第20話 ︎︎狸

 いよいよ、宰相と相見あいまみえる。


 殿下と共に舞踏会場の扉の前で待機している間、私は緊張していた。婚約発表も勿論そうだけれど、やはり宰相と対面するのは怖い。国王陛下でさえ迂闊うかつに排除できない権力を持つ宰相相手に、一体どこまでできるのか。


 対宰相の話し合いの中で私の力がまたひとつ、明らかになっていた。それは、面識のない人は遠見できないという事。ユシアン様を視ていた時に宰相も覗こうとしたけれど、視界がぼやけて霧散してしまった。物は試しと、ネフィの父君を視てみたけれど結果は同じ。


 王族の方々であれば、何かしらの力が働いているとも考えられる。でもネフィの父君は違うから、そういう事なんだろうと結論づけた。これは殿下も納得してくれている。


 だからこそ、今日が千載一遇の好機。正式に王太子妃として認められたとしても、宰相に会える機会はそうそうない。王家主催の舞踏会は社交シーズンの春だけだし、国王、王妃両陛下や殿下ご兄妹の誕生祝賀会も年に一回ずつの計五回。 次は二ヶ月先に上の妹君、フェティア様の誕生日があるけれど、それまで宰相がおとなしくしているはずもない。そもそもフェティア様のお祝いの場を、こんなきな臭い荒事で汚したくはなかた。


 議会に参加する事の出来ない私にとっては、ユシアン様の件も含め、今日が一番都合がいい。殿下とも話し合って、詳細は詰めている。


 ただひとつだけ、気になる事があった。それはあるメイドの言葉。


「きっと、公爵様は姫様を切り捨てられます」


 その報告を聞いた時、私も殿下も信じられなかった。たった一人の娘を切り捨てるなんて、さすがの宰相でもしないのではないか。


 でも、それは甘い考えだったと思い知る


「ユシアン? そのような者、我がハイウェング公爵家には存在しませぬが。殿下、そちらの……伯爵令嬢でしたかな。その娘に夢中で、そんな些細な事も判別がつかなくなり申しましたかな?」


 赤黒く腫れあがった顔で父に助けを求めるユシアン様を見下みおろして、宰相は嘲笑あざわらった。そして臣下から巻物を受け取る。


「今日の質疑は事前に把握しておりましたので、家系図をご用意いたしました。どうぞ、ご確認ください」


 暗に私達の思惑が漏れている事を告げる宰相は、巻物を文官に渡し、勝ち誇った笑みを浮かべていた。巻物を受け取った殿下が広げてみるけれど、そこにユシアン様の名前は無い。巻物に使われている羊皮紙も古いもので、偽物だと断言するには難しかった。


「お気が済みましたかな?」


 恰幅かっぷくのいい体を揺らしながら、宰相はご満悦だ。それでも殿下は引かなった。


「だが、公爵邸からは複数の遺体が発見されている。それを知らないとは言わせないぞ」


 しかし、宰相はいやらしくわらい、鼻を鳴らす。


「公爵邸? それはおかしゅうございますなぁ。発見、と言うからには捜索が行われたのでしょうが、我が家は静かなものでしたぞ? どこぞの廃墟とお間違えでは?」


 まさか、屋敷も既に手が回されている……?


 ユシアン様が捕えられたのは二日前。公爵邸も、その日のうちに捜索されているのに、対応が早すぎる。さっきも今日の事を事前に知っていると言っていたし、やはり内通者がいるのだろうか。ヒメリア様も、尋問に対してはただ薬を貰って、賊に引き渡しただけだと主張している。ユシアン様の事も、何も知らなかったと。


「困りますなぁ。そのような曖昧な証拠だけで猜疑さいぎをかけられるなど、心外でございます。殿下、まつりごとに積極的なのは臣下として、大変喜ばしい事です。しかし、子供の飯事ままごととは違うのですよ。確実な物的証拠こそがモノを言うのです。例えば、この家系図のような……ね」


 腹立たしいけれど、反論できない。


 私達が持っているのは状況証拠だけ。殿下の力も、実証されなければ意味がない。それは私にも当てはまる。いくら視たと言っても、戯言たわごとだと言われれば終わり。魔法の絶えたこの国で、精霊王の力だと喚いても信用は得られないだろう。


 もっと、私に力があれば……。


 俯く私に、宰相の声が飛ぶ。


「して、そちらの伯爵令嬢はお顔も見せてくれませんのか? 王太子妃となられるお方が顔を隠すなど、人民に示しがつきませぬぞ? 今、この場には主たる貴族がつどっております。何卒、ご尊顔を拝謁いたしたく」


 声を張り、両手を広げ慇懃無礼に腰を折ると、宰相は私を見つめ口元を歪めた。

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