百花繚乱

第19話 心の支柱

  絢爛豪華な宮殿の広間に、着飾った貴族たちが思い思いに歓談している。遠くに楽団の音色と、人々のさざめきを聴きながら、私は控えの間でネフィと共に殿下を待っていた。短くなった髪は整えられ、何とか見られる姿になっている。それでも、この姿を晒すのは忍びないと、殿下が美しいベールを用意してくださった。


 今日は殿下のお披露目と、私との婚約発表の日。ユシアン様の騒動からは二日が経っている。


 あれからすぐに、殿下は公爵邸に騎士を派遣したけれど、何も得られなかったと言う。ただ、私が示した場所で遺体を発見したと。それだけでも十分な証拠になるはず。


 今日は宰相も、当然招待客として来ている。現行犯であるユシアン様も護送されてきているし、メイド達も証人として連行されていた。彼女達の中には犯罪を犯した者もいるけれど、それはユシアン様の指示により強要されたものだ。尋問の際には、従順に質問に答えていたらしい。


 日常的な殺人、拷問、更には拉致監禁。なんとユシアン様は、近隣の町や村から子供の誘拐までやっていたのだ。その数は百にも及ぶという。犠牲になった子達の末路は想像にかたくない。現場の様子も、メイド達の口から生々しく語られた。


 そして、それらは全て宰相である父、オードネン公爵の教育の賜物たまものであるとも。


 私はそれを聞いて眩暈めまいがした。はっきり言って、意図が分からない。理解したいとも思わないけれど、そんなに人を虐げて、一体なんの利益があるというのか。


 自己顕示欲か、権力誇示か。


 何にせよ、ろくなものではない。他人を害して得るものなど、結局はすぐに破綻はたんする。ユシアン様がいい例だ。


 これからそんな公爵と事を構えるかと思うと、重い溜息が零れる。浮かない表情の私に、ネフィがお茶を出してくれた。


「リージュ様、やはり今日はお出ましにならない方がよろしいのではございませんか? ︎︎ベールで隠しているとはいえ、明るい照明の下では垣間見えてしまいます。かつらもご用意致しましたのに、頑なに拒否なされて……」


 心配してくれるネフィには申し訳ないけれど、私はやるべき事をやらなければ。


「ありがとう、ネフィ。でも、私はこの姿を皆に見せなければならないの。公爵を糾弾するにしても、実際の被害者がいる方がより有利だわ。傷口もドレスで隠れるし、私には殿下がいてくれるもの。これくらいへっちゃらよ」


 本音を言えば怖い。今まで私が相手にしていたのは、家格も近い男子だけ。それも幼い頃の話しだ。宰相は国王陛下にも劣らない権力の持ち主。簡単に非を認めるとも思えないし、どういう行動に出るか想像もできない。


 それでも殿下の存在は大きく、私に勇気をくれた。殿下のためなら、なんだってできる。こんな姿を晒すくらい、どうって事ない。そう思えるほどに、殿下は私の支えになっていた。


 ネフィが更に何か言おうとした時、扉がノックされる。返事を返し、扉が開かれると、待ちわびていた姿が現れた。殿下はいつものドレスシャツ姿ではなく、純礼装である白のクロックコートをまとっている。部屋に入るとすぐに私の元へ来てくれて、ソファの隣に座り手を握ってくれた。


「リージュ、大丈夫? ︎︎顔色悪いよ。あんな怖い目に遭って、まだ二日だもの。無理をしなくてもいいんだからね?」


 ついさっき同じやり取りをしたばかりなのに。そう思うと、つい笑ってしまった。殿下は怪訝な表情で覗き込んでくる。


「何? ︎︎僕、変なこと言った?」


 それは少し拗ねたようね声音で、年相応に可愛らしい。それでも、私にとっては一人の男性だ。失礼を詫びつつも、感謝を伝える。


「申し訳ありません。ついさっき、ネフィにも同じような事を言われたものですから。お心遣い、痛み入ります。ですが、私は大丈夫です。だって、隣には殿下がいてくださいますもの。それだけで、私はどんな困難にも立ち向かえるのです」


 私の言葉に、殿下も応えてくれた。


「それは僕も同じだよ。リージュのためなら、なんでもできる。二人なら無敵だ」


 そう言いながら、次第に顔が近付いてくる。私も目を閉じようとしたら。


「こほん。殿下、リージュ様、お時間です」


 むっとする殿下に、私は思わず笑ってしまった。


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