第17話 ニーナの過去

―――私は魔物のいる森に捨てられていた。




 それだけで両親が私に対してどう思っていたかは想像できた。

きっと魔物に殺されてもいいと思えるほど邪魔だったのだろう。

 私は誰にも必要とされない。


 ここは森の中にある教会だった。

 今は神父様がいなくなり、親がいない子供達の面倒をみているうちに孤児院のような施設になった。


 面倒を見ている人は教会の時にここにいたシスター達だ。


 シスターは三人で子供達は全部で10人ほどいた。年齢は赤ん坊から13才くらいまでで毎日赤ちゃんの泣く声や子供の喧嘩する声が聞こえて騒がしかった。


 そんな中、騒ぐこともせず、泣くこともせず、かといって笑うこともない、存在事態があるかもわからない私がいた。


「ニーナ!お前いつも読んでるその本はなんだよ!?」

 私と同じくらいの男の子が本を読んでいた私の前に立っている。本の題名は【ホリストの魔物】。ホリストと言う町を襲ったが狂暴な魔物バロンが人間達によって捕らえられ命の大切さや善行を教えこまれると言う内容だ。

 私のお気に入りの本だった。

 


「……。」


 私はいつもどおり聞こえないふりをして本の文字を見つめた。

「おい、聞こえてんだろ?無視すんな!」そう言って男の子は私の本を叩き落とす。


「……。」私は何も言わず本を拾ってその場を離れることにした。


「相変わらず気味が悪いやつ!」男の子はそう言い放った。


 私はその子が私に言ったことよりも大事な本を叩き落とされたことに腹がたっていたが、顔にもだすことはしなかった。



 生まれてからそうだったのか、成長する上でそうなってしまったのかわからないが感情を表に出すことをやめた。怒ることも泣くことも笑うことも。


 数年前にシスターから私がなぜここにいるのか聞いたことがある。

 シスターはこう言った。『あなたは赤ん坊の時に森でタオルに包まれて泣いているのを旅人が見つけてここに運んできてくれたのよ?魔物に襲われる前でよかったわね。』

 私はこう返した。『…なぜ私は森にいたの?お父さんや、お母さんは?』

シスターは面倒くさそうな顔をして言った。

『さぁ……。こういうことはよくあるわ。何か事情があったのよ……でも魔物のいる森に捨てられていたのは初めてだったわね…』

 シスターはハッと口を抑えて、夕飯の準備をしなくちゃとそそくさと部屋から出ていった。


 私は魔物のいる森に捨てられたのだ。

 そう思った時なぜかはわからないが何に対しても無関心になり、どうでもよくなった。

 自分の存在などあるようで無い物だと思った。


 そんな自分でもこの本だけは何回も読むほど心が引かれた。きっと本に登場している魔物バロンと自分を重ねていたのだろう。


 バロンは捕らわれた人間達の中で孤独だった。なぜ自分がここにいるかもわからず、人間達の好意を受けても理解ができなかった。所詮魔物だから。

 そして人間達は結局バロンは人間のことなど理解できず通じ会うことができないと知るとバロンの全てを否定していくことになる。やがてバロンは自分の存在意義さえわからなくなり精神的に限界を迎え暴走していく。しかし人間によってバロンは倒され、最後には人間が勝つと読者に教え込むのだ。


私は物語のオチは納得できなかったが、バロンが思っていただろう孤独感と自分の存在がとても空虚なものであることを知った絶望の感情を自分と重ね合わせていた。


 私はバロンと同じ。人間達の中にいても孤独だし、自分の存在意義さえわからない。私は一人。



私がいつもどおり部屋の隅で本を読んでいると女の子達の声が聞こえた。


「私はねー、お金持ちの人にお父さんになってもらってー、お城に住みたいなー!グレイシアはー?」

「私は自由にこの世界を見て回りたいの!世界はすごく広くて色々な物があるってシスターが言ってたわ!」

「えぇー!色々な物って?」

グレイシアと呼ばれた女の子はテーブルの上に立って大きく手を広げた。


「こーんな大きい湖や、城や、色々な花や、いろんな美味しい物がたくさんあるのよ!それを私は自分の目で見て回るの!それが私の夢で、そんな幸せな人生にするの!」

「へぇー!いいなぁー!」

「城のお姫様になりたいー!」


 幸せな人生。私には絶対こない人生。

 ふとテーブルの上に立っていたグレイシアが私のほうを見た。

 やばい、目が合った。


 グレイシアはテーブルから降りると私の方へやってきた。

「あなた…ニーナって言うのよね?あなたは何か夢はあるの?」


「……。」


 私は本を閉じると何も言わず部屋をでた。

 こういう雰囲気は苦手だ。


背後でまた女の子達の声が聞こえた。


「グレイシア、あの子に構わない方がいいよー!」


「どうして?」


「何か何も喋らないし…」

「変な子だもんねー」

「男の子達が言ってたけど、あの子魔物の子なんだってー!」

「魔物の子?」

「なんか魔物のいる森で見つかったから魔物の子なんじゃないかって言ってたよー」

「そんなこと言ったら可哀想よ!」

「えぇーだってー」


女の子達のキャッキャと騒ぐ声が私には苦痛だった。

 私は魔物の子?



「ニーナ、ちょっと来なさい。」


 ある時シスターの中で一番歳がいっているテレサに呼ばれた。

「……はい。シスターテレサ。」


「あなたに話があるのよ。座って。」ニーナはシスターテレサの部屋に入り椅子に腰掛けた。


「ニーナ…あなたももう長いのだからそろそろみんなと仲良くなさい。いつもムッとして…何が気にいらないの?」


 私はムッとしてるつもりはなかった。


「……どうして仲良くしなければいけないの?」私は疑問を投げかけた。あの子達と仲良くできる気がしない。


「どうしてって…。あのね、ニーナ。人との付き合いはとても大事よ。人は一人では生きていけないの。必ず誰かと関わることになる。それなのに今のあなたのように他人を寄せ付けないようにしていたら一生孤独で誰も助けてくれなくなるのよ?」


「…他人と関わらないと死んでしまうの?」


「そうじゃなくて…」シスターテレサはため息をついた。


「ここはね、ずっとあなたの面倒を見る場所じやまないのよ?他の子供達もそうだけど、引き取って育ててくれる里親を待っているの。だからね、少しは愛想というものを持ってもらわないと誰もあなたを引き取ってくれなくなるわよ?」


 ニーナは少し考えたあと答えた。

「……私は一人でいい。」


「無理よ。一人では生きていけないわ。」


「………じゃあ死んでもいい。」


シスターテレサはハッとした顔をしてニーナを見た。

 またその目だ。そんな目で私を見ないで。


「なんてこと言うのニーナ!生を授かったことを神様に感謝をしなさい。神様は見ておられるのですよ!」


「……私は、生まれてきたくなかった…!」


「まあ!なんてこと!」シスターテレサは十字架をもって胸に十字をきった。


望まれて生まれてきたわけじゃないのに。何を感謝するべきなの?親ですら私を捨てた。

誰にも必要とされない私は何のために生きていけばいいの?


「…シスターテレサ、もう行っていい?」


 シスターテレサは十字架を握りしめながら頭をかかえていた。

 ニーナはテレサの返答を待たずに部屋を出た。

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