アルの紹介をすることになりました (ヨヴァン視点)

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 この回は、前話の出来事をヨヴァン視点で書いてみました。

 あくまでも “おまけ„ なので物語の進行上、読まなくても全く差し障りはありません。長いと感じましたら読み飛ばしていただいても大丈夫です。

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 ——(ヨヴァン視点)——


 俺の弟が妹になって帰ってきた翌日、久しぶりに家族揃って朝食を取ることになった。


 ただし、今朝ここに家族全員が集まっているってことは、ガッロルには内緒……いわゆるサプライズだ。


 もちろん、この提案をしたのは俺だ。


 家族からは『いい歳して子供っぽいことを』って言われたが、あいつは俺と同じで、こういった『お祝い系サプライズ』が大好きだから、きっと喜んでくれるはず。

 それに昨日は、ガッロルの周りに第三騎士団の連中や国王、国の重鎮なんかが押し寄せていて、俺も兄貴も、話かけるどころか近づくことすらできなかった。


 だというのに、宰相や重鎮たちが『天界の使者であらせられるのだから』とか言って、ガッロルを王宮に連れて行こうとしていたから、兄貴と一緒に猛抗議していたんだ。


 ま、本人は、そんなこと知らないだろうけど。


 とにかく、そんなことがあって、俺たち兄弟はガッロルと顔を合わせるタイミングを逃してしまったんだが、そのことを逆手に取って考えたのが、今回の『サプライズ朝食会』だ。


 今からガッロルの喜ぶ顔が目に浮かぶぜ!



 ◇◆◇◆◇



 (う、嘘だろ……スッゲー可愛いじゃないか……)


 食堂に現れたガッロルは、この世の者じゃないくらいに、本当に可愛い女の子になっていた。


 打ち合わせでは、俺が口火を切ってこの場を盛り上げるはずだったんだけど……何だか、変に意識してしまって言葉に詰まってしまった。


「父さん、母さん、おはようございます。それに、兄さんたちも!」


 俺がグズグズしている間に、ガッロルが、嬉しそうに微笑みを浮かべながら、朝の挨拶を述べた。


 (はっ! 声まで可愛いって……)


 『鈴を転がすような声』とはよく言うけれど、現実にはそんなモノあるわけない、と思っていた。この声を聞くまでは……


 微笑みを浮かべるガッロルに釣られ、半ば微睡まどろむような気持ちで微笑みを返していたら……


「ゴホン!」


 父さんが、不意に咳払いをしてその場の空気を引き締めた。

 その咳払いで、俺はハッと我に返った。


 (そ、そうだっ! 俺が取り仕切るはずだったのに!)


 慌てて父さんの方へ視線を向けると、父さんは、チラリと俺に向かって視線をよこしてから、カイゼル髭をひと撫でした。

 この『髭を撫でる仕草』は、父さんが何か重要な話を始める時の合図だ。なので、俺は黙って父さんの言葉を待った。


 すると……


「おはよう、ガッロル。昨夜はよく眠れたか? 部屋が暑すぎたり、ベッドが硬すぎたりはしなかったか?」


 父さんが、今にも蕩けそうな顔で微笑みながら、聞いたこともないような穏和な声でガッロルに話しかけた。


 普段は厳格だの何だのと、硬いことばかり言っている父さんのこの変わりように、俺は凄く驚いてしまった。


 その後も父さんは、戸惑うガッロルに構うことなく、過保護な発言を続けていて……

 まるで、家具一式すべてを買い替えてしまいそうな勢いだ。


 しかし……


 (そうか、俺もこんな感じになるところだった……)


 さっきまでの自分の心情を具現化すれば、まさに父さんのその姿と被るものがあった。

 そのことに気付いた俺は、以前と変わりない態度で接してやる、と心に誓った。


 そうだ、俺は……普段通り接してみせる……


「おはよう、ガッロルちゃん。はあ、私にもついに念願の娘ができたのね……」


 可愛いものに目がない母さんは、いつもの『可愛いものを見つめる目』で、ガッロルをロックオンし始めた。

 その様子を見ていたら、ガッロルが小さい頃、母さんがガッロルを女装させていたことをふと思い出した。


 今回はガチの着せ替え人形にするんだろうな……


 そんなことを思いながら席を立つと、いまだに入り口付近に佇んでいるガッロルの元まで歩み寄った。


「やっと来たか。久しぶりだな、しばらく見ない間に随分変わったなぁ?」


 (よし、いつも通りに振る舞えたぞ。とどめに頭でも撫でとくか……)


 俺はいつも通り、ちょっとだけ乱暴にガッロルの髪の毛をかき回した。


「うわっ、あはは、やめてよ兄さん」


 抗議はしているが嬉しそうな声を上げているガッロル。

 いつも通りの反応だが、俺の方がいつも通りじゃなくなった。


 (うっわ、髪の毛サラッサラじゃないか。なんかいい匂いもするし……って、だ、だめだ! 変なことを考えるな、ヨヴァン! こいつは弟だ! 変なこと考えるじゃない!)


 俺が心の中に湧き上がる正体不明の感情と必死に戦っていた時……


「……ヨヴァン、やめろ。ガッロルはもう頑丈な男ではないんだぞ。もっと優しく扱ってやらねば壊れてしまうではないか」


 兄貴から至極真っ当な注意を受けて、スンッ……と、一気に冷静さを取り戻すことができた。

 でも同時に、知られたくない心の内を見透かされたような気がして、ちょっとムッとしてしまった。


「お久しぶりです。兄さんたちはお変わりない様で安心しました。それと、今回はこんな事になってしまい申し訳ありませんでした」

「うむ。これからは、あの様な無謀な事はするんじゃないぞ?」


 ガッロルが改まってみんなに向かって頭を下げた。

 フニャついた顔をしていた父さんも、この時ばかりは顔を引き締めている。


 確かにあの時は、嘘だろ?って思った。

 あの、フワッとしたガッロルが、そんな剛毅ごうきなことできるわけない、人違いだって。


 連絡を受けて駆けつけた王宮で、変わり果てたガッロルを見たあの時の衝撃は、多分、一生忘れられないんだろうな……


「さあさあ、みんな! 席について朝食をいただきましょう!」


 母さんが、気を利かせて明るい声を上げた。


 そうだな、重い話はやめやめ。家族団欒を楽しまないとな!


「おぅ、ガッロル! お前も早く座れ!」


 隣の椅子を引き、手招きしながら呼ぶと、ガッロルは嬉しそうに頷いた。

 しかし、ガッロルは二歩ほど歩いて急に歩みを止めたかと思うと、胸に手を当てて不安げに瞳を揺らし出した。


「あ、そ、の……ちょっと、は……話があるんだけど……いいかな?」


 (え……な、なんだ? 今の……か、かわいっ)


 見た目じゃなくて……いや、見た目も可愛いんだけど、上手く言えないけど、その……醸し出す雰囲気っていうのか? あえて言うなら小動物。そう、ちょっと怯えた小動物みたいで……


「うっ、……うむ、なな、何だ? 言ってみなさい?」


 父さんの上ずった声が、またしても俺を冷静にさせた。


 (はっ!? あ、あぶねぇ……けど、何だ? 今の感じ……)


 自分がよく分からない高揚感に見舞われていたことに気がついて、俺は動揺してしまった。


 俺とは対照的に、ホッとした顔をしていたガッロルだが、すぐ表情を引き締めると背筋を正して話し出した。


「実は、ボクの中にはもう一人のボクがいるんだ……あ、いや、何て言えばいいかな、えと、その、もう一人のボクはアルって言うんだけど、アルがみんなに挨拶したいって言ってるんだ……けど……」


 ガッロルはそう言うと、見る見るうちに自信なさげに俯いてしまった。


 これは、一生懸命に説明しようとして上手くいかなかった時に見せる、口下手なあいつのお馴染みの仕草だ。

 でも、いつもと違ってはかない? 繊細? な空気が漂っていて、守ってやらないとって気にさせられる……


 だからってわけじゃないけど、ここは兄として、俺が何とかしてやらないといけないな。

 何しろ、ガッロルのことを1番分かっているのはこの俺だからな!


 ってことで……えーと? ガッロルの中の『もう一人の』ってのはよく分かんないけど、まあ、『天使』になったくらいだし、常識外れなことがあっても不思議じゃないよな?……で、要するに挨拶がしたいって事だから……


「あー、ガッロルの中にアル?ってやつがいるのか? そいつが挨拶したいってことで合ってるか?」

「!?……う、うん! うん、そうなんだ! ちょっと驚くかもしれないけど……いいかな?」


 ガッロルが弾けたように顔を上げ、俺を真っ直ぐに見つめてきた。

 その一生懸命な眼差しが、徐々に潤んで輝きを増してゆく……


 な、何だ!? この吸い込まれそうな瞳はっ!

 キラキラなんてもんじゃない……キラッッキラだ!

 ぐっ、そ、そんな目で見つめられると……っえ!? な、何だ!? む、胸が!?


 突然、キュンとするような謎の胸痛に見舞われて、俺が焦っていると……


「ダメ……かな?」


 ガッロルが、首をちょっとだけ傾けて伺うような仕草をしてみせた。

 潤んだ瞳で上目遣いのまま小首をかしげたその姿を見た瞬間……


「ダメな訳ねぇだろぉぉぉ!! とと、……父さんたちもそうだろ?」


 早鐘を打ち始めた胸の動悸を誤魔化すように、俺は大声を出しながら立ち上がった。


「うむ、もも、もちろんいいぞ。な、母さん」

「そそ、そうね! アルちゃん? とご挨拶するのね!」

「ゴホッ、い……いいんじゃないか? 俺はいつでもいいぞ」


 立ち上がった拍子に椅子が壊れたんじゃないかってくらい激しく倒れたけど、誰にも注意はされなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る