第9話 病人アリス
「アリス、やっと自由になれたね」
「中隊長殿、自分の為に色々と手を尽くしてくださったと聞いていたのでありますが、自分には返すものがひとつも持っていないので、残念であります」
「アリスが元気でいてくれたら、わたしはそれでいいさ」
中隊長は、アリスの為に海の見える小高い丘の上に広々とした庭付きの洋館を購入した。家の周りに大きな木々を植え、その洋館は、周囲の目から完全に囲まれた秘密基地でもあった。通いの料理人や掃除夫、庭師も雇い入れ、この当時最高の贅沢をアリスに喜んでもらいたかったのだ。
アリスは、中隊長の好意を喜んで受け入れた。そしてしばらくの間アリスも中隊長も幸せな日々を送ることができたのであった。
十年も過ぎた頃からだろうか、アリスに変化が現れたのは・・・。
「中隊長殿。アリスはこれから噴水の池のところへ行くつもりで有ります」
「なぜ?何の為に?」
「自分を待っているオッチャンたちの為であります」
「しかしそれは、既に過去の事で、また逮捕されるのは嫌だろう」
「あの刑務官を、絶対許せないのであります」
「アリス、それも随分前の事だろう。忘れた方がいいよ」
アリスは、時々過去を思い出し、何かを口ずさむと暫く黙り込んだ。
空を見上げ雲の流れをずっと追いかけ、海を見ては時々泣いていることもあり、中隊長は心配したのであった。
更に数年後。
「アリス、お茶でも飲む?それともコーヒーがいいかな?」
「・・・」
「アリス、今度天気が明けたら、海で釣りでもしようか」
「・・・・」
中隊長が何を聞いても、アリスは、微笑みを返すだけで、徐々に言葉を発しなくなったのである。
中隊長は、アリスの長年の不摂生に加え、刑務所での暮らしの痕跡が未だにアリスの心の中を支配しているのに違いと思ったが、医者に相談しても治療法が無いと言われ、只見守るだけしかできない自分に腹が立ってきたのであった。
そんな自分の情けなさとアリスに対する同情は、日が増すごとに強くなってきた。
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