元同僚から思わぬ猛攻を受けました③

 ボクがぼんやりとしている間に、ヴァリターに飛びかかろうとするヨヴァンを、グレンダールが取り押さえていた。


 その際、激しく暴れるヨヴァンの足がローテーブルに当たり、卓上のカップがガチャンと音を立てた。


 アルの戯言はさておいて、このままでは室内の何かが壊れてしまいそうだ。まずは、ヨヴァンの興奮の原因を取り除かなくては……


 そう思って、ボクはヴァリターに握られたままの手を引き抜いた……いや、抜こうとしたのだが、逆にグッと握り込まれてしまい、その手を引き抜くことはできなかった。


「えっと、手を……」

「考えて貰えないか?」


 (考える?って、えっと……あっ……あ、ああぁぁっ!!)


 そ、そうだった、ボクはヴァリターに、プ、プププ、プロポーズされたのか!? 何でそうなるんだよ!? ぼ、ボクは男だよ!?


「ヴヴ、ヴァリター!? は、早まるな! ボクは男だ!……た、確かに今は違うけど……でも、わ、分かるだろ?」


 (ボクたちは共に職務に取り組んで来た良き上司と部下でしょ!? 辛い野営も一緒に乗り越えて来た男同士の仲じゃなかったっけ!?)


 そんな思いで訴えたのだが、ヴァリターは怯まなかった。


「俺が慕っているのは他の誰でもない貴方だ。貴方を想う気持ちの前では男女の差など些末さまつなものだ」

「ええぇぇっ!!」


 そう言うと、ボクの手を握る力がますます強くなった。

 返事をしてもらうまでは離さない、と態度が示している。


 ボクの、有耶無耶うやむやにして逃げる癖を知り尽くしたヴァリターならではの行動だ。


 再び、ボクの目を真っ直ぐ見つめてくるヴァリター。


 なぜか、その視線から目を逸らすことができない……次第に頭がぼんやりとしてきて……


 (イヤァァァ〜ン!! BL? BLなの!? 性の垣根を超えた禁断の愛なの!?)

 (ハッ!?)


 再び靄がかかりそうだったボクの思考は、アルの歓喜の声によってクリアになった。


 い、今のは一体……?


 にしても、今まで聞いたこともないほどに、弾けたはしゃぎ声を上げているアル……そ、そんなに楽しい!?


 (な、何だよっ他人事みたいに! アルにだって関係してくる話だろ?)

 (うふふ、大丈夫よ、その時は眠ってるわ。二人の邪魔はしないから安心して!)


 一見、気遣っているみたいなセリフだけど、それって、アルは逃げるってことだよね!?


 (ズ、ズルい! それに、その時って何の時だよっ! 何が安心なんだよっ!)


 とはいえ、いつまでもアルとそんな馬鹿げた言い合い(現実逃避)を続けているわけにもいかない……どうしよう……


「……っ、ぼ、ボクは……」

「返事は急がない。ただ、真剣に俺のことを考えて欲しい。それだけは譲れない」


 どう言い逃れしようか悩んでいたら再度、真剣に考えて欲しいと念を押されてしまった。


 どうやら、ヴァリターは逃してはくれないようだ。とても有耶無耶うやむやにはできそうにない。


 今のこの状況から抜け出すには『ヴァリターのことを真剣に考える』と約束しないといけないようだ。


「……わ……分かった……ちょっと……考えてみるよ……」


 この言葉を発するのに、かなりの力を要してしまった。


 な……何でこんなことに……



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 あれからヨヴァンが大騒ぎし始めてしまったため、ボクは仕方なくヴァリターを連れて家を出た。


 ボクが騎士団に顔を出そうと思っていることを告げると、ヴァリターもなぜだか共に騎士団へ向かうことになってしまった。


 並み足で進む馬の蹄の音を聞きながら、ボクは車窓を流れていく街並みを見る。


 そこには、いつもと変わり映えしない街並みがあるだけだ……


 ボクがその見慣れた街並みをガン見し続けている理由。

 それは、対面に座るヴァリターだ。


 (き、気まずい……)


 狭い車内で二人っきりなうえ、さっきからジッと見つめられ続けていて……正直落ち着かない。


 (ヴァリターは、もっと控えめな感じだと思ってたんだけど……)


 そんな風に感じながらも、『ヴァリターのことを真剣に考える』と約束した以上、ヴァリターを避けることはできない。


 というわけで、ボクは以前のヴァリターのことを思い出しながら真剣に考えてみた。


 (存在感の消し方や、地味〜な生き方、端々に感じられるボクとよく似た考え方なんかに、親近感を感じてたな。騎士団でも、ボクの一歩後ろに控えて無難に立ち回る、いかにも補佐って感じで……すごく安心感があったっけ……)


 考えているうちにちょっぴりヴァリターのことが気になって、チラリと様子を窺うと、しっかりと目が合ってしまった。


 ドキッと謎の動悸に見舞われて、慌てて俯いて目線を外すとヴァリターが静かに笑った。


「ガッロル様、そんなに意識しないで今までのように接して欲しい」

「そ……そう言われても……」


 ヴァリターはそう言うけど、さっきの『突然の告白』は衝撃すぎて……意識するなって方がムリだよ。


「貴方の気持ちも分かる。しかし今回の件は急がないといけない理由があったんだ」

「理由?」


 ボクは『理由』と聞いて、バッと顔を上げると真っ直ぐにヴァリターを見つめた。


 (やっぱり何か理由があったんだ……はっ! きっと、本気じゃなかったんだ……な、なんだぁ、おかしいと思ったんだよ。ヴァリターがボクに、プ、プロポーズだなんて……)


 胸にチリッとした何かを感じながらも、次に語られるヴァリターの言葉に今回の求婚の真相が隠されている気がして、ボクは耳をそばだてた。


「王宮からの使者がシューハウザー家を訪れる前に、俺が先に求婚しておきたかった」

「ぶっっ!!」


 ヴァリターのその言葉に、思わず変な息を漏らしてしまった。せてしまったせいか、ちょっと顔が熱い。


 し、しておきたかったって……それに、なぜ王宮が? 


「王宮の使者と求こ……そ、それと、どういう関係があるんだよ」

「昨夜、国王と上の役人が、ガッロル様をこの地に縛り付けるための会議を開いた」

「えぇっ!?」


 あまりにも不穏なその内容に、ボクは走行中の馬車であるにもかかわらず思わず座席から立ち上がってしまった。


 すると……馬車はお約束のようにガタンと大きく揺れた。


「うわっ」

「危ない!」


 ボクは、その揺れで体制を崩してしまったのだが、何かに包み込まれて痛みには見舞われなかった。


 (あれ……一体、何がどうなったんだっけ? 確か、ボクは頭を打ちつけそうになって……)


 ボクは、今の一瞬の出来事を、脳内再生しながら現状把握に努めた。


 (……そうしたら、ヴァリターがボクの手を引いて……で、今、ボクは……ヴァリターの……腕の中……で)

 (キャァァーッ! イベント発生よ! ガーラ、頑張って彼との親密度を上げるのよ〜!!)

 (ここ、これは乙女ゲームじゃないから! ボクで遊ばないでよっ!)


 心の中でアルとおバカな掛け合いをしながらも、ヴァリターにお礼を言って座席に戻った。


 さっきから顔が熱いのは、きっとアルと言い合っていたせいだろう……


「少し言い方が悪かった。国王は貴方に結婚を申し込むつもりのようだ」

「……ん? でも王宮には王妃様が既にいらっしゃるじゃないか!」


 ヴァリターのその説明にボクは疑問を感じて、すぐに言い返した。


 この国は一夫一婦制だ。国王様には、既に立派な王妃様がいらっしゃるのに……どういうこと?


「現王妃は側妃にされるらしい」

「そんなっ!? 王女様が生まれたばかりなのに!?……何にしても、ボクがそんな申し込み受ける訳ないだろ!?」

「確かに、貴方を従わせることなど誰にもできない。だが、シューハウザー家を人質に取られたとしたら?」


 ヴァリターが、そんな恐ろしいことを言った。


 (ひ、人質!? そ、それは、父さんや兄たちを首にするとか、実家を取り潰す(爵位剥奪)とか!?)


 そこまで考えが及ぶと、頭に上っていた血が一気に引いてしまった。

 そんなボクに、さらに追い討ちとばかりにヴァリターが言った。


「貴方のことだ。このままでは、一ヶ月もしないうちに王妃にされてしまうだろう」

「ヒィィッ!?」

 (そうよね〜、ガーラは単純だから、こういう搦め手には弱いかもね〜)


 思わず悲鳴をあげてしまったボクの後ろから、アルの呑気な声が聞こえてくる……いや、そんな他人事みたいに言わないでよ!?


 とはいえ、このままでは本当に一ヶ月後に……嫌だぁ!!


「貴方も知っていると思うが、この国のしきたりでは、求婚を受けた女性には他の者が求婚することができない」

「そ、そんな制度があるの!?」


 ヴァリターが、ルアト王国の慣習であろう求婚に関する話を持ち出してきた。


 その話を聞く限り、ヴァリターから求婚されている今のボクは『他の誰からの求婚も受け付けない状態』ということだ。


 しかし、こんな慣習があったなんて……ボクは、今まで(の転生人生)通り結婚するつもりなんてなかったから、知らなかったよ……でも、これで希望の光が見えた!


「あっ、そうか! だからヴァリターは王家がボクに手が出せないように『求婚のフリ』をしてくれたんだね?」


 (そ、そうか、な〜んだ、やっぱり本気じゃなかったんだ〜、あは、は……)


 拍子抜けしてしまったような、自分でもよく分からない気持ちになりながら、脱力気味に座席の背もたれに寄りかかったボクに、ヴァリターの一言が刺さる……


「求婚は本気だ。なんならもう一度申し込んでもいい」


 うぐっ、……そ、そうなんだね……

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