第10話 黒猫の瞳

「なぜ、私までかり出されておるのだ?」


 翌日、ネネに呼び出されたスティファニーは絵の具掃除用のモップを持たされ、不機嫌そうに、落書きで黒く塗られている路地に立っていた。ネネとスー、メリアはそれぞれモップを手に、黒い絵の具を掃除している。


 昨晩、武器が出来たと散歩から帰って来たメリアとスーに、ネネが嬉しそうに渡してきたものは、いつも掃除に使うモップだった。


「……これが武器?」


「信じてないわね? モップの先を外してみなさい」


 スーがネネに言われた通りにモップの先に触れると、モップ部分が簡単に外れ、中から銀の刃物が現れた。槍の先のようになっている。


「どう? リーチが長い方が戦いやすいし、モップにしとけば落書き掃除の依頼をこなしつつ、ドゥドルの駆除が出来る! 我ながら画期的なアイデアでしょう?」


「どこまでも社畜だな」


「そうしないと生きていけないのよ!」


「それはそうだ」


 そして、ネネはスーに袋の中にもともと入っていた銀のナイフを手渡した。


「それはそのまま使えるから、スーが持っていてよ。あんたのことだから、危険なところにホイホイ行くんだろうし、護身用に持っておいて」


 そんなこんなで今に至る。


「客に労働をさせるのか、この店は」


 スティファニーはどこまでも不服そうだ。


「だって、私たちはステラがどんな子なのかもわからないんだもの。ステラのことをよく知っているスティファニーについてきてもらう方がいいし……」


「それはかまわん。私はなぜ、私もこのモップを持たされているんだと聞いているのだ」


「それは……ほら、うちはいつだって人手不足じゃない? 昔からの知り合いじゃない!」


「脈絡がなさすぎるな」


 スティファニーは「まったく……」と呟きながらも、絵の具の掃除を始めた。ちなみにルルはフォークを手に入れたことで旧文明オタクが発症してしまい、家で本を読み漁り、出てきそうにないので留守番を任されている。


「というか、ステラがいるのはここらへんなのよね?」


「知らぬ」


「え?」


「知らぬが、ステラは基本私が行くところにいる。いなくとも来る」


「なにそれ……」


「言っただろう。波長が合うと」


「それ、波長とかの問題か?」


 スーが思わず口を挟んだ。スティファニーはなんともないと言うようにさらりという。


「生物の運命とは必然だ。私の必然の中にステラの必然は交わりやすいらしい」


「そういうことらしいわよ」


「よくわからん……」


 その時、一人黙々と絵の具の掃除をしていたメリアが「あ!」と声をあげた。


「どうした?」


 スーがメリアの元に行くと、メリアは路地の先の暗闇に目を凝らしていた。


「いま、黒い尻尾が見えた気がする……」


「本当か⁈」


 メリアの言葉にスティファニーが慌てた様子で駆け寄ってくる。


「ステラ! ステラ、私は、お前の友はここにいるぞ!」


「……よし。行きましょう。スティファニーは後ろに下がっていて」


 ネネが先導をきって路地の暗闇の中へと歩き出す。スーがすぐに追いつき、ネネの前に出た。


「危ないだろ」


 そのままスーが先頭になり、進んで行く。下層の路地の奥は進めば進むほど薄暗く、暴走化したメカニックアニマルの巣窟になっているため、奥に行くのは危険だ。


 しばらく進んで行くと、路地の奥はさらに暗くなっていく。光が入らないだけではなく、路地の壁や床が黒い絵の具で塗りつぶされているのだ。この空間ではいくら目を凝らしても、黒猫を見つけることはできそうにない。スティファニーはステラの名を懸命に呼びながら歩いていた。


「ダメだわ……なにも見えない」


「灯りを持ってくるべきだったな」


「メカニックアニマルの巣窟って、どこもこんな感じなのかしら」


「……嫌な空気……」


 メリアがネネの服の袖を掴みながら、不安そうにつぶやく。


「大丈夫よ、メリア。なにがあっても私たちが守ってあげるからね」


 ネネがメリアの手を握り、優しく語りかける。メリアはなおも不安そうに「うん……」と答えた。その時、唐突にあたりの壁や床が波打ちだした。


「⁈」


「なに⁈」


「ドゥドルだ‼」


 メリアが叫んだ瞬間、あたりで波打っていた壁や床から大量のドゥドルが飛び出してきた。ドゥドルが飛び出してきた壁や床から黒い絵の具が消え失せる。


 スーが咄嗟にモップを振って飛び掛かって来たドゥドルを薙ぎ払い、薙ぎ払われたドゥドルは床や壁にぶつかってビシャッと音を立てて潰れたが、すぐに壁や床から這い出て来た。


「スー‼ 銀の武器を‼」


「わかってる‼」


 スーがモップの先を外し、銀の刃が露出した。そのまま襲い掛かってくるドゥドルを刃で切りつける。銀の刃で切りつけられたドゥドルは、弾けるようにしてあたりに飛び散り、そのまま蒸発して消えた。


 ネネもスーと同様に銀の刃が付いたモップを振って懸命にドゥドルと戦っている。メリアはスティファニーと共にスティファニーのローブを被ってしゃがみこんでおり、二人の上から大量のドゥドルが降りかかっていた。


 しばらくするとあたりの絵の具が消えていき、ドゥドルの数も減り始めた。スーとネネはあたりのドゥドルをあらかた一掃すると、スティファニーとメリアに降りかかっていたドゥドルを蹴散らす。


「ありがとう。ネネ、スー」


 スティファニーのローブの中から出て来たメリアが安心したように微笑む。スーは座り込んでいるメリアに手を差し伸べ、メリアを引き起こした。スティファニーはローブをはたきながら立ち上がる。


「一体全体この生命体はなんなのだろうな」


「わからないわ。魔女の仕業なんて言う人もいるけれど……」


「ねぇ……」


 スーに引き起こされたメリアが、怯えた様子でスーの後ろを指さした。メリアの震えた声に、三人がメリアの指さした路地の先を見る。


 路地は黒い絵の具がなくなったとはいえ、光が入らず薄暗い。そして、四人の目には薄暗い路地の先で無数に光る、赤い目が映っていた。


「な……」


 スーが思わず声を上げた瞬間、路地の先から酷く低い猫の鳴き声が聞こえ、赤い目が一斉にこちらに向かって来た。

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