エピソード1 第2話
こうして、ナナはWebデザインを学習することにした。
この秋から就労継続支援B型事業所に通っている。
まずは週3回、月・水・金に通うことになった。
ここでナナが担当することになった作業は、ある福祉情報サイトに事業所が出している、事業所の紹介ページを更新する作業、そしてSNSの公式アカウントの更新作業。
HTMLを書き換えること、そして写真やイラスト画像を加工して、ページに合うようにし、それらをアップする作業が中心だ。
HTMLも、画像加工のためのソフトPhotoshopの使い方も、事業所に入るころにはすでにけっこう独学していたから、このくらいの作業はなんなくできる。
事業所の職員たちは、ナナのスキル吸収力に驚いていた。
「荻野さん、すごいよ~。あっというまにできるようになったよね!」
でも、ナナにとってこのくらいは初級レベル。
プロのWebデザイナーとして仕事ができるレベルになるまで、まだまだ道は遠い。
事業所に通い始めて1カ月が経った。
時間の経つのは早い。
ナナはかんたんなWebサイト用画像やチラシの作成、SNSの更新を、順調にこなしていた。
職員からはいつも、
「すごいきれい!いい、いい。荻野さんの作るデザインはいいよ~」
と言われる。
でも、プロの実力にくらべれば、まだまだ無理・・・
いまの自分の実力じゃ、遠く及ばないよ・・・。
いずれ、どこかの会社にWebデザイナーとして就職できるだろうか。
そして、就職した後もずっとやっていけるだろうか・・・
家にいても、ナナは勉強の合間についついネットサーフィンをしてしまう。
「Webデザイナー 将来性」
などの検索ワードでググってみると、不安をあおられるような記事ばかりが目に入ってくる。
「Webデザイナー、Web制作会社は、やがていらなくなる」
「いま持っている技術は数年で古くなる」
「近いうちにAIがほとんどのコードを書けるようになるので、Webデザイナーはいらなくなる」
「Webサイトが作れるだけのスキルでは、Webデザイナーはやっていけなくなる。これからはマーケティングの知識が必須」
・・・不安になる話ばかりだ・・・。
ふーっ、とナナは一息、深呼吸をして上を向いた。天井を見つめた。
・・・この先、あたし生きていけんのかな・・・。
ベッドに倒れこむと、あーあ、と伸びをして寝っ転がった。
天井は真っ白。いまの自分みたい。
これがこれから、何色に染まっていくのかな・・・。
ナナは、自分が染まる色が何色になるのか、いろいろ想像した。
制作会社に勤めるのもいいけど、フリーランスとかも自分にあり得るのかな・・・
フリーランスWebデザイナー、いいな・・・
夢だな・・・
「ねえヒロさん、あたし、いまWebデザイナーの勉強してるんです」
バー「ミルトン」。ナナの行きつけの店だ。
眼鏡に無精ひげ面でライトグレーのシャツを着たヒロさんは、おもむろに顔を上げ、ナナを見て、
「ほお~。そっち系の仕事に転職するんか?」
と言った。
きょうのナナは、白のクルーネックセーターにデニム。いたってふつうの恰好だ。
でもこういうシンプルなコーデも好き。
「えとね、就労継続支援B型事業所っていう、障がい者のための職業訓練施設があって、そこに通ってるんですけど、そこでWebデザイン勉強できるんで。
あたしもうすぐ25になるし、始めるの遅いかもしれないけど、後で後悔するんだったら、やっぱりやってみようかな、って」
ヒロさんは上目でナナを見ながら、
「ん~? ええんじゃね。ナナには合ってそうな仕事やん? 知らんけど」
「そうよね、知らんよね・・・」
「いや、そうやのうて、はっきりしたことはわからんけど、ナナにはそういう、なんてえかな、美的センスがあるやろ?
だからクリエイティブな仕事は向いてる気がすんねんけどな。
ほら、いま来てる服だって、シンプルだけどかっこよく見えるで」
「ほんとに?そう思います?」
ナナはちょっとうれしくなった。
ヒロさんには、篠見にと同じく、会社を辞めて医者の診断を受けたときにすぐにその話を伝えた。
こういうことも、ヒロさんには篠見と同様、素直に話せる。
ヒロさんは、いつもナナの話をじっくり聴いてくれる。
そして、話すことをそのまま受け入れてくれる。
決して頭ごなしに批判したり、変に憐れむような態度をとったりはしない。
だから、そうできる。
「だってよ、いつもあの服とかアクセサリーの色とかかたちがいいとか、あの絵がきれいとか、あの建物はここがよくないとか、言うてるやん。
それはナナに美的センスがある言うことやで。オレにはないわ」
「・・・でもね、仮にセンスがあったとしてもですよ、きちっと勉強できたとしても、それで自分がWebデザイナーとして自立できるのか、ぜんぜんわかんないじゃないですか・・・。
それに、障がいかかえてろくに仕事とかできるのか、とか思うし・・・。
悩みどころばっかですよ」
ヒロさんはカクテルをかき混ぜると、ゆっくりナナに差し出して、
「ま、ゆっくりやりい。なんとでもなるやろ」
「そんな、かんたんに言わないでくださいよ。いちおう相談してるんだから」
「そか。ほなら、もう少しアドバイスらしいこと言おか。
ナナは考え過ぎずに、自分がこう、と思ったことを信じて、落ち着いてマイペースでやることやな。
他人にまどわされず、自分がこうと思ったことを信じるのも、マイペースや」
マイペースか・・・
どうなんだろう。
マイペースにしてたら、果たしてWebデザイナーになれるんだろうか・・・
ナナは、ヒロさんの言ったことの意味を、しばらくあてもなく考え続けた。
きょうもナナは、事業所でソフトの勉強を兼ねたチラシ制作の作業をして帰ってきた。
家に着いたら、そのままベッドの上に倒れこむ。
疲れた身体と頭をしばらく休めないと、動けない。
小一時間、そのまま寝ころんでいた。
やがて、おもむろに身体を起こすと、ナナは部屋着にしている薄いピンクのスウェット上下に着替えて、ノートパソコンのスイッチを入れた。
これから家で勉強だ。
無理しすぎないように、とは主治医の先生にも言われている。
それを守らなければ、また倒れてしまうだろうことも、よくわかっている。
でも、事業所だけでは明らかに勉強がたりない。
特に、情報収集のためにいろいろなWeb記事を見たり、プログラミングの勉強をしたりすることは、この自分のパソコンでないとできない。
事業所の休み時間にスマホを見ながら見つけた、興味あるWebページは、とりあえずNotionアプリにスクラップして、家に帰ってからパソコンで開いてじっくりと読み直すことにしている。
そしてなによりも、作業に疲れると寝転がったり、途中でオレンジジュースを飲んだり、お菓子を食べたりする。
これは事業所ではできない。家でなければできないことだ。
事業所はきれいでいいんだけど、そういう意味ではちょっと窮屈に感じることもある。
自分の部屋は自由でいい!
プログラミングの学習だ。
といっても、本当のプログラマのような、大したものをやっているわけではない。
ナナが勉強しているのは、JavaScriptと、並行してNode.js、React、それにWordPressで個人ブログをやっているので、そのメンテスキルをアップするという目的も兼ねてPHP。
まだHTMLやCSSをはじめて間もない身としては、ちょっと背伸びかもしれないけど、HTMLもCSSもなんとか理解できているし、かんたんなものはもうすでに組めるようになってきている。
もともとパソコンやインターネットは好きだし、ときどき軽いゲームもやったりする。
Webの技術にもいろいろ興味がある。
セキュリティ関連も。
といっても、ほんとに基礎的なことだけだけど。
DDoS攻撃とか、SQLインジェクションとか、よく使われるサイバー攻撃の手口についてはなんとなく理解できている。
セキュリティ関連の報道で、ウクライナ戦争に関連するある記事を、ナナは読んだ。
それによると、ウクライナや関係国に対して組織的なサイバーテロを行っている、ロシア側に立つあるグループでは、メンバーの大半が10代~20代の若い人であるという話だ。
すごいなあ。
わたしより若いかもしれない子たちが、サイバー攻撃やってるんだよなあ。
「アノニマス」という人たちのこともナナは知っている。
こちらは、環境に対して害悪となる政策を進める国の政府機関のサイトに攻撃をしかけたりする、 社会的主張をを持って行動する人たち。
「ハクティビスト」と呼ばれたりもする。
ある意味、ちょっと「いい者」的な存在?
それはよくわからない。
この組織は、その都度集まって攻撃を完了したら別れる、そんな一回きりのもの。
こんなかたちで、現実世界に対して実力行使をしている。
それもおもしろいかも。そんな気がした。
わたしがこんな集団に参加するとか、考えられるだろうか。
ナナは想像してみた。
どこのだれだかわからない、でも確実にインターネット上のインフラをマヒさせるほどの威力を持つ、仮想空間上にしか見えない存在・・・
007とかバットマンとかより、すごい存在かも・・・。
不謹慎かもしれない。でも、ちょっと憧れるような。
ナナは、勉強の合間にネットサーフィンしながら、そんなことをあてもなく考えていた。
次々とWebサイトを見ていく。個人ブログ、情報サイト、企業、官公庁・・・。
そうして、ある企業のサイトにきょうもたどり着いた。
日本ではその名を知らない人はないだろう、業界最大手の総合電機メーカーだ。
ナナはここのサイトも、常日頃から見ている。
というのも、自分がなりたいと思っているWebデザイナーを多く社内にかかえるクリエイティブ部署のある会社だから。
自分がここに勤められるとは思ってないが、彼らのやっている仕事にはすごく興味があった。
ふと、あるページに目が止まる。
え・・・これ・・・
すっとナナの血の気がひいた。
これ改ざんされた跡じゃん・・・
クラッキングってやつ・・・?
ナナはすぐさま、サイトのソースコードに目を通した。
このサイトは使われているコードの作りは少々古く、ナナでもわかるぐらいに脆弱性のあるコードがあちこちに見い出せた。
おそらく、その脆弱性をついて何者かが内部に侵入したのだろう。
よく見ると、その中になんだか見慣れないコードがある。
一見、ふつうにHTMLやJavaScriptで組み立てられているようだが、複雑でなんのためのコードなのか、自分にはよくわからない。
おそらく、さわらないほうがいい。
改ざんされた箇所はどれだけあるのか。
それだけは確かめたい。
もしかしたら、自分が不正アクセスの犯人だと誤解いされる危険はある。
でも、どうしても知りたい。
ナナは緊張した。
すーっと息を吸うと、改ざんされたページを見ていくためにマウスをクリックした。
改ざんされた箇所と、改ざん内容はわかった。
これ以上アクセスし続けるのは危ない。自分が犯人だと思われるかもしれないから。
ナナはアクセスを止めてサイトを離れた。
マウスを持つ指がふるえていた。
それはしばらく治まらなかった。
「サイト改ざんか・・・」
ヒロさんは、そう言って腕組みをした。
「でもよ、もしそれがほんとうに改ざんだとしても、その会社ですぐ直せるんとちゃうか?」
「でも、きょうも見たんだけど、まだぜんぜん直ってないんですよ。
なんかわざと手を付けてないみたい」
「そういう改ざんとか、セキュリティについては、ナナはどこまでくわしくわかるもんなんかな?」
ナナはちょっとことばが出なかった。しばらくして、
「・・・んー、ページが書き換えられた個所と、どういうふうに書き換えられたかはわかりました。それと、どういう手口でアクセスしたかも推測はできます。
そこまでかな・・・
もっとくわしいことは、セキュリティエンジニアさんとか専門家ならわかるかもしれないですけど、あたしにはこれ以上は・・・」
「そっち系の専門家なら、おるで」
「え?」
ナナは驚いて目を見開いた。
ヒロさんはグラスをみがきながら、
「いや、ここの常連さんにおんねんて。ハッカーっていうやつ?
そいつに聞けばたぶんわかる。ITに関することなら、なんでも知っとるようなやつやからな。
うちのお客さんでIT業界の人がおんねんけど、そいつを知っててよ、なんかネット界では世界的に知られてるハッカーやいう話や。
知ってるって言っても、もちろん直接出会ったことはないし、知ってるのも本名でのうてコードネームでやけどな。
そのハッカーくん、ぱっと見はとてもそう見いへん、大人しそうなやつやけどな。でもいいやつやで」
「へえ」
とナナは思わず声が出た。この店にそんなお客さんがいるのか。
「いっぺん彼に会うてみいや。たぶんナナも勉強になるんやないかな。
そ、来るときはいつもいまごろが来る時間やで」
「・・・あたしなんかを相手にしてくれるんですかね?」
「だいじょうぶ。それは心配ない。いいやつや、って言うたやろ?」
店のドアが開いた。人影が入ってくる。細長い人影だ。
ドアの外が明るいので、逆光になって顔と姿は見えない。
でも、ひょろりと細い。ルパン三世みたいな感じ。
背は170cmくらいか。男性として平均的な高さだ。
その影が近づいてくる。姿が見えてきた。
細長い身体だ。顔も細面で色白。髪は短めにまとめている。こざっぱりとした雰囲気。
白いシャツの上に紺のカジュアルジャケットを着て、茶色いフレームの眼鏡をかけている。
容貌もイケメンなほう、と言ってもいいだろうか。悪くはない。
しかし無表情。一見、不愛想な感じだ。
「おう彩人」
緊張した空気を破るように、ヒロさんがいつもの飄々とした調子で言う。
「ちょうどいいタイミングや。おまえに会いたいいうお客さんが来とるぞ」
男は怪訝な顔をして言った。
「オレに?」
「ここにいるお嬢さんや」
「・・・ちょ、ヒロさん、お嬢さんとか、恥ずかしいからやめてくださいよ」
あわててそう言ってから、ナナはその男にちょこんとお辞儀をした。
ナナはきょうもベージュのクルーネックにデニム、ナイキのスニーカー。
初めての人に会うんなら、もう少しおしゃれな恰好をしてくるべきだったな、と思った。
「はじめまして。荻野七と言います」
男は、表情を変えずに少しの間ナナを見ると、
「オレに会いたいとか、物好きな人だな」
とだけ言った。
「オレは鏑木彩人」
「・・・さいと?」
「そう、彩人。いろどるに人と書いて、彩人」
ああ、とナナは思い当たったようにうなずくと、
「・・・ウェブサイト、ですね」
と言って、ナナはちょっと笑いかけ、気がづいてあわてた。
「・・・す、すみません!」
彩人はなに食わぬ顔で、
「あー、まあ確かにそう言われてみればそうだな。言われたの初めてだけど」
と、寸分も笑わずに答えた。
しかし、気を悪くした感じはなさそうだった。ナナの推測では、たぶん。
ナナは少ししおらしくなって、もじもじと両手を前で握りながらうつむき加減で言った。
「・・・ちょっと相談したいことがありまして・・・」
「そう。まず座ろうか」
彩人はそう促して、店の奥のテーブル席にナナを導いた。
ナナは座ると、かしこまったように両手を両ひざにおいて、おもむろに言った。
「・・・ヒロさんから聞いたんですけど、なんか世界的なハッカーさんだとか」
「ネットとかコンピューターについてある程度知識があるか、ってことなら、そのとおり。
職業はなにか、と問われれば、いちおうWebプログラマー、ってことになるのかな。
ま、なんでも屋みたいなもんだ。
たいした実力だとは思ってないけど、海外のハッカーから相談をもらったり、共同でセキュリティに関係する仕事をすることはよくある。
以前は企業で働いていたけど、いまはフリーランスなんで、好きな仕事だけを受けて、余った時間に趣味のプログラミングをしたり、アプリを作ったりしてる。
ふつうに生活できるぐらいの金は稼げてるから、まあこれでいいか、って感じかな」
「へえ・・・」
ナナは顔を上げた。あらためて彩人をまじまじと見つめる。
彩人は、あいかわらずいたって冷静な表情だ。
「・・・あの・・・」
「ん?」
「あたし、Webデザイナーになりたくて勉強してます。もともとは別の仕事してたんですけど、病気で辞めて・・・
で、ふだんからいつもネット見るのとか大好きで、Web以外にもセキュリティ関連とかもちょっとかじったりしてて・・・
それで・・・ きのう、なんというか、あるサイトで改ざんらしい形跡を見つけてしまって・・・」
彩人の瞳が光った。彼ははナナをじっと見た。話の続きをうながすようだった。
「それが、E社のサイトなんです。大手電機メーカーの。デザインの勉強に、なにげに見てたら見つけてしまって・・・」
「それは、なんか侵入された形跡があった、ということ?」
ナナはうなずいた。
彩人はあごに手をやって、ナナの話の続きを聴いた。
「いまきみのほうでわかってることを教えてくれるかな。おおごとになる可能性があるのか、それを知りたい」
「・・・はい。
改ざん個所は全部で24ページあります。ページの多くは会社情報のページです。
どれもSQLインジェクションでPHPの脆弱性を突いたものです。おそらくWebサーバに不正アクセスしたものと思われます。
中にユーザデータが入っていたなら、個人情報にもアクセスされた可能性が高いかと。
それと、改ざんされたページに、みんな変なコードが埋め込まれてるんです。
HTMLとJavaScriptだけでできてるみたいなんですけど、むずかしくてあたしにはどういう動作をさせるためのコードなのか、わかりませんでした」
彩人は静かに聴いていたが、うなずいて言った。
「そうか、オーケー。
きみはわりといろいろ知ってるんだな。
その話のとおりなら、改ざんなのはまちがいないだろう。まあ、ここの顧客データはほしいやつがいっぱいいるだろうから、不正アクセスがあっても不思議じゃない。
ただ問題は、だれがなんのためにアクセスしたか、だ。
ユーザーの個人情報を狙っただけならよくあることだが、狙われた対象がまあなにかと話題になることの多い会社だ。
ふつうの人が使う家電も作れば、自衛隊が使う兵器も作ってる。反戦論者から批判の標的にされることもよくある。
だからこれがハクティビストによるものだという可能性もある。
もしそうだとすると、ちょっと面倒かもしれない。
それから、いまきみの言ってた変なコード。これがなにかも気になる・・・」
「そうなんです。あたしもこれがなんの目的でだれがやったのか、知りたいんです。調べたいんです。
・・・もちろん、あたしには直接関係のないことですし、ヘタに首を突っ込むこと自体、危険だっていうことはわかってます。
でも、あたしがこれを見つけた以上、だまってられないというか・・・
あたしのわがままと言われれば、そのとおりなんですけど・・・。
それで、たいへん勝手なお願いなんですが、あたしがこれを調べるのに、彩人さんの力をお借りすることはできないしょうか・・・」
彩人は少しの間、考えるそぶりをした。
ナナは少し緊張した面持ちで返事を待った。
やがて彩人はこう言った。
「そういうことか・・・。
確かにきみのいうとおり、基本、きみにもオレにも関係ないことではあるし、介入することにもけっこうリスクが伴う。
だけど、オレも気になる。ただの不正サクセスではなさそうだからね。
もしこのサイトにアクセスしたとしても、オレはメーカーが跡を追うことができないように細工をするくらいのことはできる。だから、できないことではない・・・。
わかった。調べよう。
それで、きみが技術的にどこまでのことを知ってるか、どこまでのことができるか知りたいから、ちょっと話したい・・・」
ナナはだまっていた。なにか言いたそうだ。
「ん?」
彩人がナナを見つめて促した。ナナは意を決して言った。
「・・・あの、わたし、精神に障がいがあるんです。
発達障害とか、ADHDってご存じですか? わたしそれなんです。
だから、調子いいときは絶好調なんですけど、あわてて物忘れしたり、ミスったり、ときにテンション上がりすぎて暴走したり、急に調子悪くなって何日も倒れたりすることもあるんです。
だから、彩人さんにいろいろ迷惑かけてしまうかもしれない・・・
自分からこんなことを相談しといてどうなんだ、って話ですけど・・・」
彩人は、しばらくナナを見つめて考えていた様子だったが、すーっと深呼吸して、そして言った。
「ああ、発達障害というのはいろいろWeb上で目にはしてる。最近あちこちのメディアでもよく報道されてるよね?
オレもそんなにくわしいことは知らないけど、そういう記事や本を読んだりはしてるから、どんな症状なのかとか、ある程度の知識は持ってるつもり。
だから、だいじょうぶ。調子悪いときはオレがサポートする」
ナナは目を見開いた。
ふつうの人でも、発達障害とかADHDとか、知ってるっていう人、いるんだ。
彩人はあいかわらず表情をほとんど変えないまま、続けた。
「とにかく、きみはこの改ざんをここまで自力で見つけられたんだろ?
つまりきみはそれだけの能力を持ってる、ってことだ。
その能力を、できる範囲で使ってもらえればじゅうぶんだ。
調子のいいときだけ動いてくれれば、あとはオレがフォローする」
ナナは、思いがけない返事を聞いて、ちょっとの間放心していた。
やがて気がついて、
「・・・ほんとですか! ありがとうございます!」
と深く頭を下げた。
しかし、正直、まだ半信半疑な気分だった。
この人、ほんとに信用していいのかな・・・
「ま、気楽にやろう。プレッシャーやストレスがそういう障害にはいちばんよくないって聞くし。
それと、症状とかでオレが知っといたほうがいいことがあったら、遠慮なく言って。オレも知らないことがいろいろあると思うし。できる限りそこは配慮する。
あ、オレ自身、そういう障がいに興味あるし、知りたいとも思ってるんで、きみに教えてほしい。
オレに迷惑かかるかな、とか考えなくていいから」
彩人は意外にいろんなことを知ってるし、関心も持っているようだ。精神障害や発達障害についても。
しかも、そういう病気や障がいに対して偏見も持ってなさそうだ。
自分がなんとなく持っていた、「頭はいいけどちょっと頑ななところがある」というプログラマーのイメージと、彼はだいぶちがうタイプの人間だという気がした。
この人なら、信用していいのかな。
ナナは考えた。
彩人の表情はあいかわらず読めないが、でも悪い人ではなさそうだ、そう思った。
ナナは決心して応えた。
「・・・はい。ぜひお願いします!」
「うん、よろしく」
こうして、ナナと彩人のハッカーコンビがスタートした。
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