今こそ覚悟を決める時③
ルアト王国と隣国との間、国境に広がる大森林。
トルカ教団のアジトがあったその場所の、厳密に言えばその上空。
何の変哲もないその空に、突然スッ……と切れ目が入ったかと思うと、次の瞬間、そこに『何か』がポッカリと口を開けた。
その輪郭はユラユラと不安定に揺れ動き、空に不気味なマーブル模様を描きだしている。
白いようでいて黒いような、得体の知れない半透明のその歪みは、敢えて言うなら空中に浮かんだ油膜のようで……
『そこ』から感じ取れるのは、とてつもなく膨大なエネルギー。
異変を感じ取った鳥たちが一斉に飛び去り、密林の獣たちの気配も散り広がりながら遠のいて行く。
もし、この『エネルギー体』を目にした者がいたとすれば、その凄まじい威圧感に恐怖を覚え、畏怖の念を抱かずにはいられなかっただろう。
それほどのパワーを秘めた空中のその歪みから、ひらり……と、一枚の布が飛び出した。
その細長い二等辺三角形をした黒地の布には、赤文字で『RUATO』の国名と、
場違いな感じにひらひらと密林へ舞い落ちるそのペナント……
それを皮切りに、次々と『そこ』からこぼれ落ちるのは……
魔魚を咥えた魔獣の木彫りの置物、霊界航空のロゴが印刷された限定Tシャツ、どこかの部族の儀式で使われていそうな羽飾りのついた仮面や腰巻、使い道のない極彩色の民族衣装、頭頂部にペン先が飛び出た絶対使いづらい人形型ボールペン、その他、多数の様々なガラクタ……
「あわわっ! ママの宝物が!」
最後に『そこ』から飛び出した『ボク』は、あちこちに散らばるように落下するそれらを必死にキャッチして回り、それを再び『エネルギー体』の中へと放り込むと、腕を振って急いでその口を閉じた。
するとその場に広がっていた威圧感は消え、ざわついていた森も徐々に静寂を取り戻した。
やれやれ、やっぱりね。この方法で移動(降臨)すると、こんな風になるんじゃないかと思ったんだ。周辺に与える影響もさることながら、『収納物』を全部撒き散らしてしまうことになるんじゃないかってね。
「ふう、何か回収し忘れてたりしていないかな?」
ひとつでも無くしてしまうと、
注意深く辺りを見回しながら取りこぼしが無いことを確認すると、ようやく人心地ついた気分になってホッと安堵のため息をついた。
そう、ボクはたった今、『収納庫』を通じて、天界の『巨大ベットの部屋』から、下界の『トルカ教団アジト跡』へと降臨してきたところだ。
ん? どうして『空間収納』で、降臨ができるのかって?
それは、ボクの『収納庫』が一般的な『空間収納』ではないからさ!
皆んなが『空間収納』だと思っているコレ、 実は『亜空間』そのものなんだよね。
——『亜空間』——
有りと有らゆる全ての物質を飲み込み、時間の経過すら存在しない死の世界として恐れられる脱出不可能な異界の空間。
そんな物騒なモノ、一体どこで……って思われそうだけど、これはボクが厨二病を爆発させて大暴れした時に開いてしまった『亜空間』なんだ。
歪んでしまった時空軸や周辺環境の修復をする過程で、ボクはその『亜空間』を『収納庫』として使える方法を編み出したんだ。
だけど、皆んなが怖がるといけないから、取り出し口は『空間収納』に似せて加工している。
おかげで、これが『亜空間』だと気付かれたことは一度もない。
というわけで、それ以降この『亜空間』は、ボクの大事な『収納庫』として (主に
で、話を戻すけれど半年前、ちょうどこの場で
あの時は『
そこで、ボクはそれを利用することにして、『収納庫』の内側から
結果は見ての通り、何とか成功!
ただし『アプローチポイント』同様、その特性上、一方通行なうえ、出口はここ『トルカ教団アジト跡』と限定されてしまっている。
それにこれは『お気に入りの鞄の底に穴を開けるような行為』だから、ボクとしてはあまりやりたくなかったんだけど、まあ、そこは、背に腹は変えられないというか……
って、そうだ! 早くヴァリターのところに行かないと!
ボクは急いで地上に降り立つと神気を抑えるブレスレットを両手首にはめ、しっかりと準備を整えてから天界人としての脚力を活かし、ルアト王国のレッツェル子爵家へ向かって駆け出した。
◇◆◇◆◇
結論から言うと、ヴァリターは不在だった。
「坊っちゃまは、今朝、早くからお出かけになりました」
「えっ!?」
執事の男性からそう言われ、ボクは訪問マナーも忘れてレッツェル家のエントランスで、思わず大きな声を上げてしまった。
今日は、第3騎士団の休息日。
昇進して団長になったヴァリターは宿直当番を免除されているだろうから、きっと今日は自宅にいる。そう思いこんでいたからすっかり当てが外れてしまった。
(ど、どうしよう……)
ボクは既にこのレッツェル家の門前で、1時間ほどを無駄にしてしまっていた。
だって、ここまで来たは良いものの、いざヴァリターと対面!って思ったら緊張してしまって……
それで二の足を踏んでいるうちに、いつの間にか時間が過ぎてしまっていたんだ。
ボクは焦り気味に聞き返した。
「あ、あのっ、どこへ行ったとか、分かりませんか?」
「申し訳ございません、存じ上げません。坊っちゃまは朝食もお召し上がりにならず飛び出して行かれましたので」
「そ、そうですか……」
ボクの焦りを汲み取った執事の男性は心苦しそうに一礼すると、少しずれてしまったその特徴的なスクエア眼鏡を中指でクイッと押し上げた。
そして……
「いつ帰られるかは分かりかねますが、よろしければこちらでお待ちになられますか? もしくは、伝言などございましたらお伝えしておきますが?」
……と、彼にできる最大限の機転を利かせて、そう提案してくれた。
「あ、その……」
いつ帰ってくるかも分からないヴァリターを、ここでジッと待つ、というのは、時間を無駄にすることになりそうだから却下。
じゃあ伝言を……と言っても何て言えば?
例えば、『それじゃ『求婚の儀』の返事なんだけど、ボクもヴァリターのこと好きだから、これからもよろしくって伝えておいて!』……とか?……うわわっ、そんな伝言、頼めるわけないじゃないかっ。
「……だ、大丈夫です、ありがとうございます。……ちょっと心当たりを探してみます……それでは失礼します……」
ボクは蚊の鳴くような声でそう言うと、顔を真っ赤にしながらレッツェル家のエントランスからそそくさと立ち去った。
◇◆◇◆◇
ボクが次に向かったのは、第3騎士団の宿舎だった。
「本日は休息日のため、ヴァリター団長は出勤しておりません。よろしければ私が、ご用件をお伺い致しますが?」
「あ、そうなんだ……」
丁寧な対応でそう教えてくれたのは、その胸に副騎士団長の階級章を付けたセルジルだ。
宿舎前で会った彼のおかげで『ヴァリターは、ここにもいない』ということが分かったわけだが、逆にこれでヴァリターがどこに行ってしまったのか皆目見当がつかなくなってしまった。
(早朝から出かけているって言ってたから、ここだと思ったんだけどな……)
時間は既に正午を迎えている。このまま闇雲に探し続けていてはすぐに夕暮れを迎えてしまいそうで、ちょっと怖くなってしまった。
(このままヴァリターとすれ違い続けて、時間切れになったりしたらどうしよう……)
そんな不吉なことを考えてしまい、ちょっと顔色を悪くして俯いてしまったボクに、セルジルが、やけに慎重になりながら問いかけてきた。
「あの、その、もし違っていたら許していただきたいのですが……まさかとは思いますが、えっと、その、もしかして、ひょっとすると…………ガッロル団長?……ではありませんか?」
「えっ……」
「「「えっ!?」」」
セルジルは、物凄くためらって長々と言葉を繋いだ後、窺うようにボクを見つめながら、そう確認を取ってきた。
セルジルのその言葉に、たまたまそこを通りかかった騎士団員たちが驚きの声を上げ、一斉にボクのことを凝視した。
かなり用心深くではあったけど、セルジルがボクの正体に気がついたことに少し驚いてしまった。
確かに、以前の疑似体姿と少し似てることは否めないけど、同一人物だと見抜かれるとは思わなかった。
自分じゃよく分からないけど、やっぱり仕草とか口調で分かっちゃうのかなぁ。
「……あ……うん、皆んな、元気そうだね?」
「「「ええぇぇぇっ!!」」」
ボクがセルジルの質問に答えると、団員たちの野太い叫び声が宿舎前に響き渡った。
「何だ!? どうした!?」
「皆んな出てこいっ! ガッロル団長がおいでだぞ!!」
「何だって!?」
ボクが『ガッロル』だと分かった瞬間、宿舎周辺はもちろん宿舎の中からも、騎士団の皆んながワッと押し寄せてきた。
おぉう、休息日なのに皆んな結構、宿舎に残っていたんだ……
以前、ボクが与えてしまった神気の影響が心配だったけど、フィオナが早期に処置してくれたおかげか、見た感じ、日常生活に支障は無さそうで安心した。
皆んなは「お久しぶりっす」とか「また少し、雰囲気が変わったんですね!」なんて、まるで生前のような気さくさで接してくれていたんだけど、次第に……
「団長、ますます綺麗に……やっぱ、アレっすかぁ?(ニヤニヤ)」
と、意味深なニヤけ顔を向けられたり……
「ヴァリター団長とは、どこまでいったんすか?」
……なんて『ヴァリターとの仲』について質問をされたりと、他にも、かなり過激な質問をぶつけられ始めてしまって……。
えっ!? 具体的に何を聞かれたのかって?
そっ、それはその……独身男性ばかりの騎士団員たちが興味本位に聞くこと……ってことで察してほしい。
ていうか、いくらボクが『元・男の子』でも、これって『セクハラ』だよねっ!?
「い、今はちょっと時間がないっていうか、その……じ、じゃあ、そういうことで!!」
ボクはそう言って無理やり会話を終わらせると、またしても顔を真っ赤にしながら、逃げるように騎士団宿舎を後にした。
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