今こそ覚悟を決める時⑤
ヴァリターは、ボクの呼びかけに勢いよく振り返ると、弾けたように椅子から立ち上がり、今にも泣き出しそうな表情でボクのもとへと駆け寄ってきた。
擬似体姿の……
そのことを嬉しく思う反面、ヴァリターの切羽詰まったその表情から、彼を随分と不安な気持ちにさせてしまっていたことに気が付いて胸が痛くなった。
普段あまり感情を表に出さないヴァリターの、こんなにも感情を剥き出しにした姿を見たのはこれで三度目だ。(霊界での暴走者バージョンは抜きにして……)
一度目は、砦でヴァリターに姫さまを託した時。
事切れる寸前のボクを目の前にした彼の……絶望に打ちひしがれたその時の表情を、ボクは今も忘れることができない。
ニ度目は、この礼拝堂でボクが初めて天使として降臨した時。
ボクの正体に気付いたヴァリターが、今にも泣き出しそうな顔で必死に人垣を掻き分けてボクのもとへ駆け寄って……
あの時の
そして三度目の今回……
『求婚の儀』の制限時間には何とか間に合ったわけだけど、ギリギリまで待たされたヴァリターの心境は、ジリジリとした、とても苦しいものであったに違いない。
(こんなにヴァリターのことを振り回してばかりのボクが、本当にヴァリターの申し出を受けてもいいのかな……)
つい、そんな消極的なことを考えてしまったボクは、急いて心の中で首を振った。
(い、いやっ、弱気になっちゃダメだ! ボクは心を決めたからこそ、パパの反対を押し切って、ここまで来たんだ! ママが時間を稼いでくれている今のうちに、スパッ!と返事をしなくっちゃ!)
ボクは、自身を奮い立たせるために背筋をピンと伸ばして気合を入れると、ヴァリターと向き合った。
「えっと……ずいぶん遅くなっちゃったけど、あの時の、へっ、返事をしに来たんだ。……っその、あれから色々考えて……それで、やっと気が付いたんだ」
ここで、ボクはいったん口を
「(ボクも、ヴァリターのことが好きだってことに!)」
しかし、実際には……
「ヵフッ……ヵフッ……ヵフッ……ヵフッ……」(パクパクパクパク)
カフカフと乾いた空気の音が漏れるばかりで、一言も言葉を発することができなかった。
あ? あれっ?……おかしいな? も、もう一度……
「ぼッヵフッ……ッ……ヵフッ……」(パクパクパクパク)
どんなに頑張っても、ボクの口からは何の言葉も出てこなくて……
カフカフと音を立てながら口をパクつかせる、という情けない姿を晒しただけに終わってしまった。
そんなボクの様子を、ヴァリターが驚いたような顔で見つめていて……
(うあぁ、寄りにもよって一番肝心なところでぇぇ!?)
一瞬、自分の身に何が起きたのかよく分からなくて、『もしかして、何らかのスキルで妨害されている!?』と思ったが……違う。
これは、そういうんじゃない……
これは……『
そ、そうだよ……ボクは『
アルに促された(乗せられた)勢いで、今、こうしてヴァリターと向かい合っているわけだけど、冷静に考えたら、ついさっき自身の『恋心』に気付いたばかりの『恋愛初心者』であるボクに、『愛の告白』なんて高Lv.なこと、できる訳が無かったんだっ!
今更ながらそのことに気が付いて、ヴァリターの顔をまっすぐ見つめ続けることができなくなったボクは、顔を真っ赤にしながら俯いた。
(くうぅっ、痛恨のミス! そんな初歩的なことに、今頃になって気付くなんて!)
これって即ち、『初めてのバンジージャンプにワクワクしながら踏切台の上に立った瞬間、自分が高所恐怖症だったことを思い出した!』……って状況とよく似てるよね!?
(と、とりあえず『告白』というか『返答』は後にして、今は、日常会話で気持ちを立て直そう……)
ここにきて、ボクの悪い癖……すなわち、嫌なことを後回しにしようとする『逃げ腰なボク』が顔を出してしまった。
「……っと、その前に……ひ、久しぶりだね、元気だっ——」
「俺はこの半年、あなたが来てくれるのを、この下界でずっと待っていた。だから、はぐらかしたりせずに、
ボクの言葉は、被せるように発せられたヴァリターの言葉によって遮られてしまった。
ヴァリターは、『逃がさない』とばかりの押しの強さに加え、熱を帯びた声でそう言うと、酷く真剣な眼差しでボクのことをジッと見つめてきて……
カハッ! し、心臓がっ……心臓がどうにかなりそうなんだけどっ!?
で、でも……確かにヴァリターの言う通り、遠回りな会話をしている暇はないのかもしれない……
チラリと横目に確認すると、窓から差し込む日の光が、先程よりもさらに赤みを増していた。
確かに、ここまできて『タイムアップ』なんて、冗談ではない。
(そうだよ、今は恥ずかしがっている場合じゃない、早く『返答』しないと……)
そう思い直して、さっきの『告白』を、もう一度、口にしてみたのだが……
「ッ……その、ボク……も、ヴァリターのこっ…… ヵフッ……カフッ……」(パクパク)
……やはり、肝心なところで声が出てこなかった。
(ダメだ……『好き』なんてLv.の高いセリフ、ボクにはとても言えそうにないっ)
レッツェル家の門前で、ずっと考えていたセリフだったんだけど、(呪文の)Lv.が高すぎて
もうちょっと難易度(Lv.)の低いセリフ(呪文)でなくちゃ……
そこでボクは、ボクなりの(低Lv.な)言い方で、改めてヴァリターに気持ちを伝えることにした。
「その、実はボク、……前世どころかずっと昔から記憶があって……それで、生まれ変わる度に、ずっと男の子ばかり選んで転生してきたんだ……でっ、でもそれは、男子にこだわりがあったってわけじゃなくって、経験値を稼ぎやすいって理由で……それで、ボクも知らなかったんだけど、ボク、本当は天界人の女の子だったみたいで……えっとその、つまり、何が言いたいのかって言うと……」
詰まりながらも口にした自分の言葉……
その『告白』を『支離滅裂だ……』と感じながらも、何とかここまで話を進めたボクは、大きく深呼吸すると顔を上げ、ヴァリターを真っ直ぐに見つめながら最後のセリフを口にした。
「Lv.上げのために『男の子』に転生しちゃうような、こんなLv.オタクなボクだけど……それでも……いい……かな?」
決して甘くも、情熱的でも、感動的でもない『告白』だけど、これが今のボクに言える精一杯だ。
『求婚の儀』に対するボクなりの『返答』……その『告白』を聞いたヴァリターが、雷に打たれたかのようにビリッと体を震わせると、その目を大きく見開いた。
ヴァリターのその様子を見て……
(!!……気持ち悪い、なんて思われてドン引きされちゃってたらどうしよう……)
……そんな恐ろしい考えが脳裏をよぎった。
思わず涙目になってしまったけど、それでもボクは目を逸らしたりせず、ただ静かにヴァリターの返事を待った。
「……俺は、貴方がいいんだ……」
シン……と静まり返った礼拝堂に、囁くようなヴァリターの声が広がった。
さざ波のようなその声がやけにボクの胸に染みて、受け入れてもらえた安心感も相まって堪えていた涙がポロッ……と、ボクの頬を伝って落ちた。
(よ、よかった……これで『自然消滅』の危機は去ったんだよね)
安堵に涙腺が崩壊しそうなボクのそばに、ヴァリターがそっと歩み寄ってきた。
……かと思った次の瞬間、ボクはヴァリターの腕の中に優しく抱きしめられていた。
「?……へっ?……?」
ヴァリターのその突然の行動で、溢れ出しそうだった涙が一気に引っ込んでしまった。
それに反比例するように、バクバクと高まる心拍数……
(えっ、な、何?……『自然消滅』の危機はこれで去った訳だから、ここで一旦解散なんじゃないの!?)
てっきり、これで終わりだと思っていた。
でも、冷静に考えたら今のボクたちの状況って『『愛の告白』によって心を通わせた二人』ってこと……だよ……ね……
しっ、しかも、ここは誰もいない夕暮れ迫る薄暗い礼拝堂で……
そのシチュエーションから次の展開の想像が付いて、ボクはすっかり慌ててしまった。
(ほわわゎゎっ!? いや、そんな、だって、……ボクは『告白』する覚悟はしてきたけど、それ以上のことは……)
そんなボクの動揺を知ってか知らずか、ヴァリターはボクから少し体を離すと、ボクの頬に手を添えて、親指を滑らせるようにしてボクの涙痕を拭った。
そして、ボクはそのまま上向かされたかと思うと、ヴァリターの顔がどんどんと近付いてきて……
「ま、まま待って、ヴァリターっ」
「待たない、俺はもう十分に待った。それに、これからは、もう、遠慮はしない……」
そして……
「ぼ、ボクはまだ、こ、心の準備がっ……んっ!」
言い募ろうとするボクの口は、ヴァリターに塞がれてしまった。
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