第11話 失いたくない友達

「な……」


 スーが思わず声を上げた瞬間、路地の先から酷く低い猫の鳴き声が聞こえ、赤い目が一斉にこちらに向かって来た。


「逃げろ‼」


 スーが叫んだ瞬間、ネネはすぐそばにいたスティファニーを抱え上げて脱兎のごとく走り出した。スーもメリアの腕を引き、全速力で走り出す。


「なによあれ⁈ 全部メカニックアニマル⁈」


「しかも、暴走化したメカニックアニマルだ‼」


「ステラ⁈」


 ネネの肩に担がれる形で抱き上げられていたスティファニーが声を上げる。スーが振り返ると、路地の奥から大量の黒猫のメカニックアニマルが四人を追って走ってきていた。


「どれ⁈」


「奥の一番デカい奴‼」


「あれ、ステラなの⁈ なんかボスっぽいんだけど‼」


「スー‼ 追いつかれちゃう‼」


 メリアが悲鳴に近い声を上げた。黒猫たちはスーとメリアのすぐそこまで迫っている。


「ネネ‼」


「え⁈」


 スーはネネに呼びかけると、メリアの腕を強く引いて、前を走っていたネネに向かってメリアを放り投げた。メリアの足が一瞬地面から離れ、前方に飛ばされたメリアをネネがスティファニーを担いだまま、慌てた様子で片手で受け止める。


「無茶いうんじゃないわよ‼」


 ネネがメリアを受け止めた衝撃で少しよろけながら声を荒げるが、スーはネネに答える暇もなく、すぐそこまで迫ってきていた黒猫たちに向かって武器を振った。数匹の黒猫が薙ぎ払われていったが、スーの攻撃をかわした一匹がスーに向かって飛び掛かり、鋭い爪でスーの頬に傷を作る。


「ネネ‼ そっちいった‼」


 スーの攻撃を避けた一匹がネネたちに向かって走っていき、スーが自分に飛び掛かってくる黒猫たちを薙ぎ払いながら声を荒げる。


「二人とも逃げて‼」


 ネネがメリアとスティファニーに叫び、メリアがスティファニーの手を引いて走り出す。ネネは飛び掛かって来た一匹に向かってモップの柄を突き出し、銀の刃が黒猫の胸部を貫いて、魔鉱石が大破して黒猫が動かなくなった。


 一方で、スーは次々と飛び掛かってくる黒猫たちを薙ぎ払い、地面に叩きつけられた猫たちの魔鉱石を破壊していた。魔鉱石を破壊するたびに猫が「ギャッ‼」と声を上げる。


 最奥でまるで様子をうかがうようにこちらを見ている、一際大きな黒猫がおそらくステラだろう。群れのリーダーのような風格を醸し出している。


 スーは一瞬ネネたちの方を向き、スティファニーの手を引いて走っていくメリアの背中と、一匹を撃退してメリアたちを追いかけようとしているネネの姿を見た。


「⁈」


 その瞬間、スーの隙を見て地面に叩きつけられていた一匹が起き上がり、叫び声を上げながら飛び掛かって来た。スーが咄嗟にモップの柄を横向きで両手で持ち、猫の鋭い牙と爪を防ぐ。


 黒猫は柄に噛みついたまま唸り声をあげて離そうとせず、他の猫たちがこちらに飛び掛かろうとしている姿を見て、スーは瞬時にズボンのポケットに片手を伸ばし、ネネに渡されていた銀のナイフを取り出して、柄に噛みついたまま離そうとしない猫の胸部に刃を突き立てた。


 魔鉱石が大破し力が抜けた猫の身体を柄から振り払おうとしたその時、スーの横を一際大きな黒い影が猛スピードで通り過ぎていった。


「ネネ‼」


 ネネたちに向かって走っていったステラに、スーがネネに呼びかける。スーの声に振り返ったネネが自分に向かって走ってきているステラを見て、顔を強張らせた。


「あんた、目を覚ましなさい‼」


 飛び掛かってこようとしているステラに向かって、ネネが叫びながら銀の刃を突き出そうとした。メリアに手を引かれて走っていたスティファニーが急に立ち止まり、振り返る。そのままメリアの手を振り払うと、踵を返して走り出した。


「スティファニー⁈」


 メリアが驚き声をあげる。ネネに飛び掛かったステラは鋭い爪でモップの柄を真っ二つに切り裂いた。ネネが驚愕の表情を浮かべ、バランスを崩してその場に尻もちをつき、ステラは一度ネネの頭上を飛び越えると、地面に着地してすぐにネネに飛び掛かろうとした。


「ネネ‼ 避けろ‼」


 群れの最後の一匹を倒したスーが叫びながら、今しがた倒した猫の身体を、ネネに飛び掛かろうとしているステラに向かって投げつける。


 猫の身体が直撃したステラが「ギャッ‼」と声を上げながらバランスを崩して地面に叩きつけられたが、すぐに起き上がって「シャーッ‼」とネネに向かって牙を向いた。スーが慌ててネネに駆け寄ろうしたが、間に合いそうにない。ステラが鋭い牙をむき出しにして、ネネに襲い掛かろうとしている。


「ネネ‼」


 スーが叫んだ次の瞬間、ネネに飛び掛かろうとしていたステラの身体を、スティファニーが抱き上げた。


「⁈ スティファニー⁈」


 スティファニーに抱き上げられたステラは一瞬困惑した様子で動きを止めたが、すぐに我に返り、スティファニーの腕の中で暴れ始めた。ステラの鋭い爪がスティファニーの肌を傷つけ、血が滲む。


「っ……すまない、友よ。私は……君を守れなかった」


 スティファニーが悲しげにつぶやき、ステラの身体を抱きしめた。次の瞬間、ステラはひときわ大きく低い唸り声を上げ、スティファニーの肩に噛みついた。


「スティファニー‼」


 ネネが起き上がり、スティファニーの元へと駆け寄っていく。スティファニーはステラを離し、肩を押さえてその場にうずくまった。地面に着地したステラはスティファニーに向かって牙を剝き出しに、威嚇する。ネネがスティファニーを抱き寄せ、ステラを睨みつけた。


 ステラがスティファニーとネネに飛び掛かろうとした瞬間、後ろから追いついてきたスーがモップの柄でステラの身体を横向きに打ち、そのまま地面に叩きつけた。


「フギャァッ‼」


 柄で地面に押さえつけられたステラが悲痛な声を上げる。自分を押さえつけているスーを睨みつけながら、逃れようと暴れた。その様子を見て、ネネに抱き留められているスティファニーが「ステラ……」と悲しげにつぶやく。


「……ごめんな」


 スーはそう言うと、片手に持った銀のナイフを振り上げ、ステラに向かって振り下ろした。


「待って‼」


 その時、少し離れたところで見ていたメリアが声を上げ、スーに向かって手を伸ばした。その声にスーが思わず動きを止める。


 メリアの金色の瞳から一筋の涙が流れ落ち、その涙がメリアの右頬にある五芒星のあざに触れた瞬間、涙がパッと一瞬金色に輝いて弾けた。そして、押さえつけられ、暴れていたステラの胸元も同じように光りながら弾け、ステラの動きが止まった。


「……にゃあ……」


 小さな猫の声が聞こえ、スーが驚愕しながらモップを離す。その声を発したのは間違いなくステラで、先ほどまでの気迫は消え、弱々しく棒をすり抜けて起き上がった。


「ステラ‼」


 肩を押さえてうずくまっていたスティファニーがステラの様子を見て立ち上がり、駆け寄っていく。ステラの前にたどり着くと両膝をつき、恐る恐る手を伸ばした。


 ステラはその手に顔を摺り寄せた。


「ステラ……!」


 スティファニーがステラを抱き寄せ、ステラが小さく「ニャア」と鳴いてそれに応える。スティファニーとステラは抱き合い、お互いに顔を摺り寄せながら、涙を流した。


 ネネが安心したようにスティファニーたちを見ながら胸を撫でおろし、スーは静かにメリアの方を見た。


 メリアは不思議そうな表情を浮かべて自分の右頬のあざに触れていた。そして、視線に気が付いたのかスーの方を見て、二人の目が合う。


 メリアは「よかったね」というように、スーに向かって微笑んだ。

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