第10話 ︎︎鼓動
私を見つめたまま、殿下が手を振るとメイド達が一礼して静かに部屋を出ていく。最後尾はネフィだ。私は
しんとなる室内には、私と殿下だけ。しかも密着していて、どこに視線を向ければいいのか分からない。
「ふふ、リージュってばドキドキしてる。ちゃんと伝わってるよ。ほら、リージュも感じて?」
図星を突かれて動けずにいる私の手を、殿下がそっと取った。そのまま自分の左胸に誘導すると、服越しにドクドクと早い鼓動が伝わってくる。
「僕が君に惹かれた理由だったね」
胸に当てられた手の甲を撫でながら、殿下はぽつりと呟いた。
「僕はね、
殿下の声は、決して大きくはない。それでも
「だから君の過去を知ってる。どれだけ勉強したのか。男社会のこの国で、男に負けないよう、どれだけ頑張っていたか」
そうか、初めて会ったあの日。殿下は私の過去も知ったのか。
「ただ、負けず嫌いなだけです。過大評価ですわ」
私が自嘲気味に笑うと、殿下の眼差しが鋭くなる。
「何言ってるの。言ったよね、視えるって。今だって、先の事を絶えず考えてる。僕との婚約がなくなったら……絶対ありえないけど、もしそうなったらって」
睨みつけるようにして言葉を紡ぐ殿下は、本当に十三歳なのかと思うほどに大人びていた。私の本心も、正しく理解している。
「フェリット伯爵邸にある蔵書は、ほとんど君が集めた物だよね。これは伯爵にも確認を取ってる。フェリット伯爵家は
本当に、どれだけ調べたんだろう。いや、視えたのか。殿下の言うように、書籍は高価だ。羊皮紙や装丁、インクやペン。時間のかかる写本。そのひとつひとつが高価なのだから、結果として書籍になるとその額は膨れ上がる。そして、それを納める場所も必要。
そんな書籍を、私は幼い頃から集めていた。領地経営に役立てたい。男性に負けたくないと。
そして、十六を過ぎてからは教会学校にも通っている。子供達に教える事は、自分の復習にもなるし、民の職に就く幅を与えられる。ひいてはこの国のためになると考えたから。
世界的に見ても、民衆の識字率は低い。この王都や、他国の首都のような大規模な街になると、商人が多く集まるため奉公人も字が読める。仕事に必要だからだ。でも、そもそもそんな
農村では、商人に逆らえないのが現状。字も書けないし、計算もできないから商人の言い値で買い叩かれるのだ。
そんな人達を少しでも減らしたい。その思いで、私は王都から少し離れた村まで足を運んでいる。こんな所も、貴族社会から浮いている要因かも。
俯く私の頬を、殿下はそっと包み込む。
「リージュ、君は素敵な人だよ。知識欲も、奉仕の精神も、今の貴族達は忘れてしまった。頭の中は金の事だけ。宰相がその筆頭だ。奴は
でも。
「殿下、買い被りすぎです。私なんて、貴族の末端に過ぎません。王妃なんて、務まる器ではないのです。それに、ただ勤勉なだけでそこまでご執心なされるのも、私には理解しがたくて……」
濁す私に、殿下はきょとんと首を傾げる。
私、何か変な事言ったかしら。
「だって、僕の力が覚醒したのって君に会ったからだし。さすがの君も知らなかったかな? ︎︎力の解放の条件」
そう言って、いたずらっぽく笑った。
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