第2話 昭和十九年・・・
アリスである有坂澄人は、陸軍飛行師団の整備隊として南国に配属されていた。
そして戦闘機の整備をする傍ら、暗黙の慰安兵として兵士らに重宝がられていたのだった。
「有坂上等兵―ッ」
「はっ!中隊長殿、何でありますか?」
「ま。そう固くなるな。同郷ではないか。歩きながら話そう」
「了解であります」
「本土では、実戦において大佐や中佐自らが、操縦かんを握り、戦死する事態になっているらしい。先ほど上級部隊から、空中指揮官を温存するために戦隊長の出撃を控えるようお達しがでたよ」
「では、中隊長殿、明日の出撃は、中止でありますか?」
「いや。我独立飛行隊は、今や僅か三機。したがって明日敵国の戦艦に撃墜できる兵は、わたしの他、数名しかおらん」
「しかし、それではお国の為にと自ら空の塵になるおつもりでありますか?」
「馬鹿もん。それが軍人の本分ではないか」
「しかし中隊長殿、戦況思わしくなく既に我が軍の大敗は目にみえて・・・」
「言うな。それ以上言うと貴様を処分せにゃならん」
「・・・」
「・・・なぁ、有坂よ。明日の出撃でわたしは二度とここへ帰ることはなかろう・・・・・。
・・・貴様に依存が無けりゃ、わたしと一緒に死んでくれないか」
「中隊長の操縦する戦闘機の後部室に乗れという意味でありますか?」
「ああ。わたしは三十四で、貴様はまだ二十二。わたしも貴様も配偶者はおらんし、女も知らずにあの世へ旅立つことになるが、わたしは、貴様を本当の女房だと思っている」
「自分も中隊長をことのほか好いておるであります」
「貴様のこの白魚のような手、貴様の薄くやわらかい唇、そしていたずらっ子のような眼差し・・・ああ~すべては、失いたくないわたしの一生の出会いなのだ・・・」
「今、自分は中隊長殿から抱きしめて頂きたい気持ちであります」
「アリス・・」
「そう呼ばれると、自分は嬉しいであります」
「アリス・・」
「中隊長殿・・」
二人は、森の中で見つけた滝の見える川の近くで、互いを激しく抱き合ったのであった。
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