第9話 失われた文化
スティファニーが去っていくと、メリアが恐る恐る玄関にいる三人の元にやって来た。
「えっと……さっきの人は?」
「そうだわ。すっかり忘れてた。メリアの現れ方が衝撃的過ぎて頭からすっぽ抜けていたわ。こっちで勝手に決めちゃったけど、メリアをバアヤの所に連れて行かなきゃ」
「あ~……」
スーがやってしまったと頭を掻く。メリアは全くわからないというように困惑した顔をしている。
「バアヤ?」
「下層にもルールがあるんだよ。親のいない孤児はなおさら。バアヤはまあ、下層の孤児を仕切ってる人だ。スティファニーはその人の娘。血は繋がってないらしいけど」
「へぇ……」
「いいわ! とりあえずスティファニーの頼みを聞きましょう! はい! スー! それ渡して!」
と言いながら、ネネがスーの手から袋をひったくるように取る。そして、リビングへと走って行って、リビングの机の上で袋をひっくり返し、中身を机の上でぶちまけた。スーが取り出した銀のナイフの他に入っていたのは、銀製の小さな刃が数本と、銀のフォークが一本のみ。それを見て、ネネが苦笑する。
「スーが持ってるやつ以外、ろくなやつがないわね。刃はこっちで加工するとして、これをどうするか……」
ネネがフォークを手に取る。すると、ルルが机に寄ってきて、興味深げにフォークを見つめた。
「あら、興味あるの? ルル」
「あ、あの、えと……フォークって旧世界のものじゃないですか。ほら、昔は食事という文化があったけど、いまはすべての栄養を魔鉱石が賄ってくれるので、ものを食べるという文化は発達しないので……だから、旧世界で食事に使われた器具がここまで綺麗に残っているのは珍しくて……」
ルルには珍しく、饒舌で早口だ。キラキラと瞳を輝かせ、ネネが持っているフォークを見つめている。
「ああ、なるほどね。さすが、旧世界オタク」
「そうなの?」
「そうよ~、メリア。ルルは旧世界オタクなの。かつてこの世界にあった文化や歴史を知るのが大好きなのよ。おかげで私たちの家はルルが集めた本でいっぱい! ねぇ、ルル。嬉しそうなところ悪いけれど、そのフォーク武器として使う……」
ネネがそう言いかけて、ルルがとても悲しそうな表情をしていることに気が付き「ああ……」と呟いた。
「いいわ。あげる!」
ネネがそう言ってルルにフォークを渡すと、ルルは嬉しそうにフォークを受け取って、奥の部屋に入っていった。
「……旧世界って、なに?」
「え?」
メリアの問いかけに、ネネとスーが同時に声を上げる。
「食事って、古い文明なの?」
「え、ええ? まさかメリア、食事したことあるなんて言わないわよね?」
「……わからない」
「ありえないわよ、そんなこと! この世界に食べられるものなんて魔鉱石しかないんだから」
「でも、魔鉱石が美味しくないのはわかった」
「そ、そそれが、おかしいんです……」
奥の部屋からルルが顔を覗かせた。恐る恐るというような表情だが、どこか興味津々というように瞳が輝いている。
「味覚……というものは、食べられるものが魔鉱石しかなくなり、食事文化が消え去った人間にとって要らぬもの……私たちは魔鉱石を食べてもなにも感じません。食事文化があった旧世界の人間たちには、甘い、辛い、苦い、酸っぱい、などなど……たくさんの味覚を持っていたそうですが、私たちにはありません」
「と言うことは、なに? ルルはメリアが旧世界の人間だって言いたいの?」
「いえ……そんなことありえません。一部の上層部の人間がかつての食事文化をよみがえらせようと、味覚の研究をしているそうですが……メリアさんが上層部から落ちてきていたとして、そんなにピンポイントなことあるでしょうか……」
そこまで話すとルルははっと我に返ったような顔をして「ご、ごごご、ごめんなさい!」と奥の部屋に引っ込んでしまった。
「スー……そんなに睨まなくてもいいでしょ」
「俺⁈」
別に睨んでいたわけではなく、ただ真剣に話を聞いていただけなのだが、ルルはスーに睨まれたと思ったらしい。
「スーは目つきが悪いんだから」
ネネにそう言われ、スーは「そんなこと……」と言いかけて口をつぐんだ。ネネによく眉間に皺が寄っていると言われるし、子供に怖がられるからだ。
「スーは目つきは悪いけど、優しいよ」
メリアが励ますようにフォローしてくれるのが、さらに惨めに思え、スーは少し不貞腐れたようにソファーに座った。
「さて、それじゃ私は武器を作ってくるわ。ちょっと待ってて」
ネネがそう言って銀製の刃物が入った袋を持って奥の部屋に入っていく。メリアがスーの隣に座り、ポツリと呟いた。
「なんだか、私だけが違うみたい」
「え?」
「この世界に一人だけ、取り残されているみたい」
メリアが唐突にスーに手を伸ばし、突然のことにスーは避けることもできず、メリアの手がスーの頬に触れた。
「……こうやって触れることだってできるのに、なんだか別のところに要るみたいなんだ」
メリアの金色の瞳がじっとスーを見つめている。確かにメリアは異様な空気を放っているが、目の前にいるのはただの少女に見えるのだ。スーはひんやりとしたメリアの手の温度に、自分の鼓動が高鳴るのを感じた。その音が目の前のメリアに聞こえないことを願う。
「そんなこと……ない」
「そう? やっぱりスーは優しいなぁ」
メリアが嬉しそうに笑う。そして、立ち上がると、スーに向かって手を差し伸べて来た。
「お散歩に行こう。私の知らないこと、たくさん教えて?」
「外に出ると、危ないぞ」
「スーがいるから平気」
メリアが「ね?」と手を伸ばす。スーは渋々その手を取り、メリアに手を引かれるままに外に出た。メリアは「しゅっぱ~つ!」と楽しそうに歩いていこうとする。
「手を繋ぐ必要ある?」
「いいの? 私がどこかに行っちゃうかもしれないよ?」
そう言って、悪戯っぽく笑う。
「だから、離さないで」
手を離してしまえばどこかに飛んで行ってしまいそうな気がするのは、この少女がどこか浮世離れしているからなのか。自分の手を引き歩いていくメリアを見て、スーはそんなことを思った。
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