第13話 未来の断片
「いいじゃないか、ストレリチア。両手に華だねぇ」
「は?」
バアヤの元を離れ、スーの元に帰って来たメリアを見て、バアヤが不敵な笑みを浮かべながら言った。
「可愛い嬢ちゃんたちに囲まれて、さぞ楽しいだろうねぇ。男どもが嫉妬するよ」
「なに言ってんだか……」
「あら、聞き捨てならないわ。スーは私たちのこと可愛くないって言いたいのかしら?」
「そういうわけじゃ……」
「そういうことよねぇ? ねぇ、メリア」
ネネがバアヤの悪ふざけに乗っかって、メリアを巻き込もうとしている。女というものは集まるとろくなことを言い出さない。
「そうだねぇ、ネネ。酷いよねぇ」
「メリアまで……」
「はっはっは! ストレリチアは毎日が楽しそうでいいねぇ!」
「バアヤ、いい加減にしてくれ」
「まあ、そう怖い顔をするんじゃないよ。男前が台無しだ。さて、そんなストレリチアにいい知らせだよ」
「なに?」
「最近、『エル』が下層にまで顔を出すようになったよ。なにを探しているのか、落書き被害のあった場所に行ってあたりをキョロキョロしている。『エル』になりたがってたあんたにとっちゃ、見染められる良い機会じゃないかい?」
スーは少しの間バアヤの言っている意味がわからなかったが、はっと我に返った。そうだ、メリアのことですっかり忘れていたが、スーはどんな手を使ってでも上層になりあがってやろうという野望に満ちた少年なのだ。王族直系騎士団エルが下層に顔を出すことはめったにない。そんなエルが下層に着ているのならば、エルにとって役に立つ者だと思ってもらえれば、一足飛びでエルに所属することも夢ではないのだ。
「忘れていたのかい? 小さい頃は『俺はエルになるんだ‼』って言って無茶なことばかりしていたくせに、いまはそれどころじゃないのかい?」
「そういうわけじゃないけど」
「いいじゃないか! 王の犬になるよりは、ここで自由に暮らしてくれた方が婆は安心だよ。あんたはいつも無茶するんじゃないかって、肝を冷やしていたんだから」
「エルが下層に……」
ネネが呟く。その声に少し怯えが見えるような気がした。
「心配しなくても、私たちに危害を加えるために来ているわけじゃないようだよ。ただ、嫌な予感はするね」
「なにを探しているのかしら……」
「下層じゃドゥドルやら魔女やら、嫌な噂が絶えないからね。上層部も気にしているのかもしれない。ネネ、大丈夫。なにも心配いらないよ」
バアヤが手を伸ばし、ネネがしゃがみこんでバアヤに頭を撫でられる。
「スティファニーが会いたがっていたよ。ステラを助けてくれてありがとうねぇ」
「友達だもの、当然よ」
「ネネはいい子だ。自慢の子。スティファニーに会っておいで。ストレリチアとメリアは残っておくれよ。話したいことがあるからね」
ネネは「わかったわ」と言ってその場を去っていく。
「さて、二人とも。少し頼みたいことがあるのさ」
「なに? ネネに頼めないこと?」
「そうさね……ネネはあまり動かない方がいいだろう。あの子はエルを怖がってる」
バアヤが言う通り、ネネはエルを異常に怖がっている。出会いたくないようだ。だから、スーがエルに入りたいと言うたびに、悲しそうな顔をする。
「最近ね、帰ってこない子たちがいるんだよ。名前も居場所も私が与えた、ここ以外にまだ居場所を見つけていない子供たちが数人、帰ってこない。外に行ったきり、戻ってこないのさ」
「行方不明?」
「そう。誰に聞いてもわからない。連れ去られたみたいに消えちまった。その子たちを探してほしい」
「なにか手がかりはないのか?」
「ないね。本当に消えたようにいなくなった。でも、その子たちを探せば、エルが探しているものもわかるだろうね」
「エルが?」
「危険かもしれないが、大丈夫。メリアがいれば、心配することはなにもない」
バアヤがじっとメリアを見つめた。いままで黙ってあたりをキョロキョロしていたメリアが「私?」とバアヤを見る。
「私になにができるの?」
「さあね。でも、メリアがいれば大丈夫。子供たちも見つかる。エルの探し物も見つかる」
メリアはバアヤの言っていることの意味が分からず、首を傾げている。スーも意味が分からなかったが、バアヤはいつもこんな感じだ。たまに理解が出来ないことを言うが、バアヤが言うことはいつだって正しい。まるで、未来が見えているかのように、すべてを見透かしている。
「空よりいでし少女、その理を知らず。世界の創造、破壊、ゆえに少女は舞い降りる」
バアヤが更に意味不明なことを言ったが、スーはその言葉をどこかで聞いたことがあるような気がした。
「スティファニーが見たものは正しい。メリア、あんたは特別な子だ。さあ、頼んだよ、二人とも。我が子たちを見つけ出しておくれ。ああ、そうだ。スティファニーに会ってから行きなさい。いま、ネネと話しているから」
メリアは困惑した様子でスーに助けを求めるような目線を送ってくる。だが、バアヤはいつも子供たちの質問に答えてはくれない。自分の中で完結させてしまう。なぜなら、バアヤが言ったことは必ず現実に起こるから。
スーはメリアに「行こう」と言って、メリアの手を引いてその場を去った。バアヤは優しげな笑みを浮かべ、二人の背中に手を振っていた。
◇
メリアを連れて、スーはスティファニーが住んでいる四角形の部屋にたどり着いた。ドアをノックして中に入る。部屋の中はバアヤのテントと同じように多様なもので溢れかえっていた。狭い室内で足の踏み場もない。
そんな部屋の中央で、スティファニーとネネが話していた。スティファニーとネネは座布団の上に座っており、スティファニーの膝の上でステラが喉を鳴らしながら頭を撫でられている。二人がスーとメリアに気が付き、こちらを見た。
「あ、スーとメリア。お話は終わった?」
「ああ。スティファニーと話してこいって言われた」
「なにを話したの?」
「子供たちが数人帰ってこないから、探してきてくれってさ」
「え、話してもいいの?」
メリアがスーに問いかける。
「別にバアヤに話してはいけないって言われてないだろ」
「バアヤはたぶん、私を安心させたかっただけよ」
「優しいんだね」
「バアヤはみんなの母親だからな。それはそうと、私の話を聞きに来たのだろう?」
「ああ、そうだ。あの後、なにかあったのか?」
「怪我をしたのだから安静にしろとバアヤにきつく言われたからな。私はここから動いていない。ただ、ステラがどうも、様子が変でな」
「まさか、また暴走……?」
「いや、それはない。そんなことになっていたら、いま私の膝の上になどいないだろうからな。ステラがカラスと喧嘩していたのを見た子供がいたのだよ」
「カラス?」
「正しく言うならばカラスのメカニックアニマルだな。どうも最近数が多いらしい。しかも、カラスばかりが集まって、人間にもメカニックアニマルにも危害を加えているようだ」
「暴走化したメカニックアニマルは群れを作る習性でもあるのかしら」
「わからぬ。もしかしたら動物としての本能が呼び起こされるのかもしれんな。カラスは旧文明の記録だと群れで生活したようだ。だが、あまりにも数が多い。しかも、この一帯だけ。もしかしたら、子供が帰ってこないことに関係があるかもしれぬ」
スティファニーの話を黙って聞いていたメリアが「あの……」と口を挟んだ。
「バアヤが不思議なことを言っていたの。私がいれば大丈夫……みたいな」
「ああ、やはり。バアヤもそうか。まあ、気にすることはない。私たちは少々、覗き見が出来るだけだ」
「覗き見?」
「ほんの少しさきの未来が見える。バアヤは私以上に見えるようだがな。この力のせいで、バアヤは昔、魔女狩りに殺されかけたらしい……魔女?」
スティファニーが言葉を止め、少しの間考え込むように黙り込んだ。
「スティファニー?」
ネネが心配そうにスティファニーの顔を覗き込む。スティファニーは一点を見つめ、遠いなにかを見ているかのような表情で固まっていた。
「……魔女……人食いの……魔女……」
スティファニーがはっと我に返る。そして、スーとメリアの顔を見て、不安げな表情を浮かべた。
「もしかしたら、なかなかの厄介ごとに巻き込まれるやもしれん」
「どういうことだ?」
「もう、わけがわからないよ」
メリアが不貞腐れたように頬を膨らませる。自分のことについて教えてもらえないのが不服のようだ。
「そう怒ってくれるな、メリア。私だってよくわからんのだ。私が見ることが出来るのは未来の断片のみ。それがなにを意味するのかまではわからぬ」
「人食いの魔女……ね」
ネネが酷く嫌そうにつぶやいた。
「二人とも気を付けてね。私は……ごめんなさい。今回ばかりは役に立てそうにないわ」
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