第11話︎ ︎︎伝承
間近で見上げてくる紫の瞳が、すっと細められる。まるで獲物を狙うように私の喉元に口付けて、そのまま耳元に唇を寄せ、うっそりと囁いた。
「条件はね、運命の
つがい……?
王族直系のみに伝わる秘密って、何それ。
「つ、番だなんて、そんな……私達は野生の動物ではないのですよ? ︎︎それだけで私を王妃に据えるなど、愚かではないでしょうか」
私が反論しても、殿下は逆に喜んでいるようだった。頬を染め、なおも言う。
「始祖王ギンディユーズは知ってるよね? ︎︎太古の時代、小さな部族が
殿下は何を言いたいの?
ギンディユーズの英雄譚は、この国の者なら知らない者はいない。子供達はもちろん、大人だって憧れる存在なのだから。意味も分からず頷く私に、殿下が問いかける。
「じゃあ、その妃は?」
そんなの決まってる。
「ユイリエ・ファティ・ルニマです」
私の答えに、殿下は満足そうに微笑んだ。
「そう、建国の英雄なのに娶った妃はユイリエ、ただ一人。何故だと思う?」
問いを重ねる殿下に、私は
「何を、仰りたいのでしょうか……?」
殿下は気を悪くする素振りも見せず、答えてくれた。
「ユイリエはね、精霊王の娘だったんだよ。これは伝承の
確かに、魔法が衰退していったのは、魔力の供給源である精霊の減少が引き金だった。魔法は精霊の力を借りて行使する術。対等であったはずの両者は、いつしか支配する者とされる者になっていった。
辻褄は合う。でも、と私は反論を試みる。
「伝承などにも、多少の知識は身に付けていると自負しますが、精霊の血を受け継ぐ者など聞いた事もありません。それに、もし事実だとしたら、他にもいるはずです。たった一人というのは無理があります。私がその番だとは、限らないのではありませんか?」
だけれど、殿下は笑っている。私との問答を楽しんでいるみたいに。
「うん、それについては僕も半信半疑だった。でも不思議な事に、番は一世代に一人しか現れないんだよ。もしかしたら、精霊王がまだどこかにいて、操作しているのかもね。調べる
その言葉に、私は二の句が繋げない。だって王家でさえ、始祖王と精霊王の契約に縛られているのだから。
「この秘密は宰相も知らない。でも君は……知っちゃったね?」
私はハッとして身を引いた。でも、すぐにソファの背もたれに阻まれる。更に迫ってくる殿下から逃げようと身を
私の反応が面白かったのか、殿下はくすりと笑い、ソファの背もたれに両手を着くと、私を閉じ込めた。
「ねぇ、リージュ。僕は本当に君が好きなんだ。これだけは信じてくれないかな。契約とか条件とか、そんなの関係ない。君に会ってから、他の女達なんて皆いないも同じ。この五年間、ずっと君だけを見てきた。君のいい所も、悪い所も、全部ひっくるめて大好きなんだ。婚約なんてまどろっこしい事せずに、今すぐ僕のものにしたい……愛してるんだ、リージュ……」
徐々に近付いてくる殿下の瞳に射抜かれて、私は甘い痺れを感じていた。
こんなに求められた事も、愛された事もない。急な申し出だったし、まだ納得できない部分もある。
でも、この殿下となら……。
私は返事の代わりに、そっと瞳を閉じた。
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