第14話 魔鉱石
その日の夜、スーはいつもと同じように、クローズド・ロウェルシティの地下にある鉱脈で魔鉱石を掘っていた。
下層の地下で魔鉱石を掘るためだけに作られた坑道はどこまでも入り組んでおり、一度道に迷えば脱出は困難だと言われている。そのため、坑道の中には無数の線路が張り巡らされており、その線路の上を走るトロッコを運ぶために、下層の人々が作った馬のようなメカニックアニマルが休むことなく働いている。馬、と言っても歯車やパイプなどの機械部分が丸見えで、四足歩行であるというだけでその見た目は動物とは程遠い。
スーはピッケルを両手に持ち、汗を拭いながら鉱脈を掘り続ける。周りではスーよりも大きな大人たちがスーと同じように黙々と鉱脈を掘っていた。
「いい? スー。もし、出来たらでいいんだけど、鉱脈に行ったときに魔鉱石をいくらか持って帰ってくることってできないかな?」
夜、家を出る前にメリアに言われたことを思い出す。
「なんで? 足りないなら、屋台に買いに行ったら?」
鉱脈でとれる魔鉱石は基本的に下層では使われない。魔鉱石はすべてトロッコに乗せられて運ばれ、上層に買い取られていく。下層の人々が日常生活で必要な魔鉱石は上層に買い取られなかった余りものだけで、街の屋台で扱われている。
「だって……魔鉱石を買うために魔鉱石が必要でしょ? プラマイゼロになっちゃうんだもん」
この世界の通貨は魔鉱石だ。鉱脈で働く者たちは取った魔鉱石の量に応じて、報酬として魔鉱石を得る。魔鉱石を使って物を買い、用途別の魔鉱石を買う。魔鉱石の中でも最も価値が高い魔鉱石は、すべての動力となる白い魔鉱石だ。
「量が必要なの。量が」
「欲しいものでもあるの?」
「ちがーう。魔鉱石そのものが必要なの。魔鉱石、というかキラキラ光ってくれるもの」
「ふうん。まあ、いいよ。わかった」
「ありがとう!」
その時、労働終了を知らせる鐘の音がゴーンゴーンと鳴り響いた。周りの男たちが掘り出した魔鉱石をトロッコに積み始める。スーも掘り出した魔鉱石をトロッコに乗せた。そして、ピッケルを返却し、土で汚れた服を脱いで、持ってきた綺麗な服に着替える。いつもと同じように足早に坑道を出て、明るくなり始めている早朝の町を歩き、ネネの家へと向かった。
家に着き、スーが扉を開けようとすると、唐突に扉が開け放たれて顔面に扉が直撃しそうになり、スーが慌てて一歩後ろに下がる。
「お帰り!」
扉を開け放ったのはメリアだった。スーは「危ないだろ」と言いたくなったが、満面の笑みを浮かべて自分を出迎えてくれたメリアを前に、ぐっとこらえて「ただいま」と言った。
家の中に入ると奥の部屋でまだ眠っているネネとルルを起こさないように音を立てないように気をつけながら、机の上に丸めて持ってきた汚れた服を広げる。服の中にはスーがこっそりくるんで持ってきた色とりどりの魔鉱石が入っていた。
「わぁ。こんなにいっぱい持ってきて大丈夫なの?」
「大丈夫。みんなやってるし。稼ぎだけじゃ少なすぎる」
「魔鉱石って綺麗だよね」
メリアがうっとりと魔鉱石を眺めている。この少女はやはり、感性が普通とは違って独特だ。生活必需品で、通貨と変わらず、日常生活においてあまりに身近すぎる魔鉱石を「綺麗」だと感じる人間は、下層にはいない。いや、上層にもいないか。
「欲しいものがあるんじゃないなら何に使うんだ?」
スーが問いかけると、メリアは「ふふん」と得意げに笑った。
「罠だよ。探し物を見つけるための罠。でも……とりあえずもう一回寝てもいい?」
一晩中スーを待って起きていたのか、メリアは眠たそうにあくびをした。
◇
メリアが二度寝を開始し、一晩中働いてヘトヘトだったスーも仮眠をとった後、スーはメリアに外に連れ出された。メリアはスーが取って来た魔鉱石を袋に入れて持ち、昼前になった町をスーを連れて歩いていく。スーはとりあえず護身用として、ネネが作った、銀の刃を仕込んだモップを背負っていた。
「どこにいくんだ?」
「あのね……」
スーの問いかけにメリアが答えようとした時、近くで女の悲鳴が聞こえた。
「ちょっと、なにをするんだい⁈」
二人がそちらを見ると、魔鉱石の屋台の店主の女がカラスに襲われていた。暴れるカラスの羽や足が屋台に当たり、屋台に並べられた魔鉱石が音を立てて地面に落ちる。カラスは女の手に握られていた魔鉱石を奪い取ると、女を馬鹿にするように「ギャア」と一声鳴いて飛び去って行った。
「大丈夫ですか?」
気が付くとメリアはスーのそばから消えていて、カラスに襲われていた女に声をかけ、地面に散らばった魔鉱石を拾い集めていた。忽然と自分の隣から消えたメリアの行動の速さに驚きつつ、スーもメリアと同じようにあたりに散らばった魔鉱石を拾い集める。
「あら、ありがとうねぇ。あんたたち、優しいわね」
「いいえ。災難でしたねぇ」
「本当にあのクソカラス‼ 最近ずっとこうだよ‼ 大事な商品を持っていきやがってさぁ‼」
「最近ずっとこうなんですか?」
「そうよぉ! 嫌ね、物騒で。メカニックアニマルの暴走なんて、やっぱり魔女の仕業なんじゃないのかい?」
「魔女……」
散らばった魔鉱石を拾い終えると、女はとても嬉しそうに「ありがとね、あんたたち」と礼を言い、メリアとスーに一つずつ緑色の魔鉱石をくれた。
「そんなどこにでもあるような魔鉱石で申し訳ないんだけどね、あげられるものなんてそれぐらいしかないんだよ」
「いいえ、ありがとうございます。気を付けてね、おばさん」
メリアは丁寧に女に礼を言うと、スーに「行こうか」と笑った。立ち去るメリアとスーに女が手を振り、メリアは嬉しそうにそれに手を振り返す。
「いいことをするといいことが返ってくるよねぇ」
「メカニックアニマルのカラスがなんで魔鉱石の屋台なんかを襲うんだ? 餌なんていらないだろ、あいつら」
スーがメリアに問いかけると、メリアは得意げな顔をして「ふふん」と笑う。まるで自分だけすべてわかっているとでも言いたげで、スーは少しむっとした。
「いいかげんに教えてくれよ。買い物をするわけでもないのに魔鉱石を集めて、一体何をするんだ?」
「だから罠だよ。探し物を見つけるための罠」
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