第12話 ︎︎鬼の居ぬ間に
窓の外は晴天。
心地よい風が、カーテンを揺らしている。
けれど、私の口から漏れるのは溜息ばかり。
昨夜、殿下からお聞きした始祖王の話は、今でも信じきれてはいない。それでも、殿下が寄せてくれる好意はとても嬉しくて、心を満たしてくれる。
あの後、何度も口付けを交わし、愛を囁いてくれたのに、それでも足りないと殿下は仰っていた。私なんかよりずっと大人びていて、どうすれば殿下を満たせるのか。貰うばかりで、申し訳ない気持ちが焦りを募らせる。
そしてまた、溜息が零れた。
「どうなさいました? ︎︎リージュ様」
そう言って、お茶を出してくれたのはヒメリア様だ。少し気まずくて、頬が熱くなってしまう。
「ありがとうございます」
白いティーカップを手に取ると、花の香りが漂う。ほうっと息を吐くと、ヒメリア様が笑った。
「ふふ、殿下の事で胸がいっぱいみたいですわね。あれほど熱烈に求愛されて、羨ましい限りです」
少しだけ、
背筋を伸ばして、緩んだ頬を引き締める。
あれ?
でも、この時間はいつもネフィが担当じゃなかったかしら。そう思って部屋を見渡すけれど、どこにも姿が見えない。
「ヒメリア様、ネフィはどうしたのでしょう? ︎︎他に仕事でも?」
問いかけた私に、ヒメリア様は茶器を片付けながら教えてくれた。
「はい。リージュ様の馴染みの農家に行くと言っていました。そちらのチーズがお気に入りだそうですね。商人を通さず、直に仕入れていたとか。フェリット伯爵邸への配達から、こちらにも回すように手配するそうです。なにぶん王城への配達ですから、少々手続きに手間取ったみたいで……殿下のお口添えもあって、無事に許可が下りたそうですわ」
そうか、クベールさんの所に行ったのね。クベールさんは酪農農家で、城壁外に牧場を持っている。私がクベールさんのチーズを知ったのは、たまたま息子であるディンくんと教会学校で出会ったのがきっかけ。お弁当に入っていた自家製のチーズを味見させてもらったら、それがとても美味しくて、すぐさまお父様にお願いして取り引きしてもらうようになった。
クベールさんも快く引き受けてくれて、両親も気に入り、長い付き合いになっている。それ以降、お父様は直接農家と取り引きする事が増えた。市場で仕入れるよりも、新鮮な物が手に入るから。
クベールさんのチーズは、その中でも私のお気に入り。だからネフィも、王城に掛け合ってくれたのだろう。
そういえば、朝はクベールさんのチーズが欠かせなかったのに、この離宮に来てから口にしていない。そう思い至ると、途端に食べたくなった。
「お昼……は無理かしら。夕食に出して貰えると、とても嬉しいです」
時計を見ながらヒメリア様に告げると、にこりと笑い、頷いてくれる。久しぶりのチーズ、お料理は何かしら。サラダにかけるのもいいし、スープも美味しそう。
そんな事をあれこれと考えていると、不意に鉄の匂いがした。そちらに目を移せば、窓際に黒ずくめの人影が立っている。逆光で顔は見えないけれど、体格から男性だと分かった。
「だ、誰……っ!?」
距離を取ろうと、椅子から立ち上がった瞬間。
私の意識は闇に落ちていった。
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