今こそ覚悟を決める時④

 その後、ボクは城下町や住宅街に国立公園と、思いつく限りの場所を巡ったが、ヴァリターを見つけることはできなかった。


 そうこうするうちに、西の空がほんのりと赤く染まりだしてしまい、ボクの危惧していた『すれ違いタイムアップ』が現実味を帯びてきてしまった。


「……あと、探していない場所っていったら……」


 ボクは焦りを感じながら、その『最後の心当たり』について考えた。

 そこは、天界政府に見つかる危険性が高いため、最初から意識して近寄らなかった場所。

 白亜の神殿こと『ルアト神殿』だ。


 もし、そこで天界政府の職員が待ち構えていたら、ボクはヴァリターに返事をする前に、天界へ連れ戻されてしまうかもしれない。

 そんなのは嫌だし、絶対に避けたい……

 うーん、今更だけど、やっぱりレッツェル家に伝言を頼んでおいた方が良かったのかな……


 そうは思ったけど、伝言でヴァリターにボクの気持ちが伝わったとしても『求婚の儀スキル』が『自然消滅』に変化しないっていう保証もないし……


「……って、ああっ、もう! 考えていても埒が開かないや! こうなったら当たって砕けろだ!」


 もう、いざとなったらブレスレットを外してでも抵抗するっ!

 そう覚悟を決めると、ボクはヴァリターがそこにいることを祈りながらルアト神殿へ向かった。



 ◇◆◇◆◇



 (いた!! ヴァリターだぁ!!)


 礼拝堂の入り口からそっと中の様子を伺うと、最前列、祭壇の1番近くの席に座ったヴァリターの姿が目に入った。


 今日1日、王都中を探し回ってやっとヴァリターを見つけることができた嬉しさで、つい駆け寄ってしまいそうになったけど、ボクはハッとその足を止めた。


 (おっとと……そうだった、天界政府の職員がいるかもしれなかったんだ。ええっと……うん、大丈夫、いないみたいだ)


 注意深く礼拝堂内の気配を探った結果、ヴァリター以外の気配は感じられなかった。

 どうやら、天界政府からの捜索隊は来ていないようだ。


 そんなシンと静まり返った礼拝堂の中で、ヴァリターは身じろぎひとつせず祭壇上空を一心に見つめ続けていて……

 そんなヴァリターの姿を見て、ハッと気がついた。


 (ヴァリターはボクが降臨してくるのを、ここでずっと待っててくれたんだ……)


 ヴァリターが早朝から礼拝堂に詰めて、最前列の席でずっとボクを待っていてくれたのだと気づいた瞬間、胸にキュッと痛みが走った。


 (ううっ!……だっ、大丈夫っ、これは病気じゃないっ。病気じゃなくって……)


 これはボクがヴァリターのことがすっ、好きだって証拠で……つまり、こっ、『恋』をしているっていう証拠でっ……この心臓だってそういうことでっ。


 ボクはそう自分自身に言い聞かせると、ドキドキと高鳴り出した胸を両手で抑えた。


 やっと『自分の気持ち』を自覚したことで、ボクはこの胸の痛みの正体にようやく気がついた。

 もちろん知識としては知っていたけど、恋愛なんてボクには縁の無いものだと思っていたから、自身の『恋心』を自覚するまで、この胸痛の原因に思い至らなかったんだ。


 だもんで、ボクはフィオナやアルママに、この『原因不明の胸痛』について結構な頻度で相談し……ハッ! ちょっと待って!?

 だ、だからかっ! だから2人とも『大丈夫!』なんて言うばかっかりで、(胸痛の原因を) ハッキリ教えてくれない上に何だか嬉しそうだったんだっ!


 二人とも『どんな時に痛くなったの?』とか、『その時、何を思っていたの?』とか……やたらとその時の『シチュエーション』や、その時の『ボクの心の内』を聞いてきたんだよね。


 あの時は、自分が病気なんじゃないかと思っていたから、結構、事細かく説明した覚えが……

 うわぁぁ、は、恥ずかしすぎるぅ……きっと、帰ったら二人から『気づくのが遅すぎ』とか『鈍い』って言われるんだろうな……

 だけど、その通りなので、全く反論はできないんだけどね。


 ボクは心を落ち着かせようと深呼吸を何度か繰り返した後、まだまだ大暴れしている心臓を抑えながら礼拝堂の中へと足を踏み入れた。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 ——(ヴァリター視点)——


 祭壇のステンドグラスが全体的に赤みを帯び、その光が俺の顔に差し込み始めた。


 もうすぐ日が沈む……

 それは、この礼拝堂が間も無く閉扉の時間を迎えてしまうということだ。


 確かに『求婚の儀』が『自然消滅』に変化してしまうにはまだ時間はあるが、礼拝堂が閉鎖されてしまえば実質それまでだ。


 『あの人』のことだから、俺を傷つけないよう、このまま『自然消滅スキル』を利用して、俺の記憶から消えようとしているのだろうか?

 もし、そう考えているのだとしたら、その行為は『状態異常無効』体質の俺には全く意味がない。


 たとえ『自然消滅スキル』が発動したとしても、『あの人』の中の『俺』という存在が薄れてしまうだけで、俺は『あの人』のことを思い続けることになる。

 そうなってしまったら、俺は……


 (俺は『あの人』と『縁』が切れたこの世界で、生きていくことができるだろうか……)


 祭壇上空にあるはずの不可視の『降臨ゲート』をジッと見つめながら、俺はそんなことを考えていた。


 半年前、俺の『求婚の儀告白』に酷く戸惑っていた『あの人』を見て、つい『返事は急がない』と言ってしまった。


 あの時は『あの人』を追い詰めたくなかっただけなのだが、こうなると分かっていれば、無理にでも返事をもらうべきだった。


 しかし、いくら過去を悔やんでみても、どうしようもない。


 (もう、どんな内容であっても…… 最悪、断ってくれてもいいから、せめて『返答』だけでも聞かせて欲しい。そうすれば、『あの人』の中の『俺』は消えたりしないから。だから、お願いだ……来てくれ)


 俺がそんな女々しくも、切実な気持ちを『降臨ゲート』にぶつけていた時だった。


「えっ……と……その、ヴァリター……?」


 俺の背後、礼拝堂の出入り口から、遠慮がちに俺を呼ぶ、聞き覚えのない女性の声が聞こえてきた。


 ハッとして、勢いよく振り返った俺の視線の先には、プラチナブロンドの艶めく髪に、新緑を思わせる魅力的な翠眼を持った16歳前後に見える美しい顔立ちの少女が、緊張した面持ちでこちらをジッと見つめていた。


 その人物に見覚えはない……だが、俺は『この人』をよく知っている。

 口調も……漂う気配も……なにより、この唯一無二の魂の輝きを俺が見間違うはずがない。


「ガッロル様!!」


 喜びと恐れ、安心感に不安感といった複雑な感情を抱えたまま、俺は『あの人』のもとへと駆け寄った……

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