アルの紹介をすることになりました②

 明るい食堂ダイニングにはセバスチャンに聞いていた通り、が揃っていた。


 その光景を見て、ボクはパッと笑顔を浮かべながら朝の挨拶をした。


「父さん、母さん、おはようございます。それに、兄さんたちも!」


 そこには両親のほかに、独立したはずの二人の兄の姿があった。

 どうやらボクを喜ばせようと、サプライズで集まってくれていたようだ。


 成人すると共にサッと独立してしまった二人の兄たち。こうして顔を合わせるのは実に久しぶりだ。


 少しテンションが上がってしまったボクは、フワフワした気持ちで兄たちに微笑みかけていたら、父さんが突然、皆んなの注目を集めるように大きな咳払いをした。


「ゴホン!」


 (……ハッ! そうだった!)


 その空咳を聞いて、皆んなはハッとしたように父さんに注目した。

 途端に、食堂ダイニングにピリッとした空気が漂い出した。


 その皆んなの視線の先……トレードマークのカイゼル髭をひと撫でし、ボクをジッと見詰めているこの人は、前世のボクの父親、バルナルド・シューハウザー。

 一言で言うと、堅物と言われるほど『厳格』な父親だ。


 昨日は何も言われなかったけど、ボクはそんな父さんがコネを使ってまで捩じ込んた騎士団長の職務を全うすることなく、若死にしてしまったんだっ!


 (やっぱり、そのことで今から叱られる……のかな……?)


 ボクは『まな板の上の鯉』になったような気分で、ゴキュッと固唾を飲んで父さんの言葉を待った。


 すると次の瞬間、父さんはその顔を今にもとろけそうな柔和な笑顔に変えると……


「おはよう、ガッロル。昨夜はよく眠れたか? 部屋が暑すぎたり、ベッドが硬すぎたりはしなかったか?」


 と、柔らかな声音で語りかけてきた。


「!?……は?……あっ、は、はい! だ、大丈夫っ……です?」

「うむ、そうか? でも、少しでも不便を感じたら、すぐに言うのだぞ?」


 てっきり叱られるものだと思って身構えていたから、ちょっと拍子抜けしてしまった。


 でも、どうしてだろう?……うーん?

 ……やっぱり、ボクが女の子になったから……なのかな?


「おはよう、ガッロルちゃん。うふふっ、私にもついに念願の娘ができたのね」


 ふんわりとした雰囲気でそう話しかけてきたのは、『良家の箱入り娘』感が抜けない前世のボクの母親、カロリーヌ・シューハウザー。


 父さんと違って、ボクに対するその態度は以前とさほど変わらない。


 それほど変わりはしないんだけど、さっきから夢見るような顔でボクのことを見つめ続けていて……何だかイヤな予感がする。


 ……何故かって?


 それはボクが子供の頃、母さんに泣き落とされて一度だけ『着せ替え人形』になったことがあったんだけど、『ドレスを身に纏ったボク』を見つめ続けるあの時と、今のその様子が全く同じなんだ。


 朝食後に、ドレスルームに連れ込まれる予感がしてならないよ……


 ボクが引き攣った笑顔を母さんに向けていると、その隣に座っていた下の兄がおもむろに席を立ち、ボクのかたわらまでやってきた。


「やっと来たか、久しぶりだな! しばらく見ない間に随分変わったなぁ?」


 冗談めかしてそう言うと、ニヤッと笑ってボクの頭を少し乱暴な感じでクシャクシャと撫でた。


 彼はボクと5つ違いの兄、ヨヴァン・シューハウザー。

 貴族にしては粗野な言動が目立つ彼だが、その内面は歳の離れた弟(ボク)の面倒をよく見てくれる優しい兄だ。


「うわっ、あはは、やめてよ兄さん」


 ヨヴァンの手荒な歓迎に、ボクはたわむれるように抗議の言葉を口にした。


 ヨヴァン兄さんはいつも通りに接してくれるから、気兼ねが無くて良いな。


「……ヨヴァン、やめろ。ガッロルはもう頑丈な男ではないんだぞ。もっと優しく扱ってやらねば壊れてしまうではないか」


 そんなボクたちの様子を見つめていた1番上の兄が、父さん譲りの厳格さを漂わせながらヨヴァンに注意を促した。

 ボクとは七つ歳の離れた兄、グレンダール・シューハウザー。


 年が離れ過ぎていたせいもあり、ヨヴァンほど近い感じではなかったけど、グレンダールは公平な判断のできるとても頼りになる人だ。


 ヨヴァンはグレンダールに注意されて、明らかにムッとした表情を見せていた。だけど二人の兄たちはこう見えて結構仲が良いから心配はいらないだろう。


「お久しぶりです。兄さんたちはお変わりない様で安心しました。それと……今回はこんな事になってしまって、本当に申し訳ありませんでした」


 ボクは皆んなに向かって頭を下げた。

 こうして頭を下げながら思うのは、昨日の葬儀でのこと……


 棺の中で青白い顔で眠る自分……

 ボクはそんな姿を家族の皆んなに突きつけてしまったんだ。


 そう思うと本当に、『ボクは何て親不孝な事をしてしまったんだろう』って気持ちが込み上げてくる。


「うむ……これからは、あの様な無謀むぼうな事はするんじゃないぞ?」


 父さんの言葉に、家族の皆んなが頷いている。

 皆んながボクを心配している気持ちがひしひしと伝わってきて、それをありがたいと思いながら、ふと考えてしまった。


 今は天界のお仕事で降臨中だから、こうして皆んなに会えているけれど、本来なら二度と会うことは叶わなかったんだ……。


 今回の里帰り(?) が、きっと皆んなと過ごせる最後の機会になるんだろうな……。


 そう思ったら妙に、胸にグッとくるものを感じてしまった。


「ハイ! この話はここまでにしましょう! さあさあ、席について! 皆んなで朝食をいただきましょう!」


 しんみりしそうになった空気を掻き消すように、母さんがパンッと手を叩きながら明るい声で皆んなに呼びかけた。


「おぅ、ガッロル! お前も早く座れ!」


 母さんの呼びかけで着席したヨヴァンが、隣の席の椅子を引いてボクを呼んだ。


「うん!」


 ボクがヨヴァンの手招きにうなずいて足を踏み出したその瞬間……


 (ねえっ! ガーラッ! まだなの!? 早く私のこと紹介してっ!)


 アルが心の中で、少し声を荒げながら話しかけてきた。

 伝わってくるその感情は、少し……いや、結構イラついている!


 あわわっ、わ……忘れてたっ!! 大変だ! 早くしないと、紹介する前に勝手に話し出しちゃうよっ!


 (ゴッ、ゴメン!! い、今から! 今から言うつもりだったんだっ! だからもう少しだけ待ってて? ね?)


 胸に手を当てて心の中で必死にアルをなだめると、気持ちを落ち着かせるために大きく深呼吸をしてからボクは話を切り出した。


「あ、そ、の……ちょっと、は……話があるんだけど……いいかな?」


 深呼吸の効果はあまり無かった。


 何とも『しどろもどろ』といった感じになってしまったけど、まあ、それでも何とか話を切り出すことはできた。


 ボクが緊張気味に皆んなの様子を窺うと、なぜか皆んなは驚いたようにその目を大きく見開いている。


 (えっ??……あっ!)


 そうだ! 父さんに言われてたんだ!『自信なさげな態度は部下を混乱させるから厳格な態度を崩さず常に堂々としていなさい』って。


 さっきの『自信無さげな態度』がよくなかったんだ……どうしよう、話を始める前から失敗したかも……


 その考えに思い至って、一人でアワアワとしていたら……


「うっ、うむ、なな、何だ? い、言ってみなさい?」


 ……と、父さんが瞳を彷徨わせながらも続きを促してくれた。


 『絶対、注意されるっ!』と思っていただけに、許してくれたことで随分と心が軽くなった。


 (よかった、怒ってはいないみたいだ。でも何て説明しよう……『分身スキル』なんて言っても分かんないだろうし……ゔうーん……もういいやっ、当たって砕けろだ!)


 ちょっと悩んだけれど、口下手なボクができることといえば愚直に説明することだけだ。


 ボクは覚悟を決めるとノープランのまま、アルについての説明を始めた。


「実は、ボクの中にはもう一人のボクがいるんだ……あ、いや、何て言えばいいかな……えっと、その、もう一人のボクは『アル』って言うんだけど、アルが皆んなに挨拶したいって言ってるんだ……けど……」


 『分身スキル』に絡めた説明ができないから、何ともグダグダな感じになってしまった……


 (うくぅっ……話し方が5歳児レベルだ……これじゃ自分でも何言ってんだか分かんないよ……)


 だけど、ボクにはこれ以上の説明が思い浮かばない。


 皆んなの顔を見ていられなくなって、ボクは足元の絨毯に視線を落とすと、誰かが反応してくれるのを静かに待った。


「あー、ガッロルの中にアル?ってやつがいるのか? そいつが挨拶したいってことで合ってるか?」

「!?……う、うん! うん、そうなんだ!」


 俯いてしまったボクに、ヨヴァンが助け舟を出してくれた。


 ヨヴァンは、ぶっきらぼうだけど面倒見のいい兄だ。だからこうして、いつもボクの味方をしてくれる。


 こんなメチャクチャな話でも理解しようとしてくれて……あ、マズい。ちょっと泣きそうだ……


「ちょっと驚くかもしれないけど……いいかな?」


 感動で潤んでしまった目から涙がこぼれないよう少し大きく目を見開きながら、ボクは家族の反応をジッと伺った。


 すると突然、皆んなが一斉に息を呑んだ。


 えっ!?……そ、そんなに、アルのことは受け入れにくいものかな?


 そんなに……


「ダメ……かな?」

「ダメな訳ねぇだろぉぉ!! とと、父さんたちもそうだろ?」


 ヨヴァンが、声高な声で叫びながら立ち上がった。


 立ち上がった拍子に、繊細な彫刻が施されたそれなりに高価な椅子が派手な音を立てひっくり返った。


「うむ、もも、もちろんいいぞ。な、母さん」

「そそ、そうね! アルちゃん?とご挨拶するのね!」

「ゴホッ、い……いいんじゃないか? 俺はいつでもいいぞ」


 ヨヴァンの気迫に押されてだろうけど、それでも皆んな許可してくれた。


 よかった、皆んなに受け入れてもらえて……これで、やっとアルを呼び出せる。


 (ねえ、ガーラ。今、自分でスッゴイことしちゃったって自覚、ある?)

 (?……何が? それより、ほら! 挨拶したいんだろ? 苦労して説明したんだからさ!)

 (う〜ん、無自覚もここまでくると罪深いわね……)

 ( ? )


 アルに、そんなよく分からないことを言われてしまった……。

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