元同僚から思わぬ猛攻を受けました①

「お父様、お母様、お兄様たち、初めまして。私、アルよ。これからよろしくね」


 透き通るような朝の日差しが眩しいシューハウザー家のダイニングで、家族みんなに見守られながらアルが元気に挨拶を交わす。


 アルは続けて流れるような動作でスカートを軽く摘むと、チョコンと可愛らしいカーテシーを披露した。


 (のおぉっ! アルっ、そんなに女子力出さないでっ!? これ、ボクも一緒にやってるってこと忘れてない!?)


 その、指先一本にまで気を配った優美な所作に付き合わされて、ボクは強制的にカーテシーを覚えさせられてしまった。


 (あぁっ!……今、何かのLv.が上がったような感覚がっ! アルっ、こういうのはボクのキャラじゃないんだよっ、だから、ホント程ほどにしてっ)


 アルの陰でそう懇願するボクの声は、すっかり舞い上がってしまっているアルには届いていないようで、嬉しそうにはしゃぐアルの感情だけがボクに返ってくる。


 でもまあ、仕方ないか。今回のこの降臨は、アルにとって初めて覚醒状態で迎える下界だから。


 今は、アルの気持ちを優先してあげよう。


 そう思い直して、ボクはアルの邪魔をしないよう必死に自分を抑えると、静かに成り行きを見守る体制に入った。


「うむ、うむ、これはこれは。なんとも愛らしいものだねぇ」


 いつも、厳格を絵に描いたような厳しい表情をしている父さんが、アルの可愛らしい挨拶を受けて、何ともいえないとろけそうな顔になった。


 (父さんのこんなに柔らかな顔なんて初めて見たかも……もしかして、父さんも母さんと同じで、娘が欲しかったってことなのかな?)


 そんなふうに思っていたら、今度は母さんのとても嬉しそうな声がダイニングに響いた。


「まあ! 素晴らしいわ! 所作も完璧だし、それにとても優雅だわ!」


 感動したように胸の前で指を組み、爛々らんらんとその瞳を輝かせた母さんが、熱意を持ってボクのことを見つめだし始めた。


 (そんなふうに『逃がさないわ!』って目で見られるとちょっと怖いんだけど……)


 その目付きは、まさに獲物を狙うハンター!って感じで……このままだと淑女教育だ何だと、母さんの色々なものに火が付きそうだ。


 ボクに女装させるほど『娘が欲しかった』ってずっと言ってたから、喜ぶ気持ちは分かるんだけどね。


「ふむ、妹か……いいものだな……ゴホンッ、俺はグレンダール。シューハウザー家の長男だ。困った事があればいつでもこの、兄に!言ってきなさい」


 グレンダール兄さんは、父さん同様、とろけた顔になりかけたけど、慌てて表情を引き締めると、顎を撫でながら胸を張り、少しカッコつけて兄アピールを始めた。


 今、……兄ってところ、物凄く力が入ってなかった?


「よっ! 俺は次男のヨヴァンだ。よろしく!」


 アルを目の前に、新鮮な反応を見せる家族たちの中、唯一、ブレることなくいつも通りの態度を示したのはヨヴァンだ。


 ヨヴァンは、いつもの気さくな感じでアルに笑顔を向けながら、軽く片手を上げただけで、あっさりと挨拶を終えた。


 さすがはヨヴァン兄さんだ。変に態度が変わったりしなくて安心でき……


 (ガーラ、まだまだ男を見る目が甘いわね。こういうタイプが一番危険なのよ?)


 アルが、ボクの心の中の独り言にツッコミを入れてきた。


 (ビ、ビックリするじゃないか! なんだよ、男を見る目って? それに危険って何? 兄さんはちっとも危なくなんか無いよ)


 兄さんとの付き合いはボクの方が長いから分かるんだ。


 そう主張したボクの心の声に対して、アルが呆れたような気配を醸し出した。


 (何言ってるのよ、さっきガーラを見つめていた彼の眼差しは……って、これはまだガーラには早いわね……ふぅ、……)


 アルは軽くため息を吐いた後、子供にでも言い聞かせるかのような口調で喋り出した。


 (しょうがないわね、いい? 見た目はもちろん性別や人格まで変わった初対面の私に対して、長年一緒に暮らしてきたガーラと同じような態度を取る、だなんて方がおかしいのよ? きっと彼、俺さま気質よ?)


 まあ、それがたまらな〜いって人もいるんだろうけど、私はちょっとね〜


 そんなことをボクに語りながら、アルは『ヨヴァンお兄様ってお話ししやす〜い』って言っていた。


 (えぇ! 女の子って、心の中でこんなに裏腹なこと考えてるの!?)


 発した言葉と心の中が真逆すぎて……


 何だかボクは……見てはいけない深淵をのぞいたような気がした……



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 アルの紹介も無事に終わり、少し遅くなってしまったが、穏やかな感じで朝食がスタートした。


 和気藹々とした雰囲気の中、家族と楽しそうにお喋りをしているアルに主導権を渡すと、ボクはこれからのことを考えた。


 昨日は降臨時の騒動で、天界の仕事が何も出来なかった。ボクは早く用事を片付けて、空き時間で経験値を稼ぎたいんだよね。


 そのためにも、まず神気探知機を仕掛けなきゃいけないんだけど、えーっと、まずは、手近なところだと騎士団の宿舎でしょ? それと砦と、後は……トルカ教団のアジト……ヴーン、この場所にはあまり近づきたくないんだけどなぁ。


 何せ、今回の騒動の原因と言える場所だから……


 ボクが襲撃を受けた日から、既に五日が経っている。その間に、トルカ教団があの場所を引き払っている可能性は確かにあるが、危険であることに変わりはない。


 その辺の情報を得るために、やっぱり一度騎士団に顔を出して話を聞いておきたい……のだが、そうなるとまた、アルのことを紹介しなければいけなくて……


 (ボクは、騎士団員全員の前で、カーテシーを披露することになるの?……い、嫌だ!! 何とかならないのかな? せめて少人数で済む方法は……)


 ボクが、騎士団員の前でカーテシーしなくても良い方法はないかと、頭を悩ませていた丁度その時、セバスチャンが、食堂の入り口からボクに声をかけてきた。


「お食事中失礼いたします。ガッロル様にお客様でございます」

「え? ボクにお客? 誰だろう……」


 突然の来客の知らせに、ボクは思わず小首を傾げてしまった。


 今まで、目立たないよう地味〜に人生を送ってきたから、ボク個人に来客なんて初めてかもしれない。


「第三騎士団のレッツェル様がいらっしゃってます」


 ボクを訪ねてくるような人に思い当たりがなくて、つい、漏らしてしまった心の声に対して、セバスチャンから返ってきた返答は思いがけない人物の名前だった。


 (ヴァリターが? 何かあったのかな? 家に訪ねて来るなんて初めて……あっ!)


 ボクは、ハッと気づいてしまった。もしかして、これで騎士団員の前でカーテシーしなくても済むかもしれないということに。


 (トルカ教団のアジトの件は、ヴァリターに聞けば良いじゃないか! これでカーテシーもヴァリターだけで済む!)


「分かった。すぐ行くから応接室にご案内して!」

「かしこまりました」


 セバスチャンが一礼して食堂を出ていった。


 さてと、ボクも準備しなきゃ! そう思って席を立とうとしたら……


「ガッロル、大丈夫か? 俺が同席してやろうか?」


 ……と、ヨヴァンが心配そうに聞いてきた。


 なんだかヴァリターを警戒するような、そんなヨヴァンの言葉が気になった。


「?……何で?」


 ヨヴァンの同席の理由がよく分からなくて、ボクは思わず聞き返してしまった。


「何でって……その、二人っきりにするわけにはいかないだろ?」

「いや、だから何で?」


 ヴァリターとは、上司と部下として共に仕事をしてきた仲だ。当然、ヨヴァンも知らない相手ではないのに、何をそんなに警戒しているんだろう。


 それに、いつもハッキリとものを言うヨヴァンにしては、珍しく歯切れが悪い。


 小首を傾げてしまったボクに対して、ヨヴァンが諦めたようにため息をついた。


「ふぅ、そうだよな、お前にはハッキリと言ってやらないとダメだったなぁ」


 そう言うと、ヨヴァンはちょっとだけ真剣な顔になった。


「未婚の男女が個室で二人っきりなんて、婚約者でもないのにマズイだろう?」

「………………」


 ミコンノダンジョ……神子んの壇上?……未コ? あっ! みっ、未婚の男女!?


 ヨヴァンの言わんとすることは分かったけど、それだとボクのこと女の子として見てるみたいじゃないか!


「ななな何言ってんだよ!? 今の姿はこんなだけど、ボクは男だよ!……っ、違うわよ、ガーラ。これからはずっと女の子なんだからね!?」


 (のわあぁ! 家族の前で『独り言』言っちゃったよ!)


 皆んなが、ボクとアルが急に入れ替わる様を目の当たりにして驚いてる。


 ボクは急いで口を押さえると、心の中でアルに注意を促した。


 (アル! みんなの前でセルフトークさせないでっ! 心の中で話してよ!)


 ちょっと強めに注意したボクに対して、アルが珍しく反論してきた。


 (ふぅ、ガーラ。そろそろ諦めて女の子だってこと受け入れなさい! これからは私がガーラを女の子っぽく教育してあげるから!)


 アルは、やれやれと言った感じに軽くため息をつくと、意気揚々いきようようと、ボクの女子力をUPする!と、宣言してきた。


 (何でそういうことになるんだよ!? 女子力なんていらないよ! そもそも、そういうのはアルの担当だろ?)


「……えーっと、ガッロル? 大丈夫か? アルと何かあったのか?」


 ボクが口を押さえたまま固まっていたからか、ヨヴァンが心配そうに話しかけてきた。


「なんでも無いからっ!! 大丈夫っ! えっと、ど、同席の話だったよね?」


 (うっ、家族にこんな話を……女子力強化だなんて話、聞かせられないよ)


 アルとの話を聞き出されたくなくて、ボクは慌てて話の流れを『同席』へと戻した。


「ヴァリターとは騎士団でも一緒に行動してきたし、二人っきりって言っても今更だから、必要ないんじゃないかな」

「そうは言うけどなぁ……」

 

 ヨヴァンはボクの言葉に難色を示すと、頭をガリガリ掻きながらボクを繁々と見つめてくる。


「やっぱり一人じゃダメだ! 何があるか分かんねーからな」


 そう言うと、ヨヴァンはさっさと食事を終えて席を立つと……


「先に行って相手しといてやるから、お前はゆっくり来いよ!」


 ……と、言い置くと、こちらの返事も待たずに、サッとそのまま出て行ってしまった。


 (何があるか分かんないって……何にもないだろ? 普通……)


「ヨヴァンだけでは心配だから、兄、である俺も同席しよう」


 呆気に取られてヨヴァンを見送ってしまったボクに、グレンダールもやたらと『兄』を強調したかと思うと、ヨヴァン同様、サッと応接室へと行ってしまった。

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