『ギラファス捜索編』

アルの紹介をすることになりました①

 窓辺を彩るカーテンの隙間から朝を告げる一筋の光が、ベットで眠るボクの枕元に差し込んでくる。


 まぶた越しに感じるその光に顔をしかめながら一つ大きな伸びをすると、ボクはベットから抜け出して、大窓のカーテンを一気に開け放った。


 すると、部屋の壁に飾られた盾や剣といったボクのコレクションに、朝の爽やかな日差しが反射して、薄暗かった室内はキラキラと光溢れる空間に変わる。


 いつもと変わらないその光景に何となくホッと一息つくと、テラスへ繋がる大窓をゆっくりと押し開けて外へ出た。


 そして、爽やかな新緑の匂いを胸いっぱいに吸い込みながら、ボクは日課の軽い運動ストレッチを始める。


 その後は、『用意されている服に着替えて食堂へと向かう』……というのが、ボクの朝のルーチンだ。


 その、いつもと変わらない朝の光景に、つい失念してしまいそうになるけれど、ボクは昨日、葬儀を執り行ってもらったばかりの『故人』なんだよね……


 天界政府からスカウトされて『新人天使』として生まれ変わったわけだけど、お仕事で下界に降臨中の現在、ボクは生前の実家であるシューハウザー家に身を寄せている。


 とはいえ、数日前まで家族として普通にここで過ごしていたわけだから、ボクとしては『お世話になります』っていう改まった感じはしない。


 だから余計にボクがもう、この世界(下界)の住人ではないっていう実感がわかないっていうか……


 それはそうと、昨日は皆んなに色々と質問攻めにあって大変だった。


 とりあえず皆んなには『天界からスカウトされて、新人天使になった』ことと、『下界のパトロールを担当することになった』ということだけ話している。


 だって、詳しい降臨理由仕事内容は誓約書の規定に引っかかるから言えないからね。


 加えて、今のボクは『擬似・天界人ボディ』に宿った『”心臓“候補』。

 天界の機密情報に直結する『歩くトップシークレット』状態だ。


 些細な会話からその極秘情報がポロリ……なんてことになってはいけないから、ホントに大変だった。


 とまあ、何かと最高機密誓約書に直結するこの体だけど、それで業務(ギラファスの捜索) に差し障りが出るのかと言えばそうでもない。


 レファスにもらったブレスレットのおかげで神気が漏れる心配をしなくてもいいし、身体能力は爆上がりだし、お仕事内容は『探知機のセットだけ』と、とてもお手軽だし。


 なにより、空いた時間で経験値を稼ぐことができる!


 天界政府に就職したことで、こうして堂々と下界へ降臨することもできるしと、まさに良いこと尽くめだ。


 ただ一つ、気になることといえば……


 これからボクは、アルの『紹介イベント』をこなさなければならない、ということだ。


 昨夜、アルに『皆んなに、私のことを紹介して!』と迫られて、抵抗も虚しく、それを承諾させられてしまったんだよね……


 なので、『一つの体に二つの人格が宿ったこの状態を、どう説明すれば、違和感なく受け入れてもらえるんだろう……』と、昨夜から考え続けているのだが、いまだに明確な答えを出せていない。


 体を動かせば何か思いつくかもと思ったけど、結局は何も思いつかず、ボクはいつも通りの『ルーチン』&『新たな日課』である翼のストレッチをこなし終わってしまった。


「さあ、ガーラ急いでっ、お父様とお母様に挨拶に行くわよ!」


 待ってましたと言わんばかりに、ボクは可愛い服に着替えさせられた後、アルに急かされながら、元両親の待つ食堂へと向かうことになった。


 ボクが食堂へと続く長い廊下を歩いていると、向かいからやってきた我が家の執事 (その名もセバスチャン) が笑顔で声をかけてきた。


「おはようございます、ガッロル様。昨晩はゆっくりとお休みになられましたか?」

「うん、おはよ。やっぱり我が家は良いね。えっと、父さんたちは? もう食堂?」

「はい、全員お揃いでございます」


 妙に『みなさま』の部分に力を入れながら、にこやかに答えたセバスチャンは、「それでは」と言い置くと、軽く一礼してその場を去っていった。


 それを笑顔で見送った後、何となく前庭に視線を移したボクは、よく手入れされた植え込みを見つめながら軽くため息をついた。


 ふぅ……さて、どう言って説明しようかな……


 アルの生い立ちを説明する上で欠かせない『魔法』の概念がこの世界には無い。だから、それをどう伝えればいいのかが悩ましい。


 『魔法を使って——、分身スキルで——』なんて言い方だと、信じてもらえないんじゃないだろうか。


 うーん、困ったな……じっくり考えるためにも、やっぱり今日はやめた方が……


 (ガーラ、何してるの? ふふっ、早く食堂へ行きましょうよ!)

 (あ、うん……)


 アルの、『楽しみでたまらない!』といったその声で、ハッと我に返ったボクは、再び食堂へ向かって歩き出した。


 そういえば、今、着ている服も『お父様とお母様に初めて会うんだもの! うんとオシャレしなくっちゃ!』と、はしゃぐアルに着替えさせられたんだっけ。


 こんなに楽しみにしているアルに、『やっぱりやめない?』とは言えないよね……。

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