第24話 ︎︎また一難

「陛下、ご歓談中に申し訳ございませんが、如何なされるおつもりです。あの宰相の事、裏金くらい溜め込んでいるでしょう。私財を没収したとて、焼け石に水。近い内に仕掛けてくるはずです。しかし、我らは奴の拠点を把握できておりません。何処から来るともしれぬ敵に、どのように対応なされるのか!?」


 和やかな空気が流れる玉座に、鋭い声が飛んだ。気が緩んでいた私は、驚いて肩が跳ねる。しかし、殿下や陛下はさすがと言うべきか、醜態を晒すマネはしない。


 感心しながらも私が声の方に視線を移すと、他の来場者の意識も一点に集中している。そこにいたのは、純白の聖衣に身を包んだ大司教、イオハ様だった。


 イオハ様は勿論、神権派の一人。この国、カイザークの国教はパルダ・グイエ聖教といい、創造神カーナムーシェを主神としている。王城を中心に円型を形作る都の東、ユイエント湖の中洲に荘厳な神殿を構えていた。カーザイク各地にも神殿があり、イオハ様はその総括。


 主の教えに従い、質素倹約を唱える彼らだけれど、その神殿はとても清貧とは呼べない。信徒の頂点たる教皇も、宰相のように恰幅かっぷくがよかった。その姿を拝謁するのは、春節祭や神が降り立ったとされる降誕祭のような、大きなお祭りの時だけ。


 滅多に顔を出さない教皇は、姿絵もなく、教会発足当時から生きているのではと、まことしやかに囁かれている。姿を現しても、それは見物人の遥か彼方の演台。私もはっきりと顔を覚えていなかった。そのせいか神秘性が先行して、敬虔な信者も多い。


 だからこそ、宰相派に次ぐ勢力となっている。この人達を取り込む事ができるかどうかで、今後が大きく違ってくるだろう。


 それでも陛下はゆったりと返した。


「どうするとは? ︎︎決まっているだろう、殲滅せんめつだ。我らには、我らの戦い方がある。だが確かに、ここのところは情勢も安定していて、大きな戦は無かったな。貴殿らが不安に思う気持ちも、分からんでもない。まずは奴らの行き先を突き止める。リージュ、頼めるかい?」


 私が頷くと、イオハ様達は再度抗議を上げる。


「陛下。このような娘に一体何が出来るというのですか! ︎︎奴は狡猾こうかつです。そうそう行方が分かるはずが……」


「あなぐま亭……ルリア宝飾店……あ、クナード古書店! ︎︎陛下、宰相は西門に向かっています。声も聞こえます。……アックティカ……隣国ですね。我が国の機密を手土産に、丞相に取り立てる密約を交わしているようです。機密は軍部の配属地や、構成、軍備の取り引きについて」


 イオハ様の声を遮り、つらつらと並べると、またいぶかしむ視線が刺さる。虚空を見つめる私は、知らない者なら気味悪がるのも仕方がない。


 でも、それはあまり気にならなかった。だって、傍では殿下がずっと手を握ってくれているし、両陛下、妹君は疑いもなく受け入れてくれるのだもの。


「アックティカか……また面倒な所に行ってくれたものだな。あの国は好戦的で、王は戦に明け暮れ、国元にいることの方が少ないと聞く。宰相が強気だったのも頷けるな」


 アックティカは、深い森を境に隣合う国家だ。元は小さな農業主体の国だったけれど、現国王エネメス三世が実権を握るとがらりと変わった。陛下の言うように、色々な国に戦を仕掛けては、周辺諸国の領土を侵犯するようになったのだ。


 それは戦とも呼べない、野蛮な手段で行われる。山岳の麓に位置する地形を使い、川の下流に毒を流したり、収穫間際の農作物を奪い、餓死に追い込んでいく。国軍も、自国の兵は少なく、傭兵が大半を埋めていた。


 傭兵を雇うのもタダでは無い。その資金源が宰相だったとすれば、丞相という好条件も有り得ない話じゃないだろう。


「つまり私達の敵は、宰相という個人から、アックティカという国単位になったと。これは大きな戦になるかもな……」


 渋い表情で唸る陛下に、王妃様が労わるように手を重ねる。陛下もそれに応え、優しく握り返した。


 そして私に視線を移す。


「しかし、すごいねリージュ。アインに聞いてはいたけど、ちゃんと力を使いこなしてる。まだ二日しか経ってないのに、本当に勤勉な子だ。それに、ミーレの話しとも辻褄が合うみたいし、取り引きの様子をアインも視ている。やるべき事は分かっているから、引き続き協力してくれると助かるよ」


 両陛下に微笑まれ、心が暖かくなる。私でも役に立てた事が嬉しい。照れる私に、殿下は更に勇気をくれた。


「今までは僕と母上で視ていたけど、どうしても後手に回ってしまっていたんだ。僕は起こった出来事しか視えないし、母上の未来視は確実性に欠ける。父上は色しか視えないからね。君がいる事で、危機を回避できる確率が上がったんだよ。ありがとう、リージュ」


 そう言ってくださるのは嬉しいけれど、買い被りすぎではないかしら。過大な評価に異議を唱えようとしたら、イオハ様の怒声が響た。



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