第52話 頼もしき存在

 嫉妬……つまりはヤキモチ?

 私、ネフィにヤキモチを焼いていたの?


 ぽかんとする私に、クムト様は言う。


「りっちゃんは嫉妬するほどの自信もなかったんだね。嫉妬や妬みは、何も悪い事ばかりじゃないんだよ。時に自分を鼓舞する力にもなるんだ。負けてたまるかってね。りっちゃんも昔はそうだったでしょ?」


 嫉妬が……自信……?


 言われてみれば、昔は確かに私より物知りな子に嫉妬していた。私の知らない事を自慢げに話す子が憎らしくて、負けてたまるかと勉強したんだ。そして次にあった時に言い負かすのがとても楽しくて……。


「お父さんから聞いてるよ。周りの男の子に喧嘩売ってたって。でも求婚者が現れない事で、次第に自信を失っていった。貴族の令嬢にとって、結婚は仕事でもあるからね。それをあーちゃんが止めちゃった訳だ。それが急に過保護にされて、心が追い付いていないんだよ。聞いてる? あーちゃん」


 クムト様に注意されて、アルは口を尖らせる。


「過保護でもいいじゃない。五年も待たせちゃったんだし、その分の愛情をそそいでるだけだよ」


 ネフィもそれに同意して頷いていた。私はそれがおかしくて頬が緩んでいまう。


 ネフィは二歳上で、私を甘やかす傾向にある。私が五歳の時に専属となって以降、あれやこれやと世話を焼きたがり、同時に色々な事を教えてもらった。当時はまだ七歳だったのに、とても大人っぽく見えたものだ。


 十一で初潮が来た時も、赤く染る寝台を見て怖がる私を落ち着かせ、処置をしてくれて、これがどういったものか教えてくれたのだ。


 その頃は勝気で、喧嘩ばかりしていた。木に登って落下したり、男の子と掴み合いの喧嘩をして鼻血が出た経験はあるけれど、経血の量はその比ではない。幼い私は、本気で死ぬんだと思い込み泣き喚いた。勉強は始めていたけれど、まだお披露目前で、知識が十分ではなかったからかなり取り乱してしまったのを覚えている。多くのメイドが手を焼く中で、根気よく付き合ってくれたのがネフィだった。


 アルに対しても、恐れず苦言を呈していさめる事がある。これは誰にでもそういう態度なのではなく、アルの性格を理解しているからこその対応とも言えた。子爵家以来の付き合いであるネフィの実家は、メイドや侍従の斡旋業を営んでいて、私の元に来る前から見習としてメイドをしていたらしい。そこで先輩の指導を受け、度胸が身についたそうだ。


 アルも罪悪感があるのか受け入れていたし、処罰したり怒る事もしない。もしかしたら、ネフィの気持ちに気付いていたのかも。


 二人とも違いはあれど、私をおもんぱかってくれていたのだから。


「でもさ、さっきフィちゃんが言ってたように、フェリット伯爵にくらい連絡してもよかったよね? ︎︎なんでしなかったの?」


 クムト様が口を挟むと、アルは苦い顔をした。純粋な疑問と言うよりも、確認がしたいように見受けられる。


「お前なら分かってるだろ。意地が悪いな」


 そう言われても、クムト様は引く気がないようだ。にこにこと笑いながら続きを促す。アルは溜息をついて語りだした。


「フェリット家は子爵から伯爵に引き上げられた一族だよね。もちろん実力で得た地位だけど、その戦功が著しい。褒賞だけで済むのに、爵位まで上げたんだから。そして次代達も評判が良くて、騎士団の中で重用されている。そんな生え抜きのフェリット家を、オードネンが放っておく訳ないでしょ」


 確かに、子爵家は貴族の遠縁などがじょせられる爵位だ。我がフェリット家は父方の本家、イタル侯爵家の末端であり、男爵よりは上位であるけれど微妙な立ち位置だった。それが一気に爵位を上げたのだから、古参には面白くないだろう。宰相はその筆頭で、陞爵しょうしゃくを受けた曾祖父そうそふの代から目をつけられているとぼやいているのを聞いた事があった。


 ここまでは私もアルから聞いている。オードネンが簒奪さんだつを企て、暗躍していたせいで動けなかったと。更にアルは続ける。


「手紙を送ろうにも、誰が敵か判断が難しくて預けられなかったんだ。その頃の僕はまだ八歳で、お披露目もしていない、ただの王子だったからね。動かせる騎士もいなくて……だからせめて婚約だけは阻止しないとって、親交を深める手紙を装って、リリーと同年代の子息を牽制してた」


 むくれた顔で白状すると、クムト様が頭を撫でる。それを邪険に払いながら、私にくっついてきた。


「そのせいでリリーは自己肯定感が低くなったんだ。甘やかして何が悪い? 責任は取るべきだろ」


 それにネフィが賛同の声を上げる。


「そうです。殿下のせいでリージュ様はご自身を卑下なさるようになったのですよ? 自信を取り戻すのも、張本人である殿下でないと意味がありません」


どこか棘のある言い方に、アルは頬を引きらせていた。


「え……僕の事、認めてくれたんじゃないの……?」


 ネフィはつんと澄まして応える。


「はい。認めておりますとも。ですが、これとそれとは別問題です。事実、殿下がリージュ様に劣等感を植え付けたのですから。私、それについては許すつもりはございません」

 

 相手は王太子だというのに、ネフィはどこまでも実直だ。それは嬉しくもあり、危なっかしくもある。苦笑いしながら隣を見ると、アルは『反省しています』とだけ言って項垂うなだれた。

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