第53話 暗君の掌中
「それで、用はそれだけ?」
気持ちを切り替えるように顔を上げて、アルはクムト様に問いかける。わざわざ私に夜伽の事を教えるためだけに、賢者がこの離宮に足を運ぶのは少し不自然に思えた。私も視線を向けると、クムト様は朗らかに笑う。
「まっさか~。一応賢者だよボク。本題はこれから」
そう言うと、すっと目を細め指を口元に添える。
「アックティカの事は聞いてるね? ︎︎鎖国して輸出入を止めてからもう
作付けは輸出する量を計算して決められる。季節毎に適した物が違う上に、土にも気を配る必要があり、一年を通して計画していくのだ。アックティカの野菜は評判がよく、多くの国へ輸出していた。それが突然止められたのだから、有り余る食料を前にどうしようもないのだろう。
農業が盛んな国だけあって、保存食の技術も発達している。それでも腐敗は進んでしまう。特に輸出用の物は、保存食として加工しているけれど、わざと日持ちを短くしているらしい。これも王の命令で、売買の回転率を速めるためであり、言ってみれば粗悪品を流通させている事になる。民達は逆らえず、やむなく従うしかない。
そのせいでこの冬は備蓄がほぼ全滅。残っているのは米を乾燥させた
そして目の前の食糧が腐っていくのを、なす術もなく見ている事しかできない。収穫の時期はまだ遠く、力のいる農作業には栄養面で心もとない。本来であれば、備蓄は世帯毎に十分あるはずなのだ。近年は気候に恵まれ豊作だったし、味も良かった。
それなのに民が苦しむ羽目になっているのは、現国王エネメス三世の治世のせいだ。戦を口実に過剰な
エネメス三世が玉座を得て十数年が経ち、周辺国家からの非難も聞き流して
アックティカは国自体は小さい。でも有する農地は民の住む町よりも広大で、人口よりも家畜の方が圧倒的に多いほどだ。他にも農業の盛んな国はもちろんあるけれど、蒸気機関などの近代化の波に呑まれ、徐々にその数を減らしていた。
そんな中でアックティカが農業で突出し続けていたのは、歴代国王のお陰だ。エネメス三世以前の王は人徳が厚く、愛される治世を行っていた。年貢も相応の分配で徴収され、
そんな王家から、何故エネメス三世のような人物が現れたのか、
アックティカはその特性から、一夫多妻を設けている。その一方で、妾を持つのは恥とされていた。妾とは
農業は一族で行うため、子供が多い方が働き手も維持できる。貴族のように
それをエネメス三世は独占している。民達も限界のはずだ。今までも重い年貢に苦しめられて、今度は鎖国。
その心情は如何ばかりか……。
想像するだけで胸が締め付けられた。
しかし、事態は更に悪い方へと向かう。
「鎖国は物だけじゃなく、人も閉じ込めているそうだよ。商いで訪れていた商人がアックティカを出られないらしい。そして、国外に出ていたアックティカの民も帰れずに難民と化している。カイザークにも数人が助けを求めに来ててね、西のモラクラや南のチェベンでも同じ状況だよ」
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