第13話 ︎︎獅子身中の虫
陽が暮れた薄暗い離宮は、蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。城壁外へ出かけていたネフィが戻ると、リージュの部屋にいたのはヒメリアだけ。しかも、床に倒れた状態で発見された。
ネフィはすぐさま番兵を呼び、ヒメリアを起こして状況を聞いているという。
そこへ向かい、走るのは王太子アイフェルト。その表情は、静かな怒りに満ちていた。
離宮に着くと、番兵が先導し状況説明を始める。そちらに耳を傾けながらも、足を止める事はない。
番兵が言うには、リージュが拐われたらしい。ヒメリアと二人きりの時に、賊が押し入ったと。ヒメリアの供述によれば、賊は二人。瞬く間に制圧され、声を上げる間もなく眠らされた。ネフィが戻るまでヒメリアの意識はなく、リージュが拐われた事に気付いたのはつい先程。すぐにアイフェルトに報告し、今に至る。
真っ直ぐにリージュの部屋へ走るアイフェルトは、報告を聞くにつれ、脳が沸騰しそうな程の怒りを覚えていた。離宮ならば安全だと思い込んでいた、他ならぬ自分が許せない。
リージュには、今まで辛い思いをさせてきた。本来なら、最初の婚約者と結婚して、幸せな家庭を築いていたはずなのに。自分のわがままでそれを奪っていたのだ。そのせいでリージュは劣等感を抱いていた。誰にも必要とされない、行き遅れの伯爵令嬢だと。
だからこそ、絶対に幸せにすると誓ったのに。
やっと辿り着いた扉を勢いよく開く。部屋にいた者の視線が集中する中、アイフェルトは一同の顔をひとりひとり確認していった。
そして、ある人物で止まる。
「この女を捕らえろ」
そう言って指さしたのは、ヒメリアだった。
当の本人は驚愕に目を見開いている。
「な、何故にございますか!? ︎︎
喚くヒメリアをじっと見る紫の瞳には、情けは一切無い。ただ、静かに口を開く。
「お前は眠らされたのに、何故男達が窓から逃げたと知っている?」
問われたヒメリアは、一瞬口篭ったがすぐに答える。
「み、身動きは出来ませんでしたが、うっすらと意識はあったのです。その後に眠ってしまいました」
だが、アイフェルトの眼差しは変わらない。確信があるからだ。リージュとの絆とも言える力が。
「お前はリージュが王太子妃になる事に不満を持っていた。事前に調査した時に気づけなかったのは、僕の失態だな。やはり面談するべきだった。それを邪魔したのも宰相だったか……お前は、宰相から命令を受けているな。リージュを拐う手引きをしろと。そして実行した。違うか?」
十数名の敵意ある視線に晒され、何とか難を逃れようとヒメリアは声を絞り出す。事実を知るアイフェルトには滑稽でしかないが。
「例え殿下と言えど、証拠も無く断罪する事はできないはずです。証拠はあるのですか!?」
なんの捻りもない
「いくら能無しのお前でも、王族が特殊な力を持っている事は知っているな? 僕の力は
ヒメリアはひっと声を漏らすと、見る間に顔色が青くなっていく。目の前にいる幼い少年を、まるで化け物でも見るかのように後ずさった。だが、そこには既に番兵が立ち塞がっている。腕を捕まれたヒメリアは、最後の足掻きを見せた。
「あんな……あんな格下の女に仕えるなんて、どれだけ惨めだったか貴方に分かりますか……? ︎︎家格で言えば
そんなヒメリアを、アイフェルトは冷めた目で見やる。
「ああ、知っているよ。王太子もすげ代える気だったみたいだな。僕の代わりは宰相の甥、ピエっト。王家の血など一滴も流れていない男だ。そんな奴が王になれると、本気で思ったのか? ︎︎宰相は、初めから貴様を王太子妃にするつもりなど無い。宰相の狙いは玉座の
確たる自信を持って言い放つアイフェルトに、ヒメリアは震える事しかできずにいる。そして、更に追い打ちをかけた。
「お前は確かマティウス侯爵家の者だったな。通達せよ。次女であるヒメリアの謀反の責により当主、カディスを廃し、実弟マーシュを侯爵に
絶望を張り付かせた顔で泣くヒメリアに、アイフェルトはずいと近付く。そして、そっと囁いた。
「陽の届かない牢獄で死んでいくがいい」
それはそれは、美しい笑顔で。
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