第25話 ︎︎賢者

 再びイオハ様を見ると、顔を真っ赤にしていきどおっていた。


「何を訳の分からない事を! ︎︎そんな、まるで……まるで魔法のような力を持っていると、仰るのか? ︎︎神の使徒である私にも、そんな力は無い! ︎︎我らをたばかるのであれば、兵をお貸しする事などできませぬぞ!」


 それはきっと、この場にいる人達の代弁だろう。来場者の中で、一番身分が高いのがイオハ様だ。本来であれば、イオハ様から陛下への直訴は許されない。でも今この場は、半分軍議と化していた。


 主な貴族が集まり、軍部の上層部も列席しているから、再度徴集ちょうしゅうするよりも都合がいい。


 相手が国家になってしまった以上、私兵や民兵も必要になってくる。王城にも騎士がいるけれど、大規模な戦には心許こころもとない。出兵に全てを割けば、王都が手薄になり隙を作ってしまうからだ。


 今は春を迎え、これから農繁期に入っていく時期。徴兵されるのは主に男性だから、農家にとっては痛手となる。


 そんな状況なのに、夢物語のような根拠で戦を起こされでは、たまったものではない。


 皆の視線が集中する中、陛下はにやりと笑った。


「私達の事は、クムトに聞けば分かる」


 唐突に出た名前に、イオハ様は呆けている。それは私も知らないものだった。ここで出てくるという事は、教会に関係する人物なのだろうけれど、歴代の名鑑でも見た覚えはない。


 他の貴族達も皆一様に首を傾げている。それを見下みおろし、陛下は自慢げに足を組みかえた。


「なんだ、大司教なのに知らないのか? ︎︎信用されていないのだな」


 揶揄からかいも含んだ言い方に、イオハ様は顔を真っ赤にしている。私の横では殿下が、王妃様や妹君達も揃って笑っていた。このご家族は結構イタズラ好きみたい。


「殿下もご存知の方ですか?」


 そう問いかけると、とんでもない言葉が飛び出す。


「うん! ︎︎王族は面通しするのが慣例なんだ。クムトっていうのはね、パルダ・グイエの教祖だよ。世界中を巡った賢者で、もう五千年は生きてるって言ってたかな? ︎︎その旅でカーナムーシェにも会ったみたい。その時に神託を受けて、パルダ・グイエを興したんだ。精霊王にも面識があるって。この国の建国にも関わってるみたいだよ」


 殿下は何気なく話しているけれど、それは歴史も揺るがす事実なのでは……?


 魔法が絶えたのは千年前。当時を知る、正に生き証人だ。精霊や精霊王の行方も知っているのかも。


 殿下は更に続ける。


「建国当時は、誰もが知ってる人物だったんだ。でも、魔法と同じように時代と共に忘れられていった。ほとんど表には出てこないからね。今は王都の外れに住んでるよ。そんな人物を神殿の、それも大司教が知らないって事は、そういう事でしょ?」


 最後は皮肉を込めて、イオハ様に投げかける。この場にいる誰もが驚愕を浮かべ、二の句を繋げない。それもそうだろう。ともすればお伽噺とぎばなしの類と取れる。


 馬鹿にされたと思ったのか、イオハ様は食ってかかった。


「陛下! ︎︎そのような出任せを信じるとでも思っておいでか!? ︎︎賢者などと、たわむれがすぎます! ︎︎そんな話し、聞いたこともない……! ︎︎これ以上私を愚弄するのであれば、我らパルダ・グイエの助力は必要ないと捉えますが、宜しいか?」


 イオハ様は確実に怒っている。聞きようによっては、主神さえも貶める言い方だ。カーナムーシェは天上の存在。その尊いお方が地上に現れるなど、教義上あってはならない。まして、大司教の立場でその事を知らされていないとなれば、自尊心を強く傷つける。


 これが原因でパルダ・グイエの神兵が得られなければ、兵力がいちじるしく下がってしまうだろう。そうなっては、宰相を打つ事も難しい。睨み合う陛下とイオハ様を、私達は固唾を呑んで見守った。


 その時。


「教皇聖下がお出ましになりました」


 会場に響く騎士の声に、皆が一斉に振り返る。そこにいたのは小太りな初老の男性。教皇、と言っていたけれど、面識のない私には判断がつかない。


 でも、他の貴族達は違った。一列になって脇に退くと、一本の道ができあがる。教皇はその道を堂々歩いて……こない。私が疑問に思っていると教皇は腰を折り道を譲った。


 これは、もしかして。


「やぁ、ゼネアルド、久しぶり。皆も元気?」


 教皇の背後から現れたのは、いかにも軽薄そうな青年だった。

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