元同僚から思わぬ猛攻を受けました②
ボクは急いで朝食を食べ終えると、早足にヴァリターの待つ応接室へと向かった。
しかし、到着した応接室はやたらと静かで……
(あれ? おかしいな……兄さんたちが対応してくれているはずなのに)
ボクは少し
「お待たせ! ヴァリ……ター!?」
声をかけながら入った室内の異様な雰囲気に、ボクは思わず言い淀んでしまった。
決して日当たりの悪い部屋ではないはずの……いや、むしろ一番良いはずの室内には、重苦しいどんよりとした空気が漂っている。
ボクがその場の空気に驚いていると、ソファーに腰掛けていた三人が一斉に立ち上がった。
「ガッロル! こんな奴の話なんか聞かなくてもいいぞ!」
ヨヴァンが怒りの表情も露わにボクの元へと走り寄って来たかと思うと、背中を押して出口へ誘おうとした。
「ヨヴァン兄さん!? ちょっと待って! 一体どうしたんだよ?」
「お待ちください!! いくら何でも、横暴が過ぎるのではないですか!?」
いつも控えめで物静かなヴァリターが、珍しく声を荒げている。
「レッツェル殿、お話は我々が伺いましたので、今日のところはお引き取りを」
厳格で公正な判断のできる、あのグレンダール兄さんまでもが、ヴァリターに帰宅を促している。
今の状況が飲み込めない。……一体、何があったんだ!?
「いや、ちょっと待ってよ!? ヴァリターはボクを訪ねて来てくれたのに、何でボクが話しちゃいけないんだよ!?」
ボクはその場に踏み留まると、ボクをヴァリターから遠ざけようとする理由をヨヴァンに尋ねた。
「いっ、いいんだよっ! 聞かなくても!……っていうか聞いちゃダメだ!」
(き、聞いちゃダメ!?)
ボクの問いに、ヨヴァンは焦りながら不可解な言い方で答えた。
ヨヴァンの答えからは何の情報も得られず、ますます謎が深まってしまっただけだった。
(聞いてはいけないって、ナニソレ? もしかして、その話を聞いたら一週間以内に5人に話さないと不幸になるって言う『オカルト系』の話!?)
自分でも的外れなことを思っている自覚はあるけど、パニクった頭で考え付くのは所詮その程度だ。
「シューハウザー様!……いえ、ガッロル様!」
室内に突然、ボクを呼ぶ真っ直ぐなヴァリターの声が響き渡った。
ドキッ!!……っと心臓が跳ねた……
ボクのことは、ずっと名字でしか呼ばなかったヴァリターが、ボクを名前で……いや、ヴァリターにとったら、ここにいる全員シューハウザーだから、呼び分けるためにそう呼んだんだろうけど……だけど……
不意に名前呼びされて、なぜだか分からないけど……ドキッとしてしまった。
ボクが謎の動悸に戸惑っていると、ヴァリターがボクの前に回り込んで扉の前に立ち塞がった。
かと思うと、見上げる位置にあったヴァリターの顔がスーッと下へ沈み、少し見下ろすぐらいの位置で止まる。
ヴァリターは、片膝をついて胸に手を当てた『騎士の誓い』っぽいスタイルを取ると、ジッとボクのことを見つめ始めた。
(な、何を……っハッ! こ、これは……霊界で見たことが!)
この状況が理解出来なくてちょっと固まってしまったが、この光景は最近、霊界で見たばかりだ。
(!? も、もしかして神気が漏れてる!?)
ボクは、急いでレファスに付けてもらったブレスレットを確認した。でも……
(……何ともない、よかった)
……ブレスレットには傷一つなく、体からは神気の一筋も漏れ出してはいなかった。
(じゃあ、ヴァリターのこれって……どういうこと?)
考えついた可能性が間違いだったことで、ヴァリターの奇行の原因が分からなくなってしまった。
改めてヴァリターと向き合うと、相変わらずボクの目をジッと見つめ続けていたヴァリターが、ついに言葉を発した。
「ガッロル様、あなたのことをお慕いしておりました。あなたのいない人生は考えられない! どうか俺と一緒になってください!」
(どどどっ! どういうことぉぉぉ!?)
ヴァリターの爆弾発言で静まり返ってしまった応接室に、アンティークの振り子時計が振れる音がやけに大きく響いている。
まるで時が止まってしまったかのように、皆んなが黙り込んでしまった中、その静寂をぶち破るように、ヨヴァンが大声を上げた。
「お、お、おま、お前なぁ! ふざけるのも大概にしろ!!」
ヨヴァンはヴァリターに向かって大股で詰め寄ると、跪いたままのヴァリターの胸ぐらを掴み上げた。
「何が『お慕いしておりました』だ!! ガッロルは昨日帰って来たばかりなんだぞ!? 昨日、今日でこんなこと言うヤツ、信用できるわけないだろう!?」
そう叫ぶと、ヨヴァンはヴァリターの首をギリギリと締め上げ始めた。
ヴァリターは苦しそうな表情を見せながらも、ヨヴァンの腕を掴んでそれに抵抗している。
突然、始まったヨヴァンの暴挙に、ボクの停止状態だった頭が動き出した。
(う……うわぁあぁぁ!! ダメだ! 早く二人を引き剥がさなくっちゃ!)
「ヨ、ヨヴァン兄さん! 何やってんだよ!」
ボクは急いで間に割って入ると、ヨヴァンの腕をヴァリターから引き剥がした。
しかしヨヴァンは、なおもヴァリターに掴みかかろうと、ボクの肩越しに手を伸ばしている。
(うわわっ、一度距離を置かないとダメだ!)
ボクはヨヴァンに取り付くと、グイグイと力任せに部屋の隅まで追い込んで、抱え付いた姿勢をキープしたままヨヴァンに訴えた。
「ヨヴァン兄さん! 暴力はいけないよ!」
すると、さっきまでの勢いが嘘のように急に大人しくなったヨヴァンが、ボクのことを無言のままジッと見つめてきた。
(もしかして……お、怒っちゃったかのな?)
三兄弟の中で一番力が強かったヨヴァンを、見た目は華奢なボクが制圧したものだから、兄としてのヨヴァンのプライドを傷つけてしまったのかもしれない。
ヨヴァンに抱え付いた姿勢のまま、ヒヤヒヤとしていたら……
「えっ!?」
なぜだか、逆にヨヴァンに抱え付かれてしまった。
何故、そんなことをされているのか理解できず、ボクがヨヴァンの顔を仰ぎ見ると、ヨヴァンは勝ち誇ったかのような顔でヴァリターを見つめていた。
「ふふん、分かったか? こういうことだからさっさと帰るんだな!」
ヨヴァンが鼻で笑いながら、ヴァリターに向かって訳の分からないことを言い出した。
いや、なに言ってんの? こういうことってどういうこと?
「ガッロル様は、騒動を収めるために組み付いただけのように見えましたが?」
ヴァリターが、乱れた襟元を整えながらヨヴァンに意見した。
まったくヴァリターの言う通りなので、ボクはヨヴァンの腕の中で『うん、うん』と頷いた。
途端にボクは、ヨヴァンに頭を抱え込まれてしまい、その動きを止められてしまった。
ヨヴァンのその強引な動作にちょっと驚いてしまったボクの耳元で、ヨヴァンがそっと囁いた。
『いいから話を合わせるんだ、ガッロル。そうすれば丸く収まるから……』
十分な説明もないままに、ヨヴァンはそう言った。
けれどボクには、何がどう丸く収まるのかまったく分からない。
それに、こういうのは何だかヴァリターを騙すみたいで……やっぱり気が進まない。
「ヨヴァン兄さんがボクのことを思ってくれてのことなんだろうけど、やっぱりこういうの良くないよ」
そう言って、ボクはヨヴァンの腕の中から抜け出した。
その際、ヨヴァンに抵抗されたような気がしたけど……気のせいかな?
「ヨヴァン兄さんが失礼なことしてゴメン、怪我はないか?」
ボクはヴァリターに近づくと、締め上げられた首元を確かめようと手を伸ばした。
しかし、首元にボクの手が届く前にヴァリターにサッと手を取られ、さらにその手を両手で握り締められてしまった。
「えっ、ヴァリター!?」
「ガッロル様、俺の思いは昨日、今日のものではない。……貴方を失って、初めてその思いに気がついたんだ。俺はもう貴方を二度と失いたくない……後悔したくないんだ。……返事を直ぐにとは言わない。だから、俺のことを真剣に考えて欲しい」
ヴァリターは、そこまで一息に告げると真っ直ぐにボクの目を見つめてきた。
(き、昨日、今日じゃない?……ど……ゆこと?……頭がパンクしそうだ)
いきなりそんなことを言われたからか……何だか頭が痺れて、上手く物事が考えられない……
(っ、きゃあぁぁぁ〜!! ガーラ! あなた、やるわね! わたしが眠ってる間にこんなにカッコいい人捕まえてたの!?)
突然、脳内に響き渡るアルの歓喜する声。
その場違いな黄色い悲鳴でフリーズしていた思考が再起動し、ボクはハッと意識を取り戻した。
朝食後、満腹になったことでうたた寝していたアルが、ここに来て目を覚ましてしまったようだ。
ボクとしても『カーテシーしなくて済む!』と、あえて起こさなかったのだが……
(この人って、ガーラを訪ねてきた人でしょ!? やだっ、私ったら肝心なところを見逃しちゃてる? 一体この人と何があったの? 詳しく聞かせてもらうわよ!)
その宣言を皮切りに、アルがこれまでの経緯やヴァリターとの関係など、興奮気味に問い詰めてきた。
ボクが『今、それどころじゃないから……』と言っているにもかかわらず、アルの追求の手が止まらない。
「またお前っ、ガッロルから手を離せ!」
「ヨヴァン! いい加減にしないか! 止めるんだ!」
「兄貴っ、離してくれ! あいつを引き剥がさないとっ」
(きゃ〜! もしかして、ガーラを巡って二人の男の熱い戦いが始まるの!?)
おかげで、脳内も応接室も大騒ぎで……完全にキャパオーバーで頭が回らないよ……
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