第54話 ︎︎見えない戦い
クムト様のお話しは、信じ難いものだった。確かに、鎖国は外界と隔絶する制度ではある。それでも、自国の民さえ入国を禁止するなんて。アックティカから出ていたという事は、出稼ぎや商談なのではないだろうか。
例え交易が盛んでも、どうしても足りない物はある。特に嗜好品は、輸入に頼ると高くついてしまう。生産量も多くなく、物によっては危険を伴い高価な上に、関税がかかるからだ。
だから直接出向き、少しでも安く仕入れる。特にアックティカは、農業国家で鉱石が不足しがちだ。山はあるけれど、ほとんどが粘土層で崖崩れも多く、それを防ぐために植林され、ただでさえ少ない鉱石を発掘するのが困難になっている。
鉱石は農業に欠かせない。農具や、作物を保存する樽を作るには必須だ。それらを持ち帰る人が締め出されていては、肝心の農作業に支障が出てしまう。
アルに視線を向けると、同じように眉を
「父上はなんと?」
固い声でアルが問うと、クムト様は答える。
「うん、難民のための居留地を作るって。それと仕事も。ある意味さ、貴重な農業の知識を仕入れる好機でもあるんだよね。アックティカが鎖国した事で、カイザークにも影響が出始めているんだ。緊急ではないにしても、輸入していた作物が減っているんだからね」
カイザークにも、農村はいくつかある。しかし、国全体を
もし、アックティカの難民から知恵を借りる事ができれば、それも緩和される可能性があった。
クムト様の言葉に、アルも頷く。
「確かに。今後全面戦争になるにしても、難民の受け入れは必要になってくるし、勝たなければカイザークの民も同じ道を辿る事になる。厳しいな……」
先の戦ではオードネンが率いていたためか、正面から仕掛けてきた。それはこちらとしては優勢に働き、勝利を得たけれど、次は傭兵が動く可能性が高い。
傭兵は金銭で契約を結び、軍師とは違う戦略を使う。攻撃手段も遠近共に多彩で、機動力に優れている。武力としては軍が上だけれど、個々の戦いでは遊撃に秀でた傭兵に利があった。
アルの懸念は、おそらくそれだろう。鎖国する事によって、こちらに情報が流れにくいのも、戦局を困難にしている。今アックティカにいるのは、私との面談が済んでいない間者達で、遠見で様子を伺う事もできない。
間者は怪しまれないよう、気軽に土地を離れられないのだ。特に城に入れる立場なら尚更に。本来なら休暇を口実に出国する手筈だった。しかし、あれこれと難癖をつけて足止めされていたらしい。その報告も、受け取ったのはほんの一週間前だ。
こちらから間者を送り込もうにも、国境の森は傭兵が巡回している。騎士との面談は順調だっただけに、後手に回った事が悔しい。
知らず唇を噛み締めると、クムト様が声をかけてくれた。
「ほーら、りっちゃん。肩の力抜いて。君は責任感が強すぎるね。これは君のせいじゃないし、あっちゃんのせいでもない。ゼネアルドやミルネアも頑張ってたんだけどね~。もちろんボクも働いてたんだ。それでも止められなかった」
その表情には疲れが見える。陛下やミルネア様……王妃様が休む間もなく働いていたのは、もちろん知っていた。その場には私とアル、大臣や騎士団の面々もいたから。クムト様はいなかったけれど、違う場所で戦っていたのだろう。
「誰もお前が遊んでたなんて思ってないよ。リリーもちゃんと分かってる。男としてはクズだけど、こういう時は賢者してるしね」
アルがわざとふざけた物言いをして、少しだけ思い空気が晴れた。
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