもな」


 特に悪びれた様子もないメリアに軽くため息をつきつつ、スーは視界の先にとらえたカラスを見失はないようにしながら入り組んだ道を進んで行く。スーに担がれたままのメリアが呑気に「よくこんなに走ってられるねぇ」と呟いた。

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