第11話︎ ︎︎伝承

 間近で見上げてくる紫の瞳が、すっと細められる。まるで獲物を狙うように私の喉元に口付けて、そのまま耳元に唇を寄せ、うっそりと囁いた。


「条件はね、運命のつがいと出会う事だよ。これは王族直系だけの秘密」


 つがい……?


 王族直系のみに伝わる秘密って、何それ。


「つ、番だなんて、そんな……私達は野生の動物ではないのですよ? ︎︎それだけで私を王妃に据えるなど、愚かではないでしょうか」


 私が反論しても、殿下は逆に喜んでいるようだった。頬を染め、なおも言う。


「始祖王ギンディユーズは知ってるよね? ︎︎太古の時代、小さな部族がひしめきあっていたこの土地を統一した偉大なる王だ」


 殿下は何を言いたいの?


 ギンディユーズの英雄譚は、この国の者なら知らない者はいない。子供達はもちろん、大人だって憧れる存在なのだから。意味も分からず頷く私に、殿下が問いかける。


「じゃあ、その妃は?」


 そんなの決まってる。


「ユイリエ・ファティ・ルニマです」


 私の答えに、殿下は満足そうに微笑んだ。


「そう、建国の英雄なのに娶った妃はユイリエ、ただ一人。何故だと思う?」


 問いを重ねる殿下に、私はいぶかしむ視線を送る。


「何を、仰りたいのでしょうか……?」


 殿下は気を悪くする素振りも見せず、答えてくれた。


「ユイリエはね、精霊王の娘だったんだよ。これは伝承のたぐいじゃないよ。紛れもない事実なんだ。そのユイリエを娶る時に、精霊王と交わした契約がある。それは精霊の血を血統に残す事、そして妃はユイリエただ一人とする事。その対価が力の解放だよ。千年前、精霊は既に希少な存在だった。だから精霊王は血を残したがったんだ。そして精霊の血を継ぐ者、つまり番との接触を、解放の条件に設定した。そのおかげなのかな。この国は長い歴史を生き延びてこれたんだよ」


 確かに、魔法が衰退していったのは、魔力の供給源である精霊の減少が引き金だった。魔法は精霊の力を借りて行使する術。対等であったはずの両者は、いつしか支配する者とされる者になっていった。


 おごった魔法使い達が、精霊を隷属れいぞくさせていったのだ。契約というかせで精霊を縛り、力を搾り取っていく。そして、精霊達は逃げるように姿を消していった。


 辻褄は合う。でも、と私は反論を試みる。


「伝承などにも、多少の知識は身に付けていると自負しますが、精霊の血を受け継ぐ者など聞いた事もありません。それに、もし事実だとしたら、他にもいるはずです。たった一人というのは無理があります。私がその番だとは、限らないのではありませんか?」


 だけれど、殿下は笑っている。私との問答を楽しんでいるみたいに。


「うん、それについては僕も半信半疑だった。でも不思議な事に、番は一世代に一人しか現れないんだよ。もしかしたら、精霊王がまだどこかにいて、操作しているのかもね。調べるすべは無いけど、僕は君に会って覚醒した。これは確かな事だよ」


 その言葉に、私は二の句が繋げない。だって王家でさえ、始祖王と精霊王の契約に縛られているのだから。


「この秘密は宰相も知らない。でも君は……知っちゃったね?」


 私はハッとして身を引いた。でも、すぐにソファの背もたれに阻まれる。更に迫ってくる殿下から逃げようと身をよじるけれど、膝の上には殿下が乗っているし、身動きが取れない。


 私の反応が面白かったのか、殿下はくすりと笑い、ソファの背もたれに両手を着くと、私を閉じ込めた。


「ねぇ、リージュ。僕は本当に君が好きなんだ。これだけは信じてくれないかな。契約とか条件とか、そんなの関係ない。君に会ってから、他の女達なんて皆いないも同じ。この五年間、ずっと君だけを見てきた。君のいい所も、悪い所も、全部ひっくるめて大好きなんだ。婚約なんてまどろっこしい事せずに、今すぐ僕のものにしたい……愛してるんだ、リージュ……」


 徐々に近付いてくる殿下の瞳に射抜かれて、私は甘い痺れを感じていた。


 こんなに求められた事も、愛された事もない。急な申し出だったし、まだ納得できない部分もある。


 でも、この殿下となら……。


 私は返事の代わりに、そっと瞳を閉じた。

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