新人天使になりました⑤
しばらく呆気に取られて成すがままになっていたが、ボクの素肌に触れるレファスのジャケットの感覚で、自分が裸であることと……
(む、むむむ、胸がある!?)
……自身の身体つきの変化に気がついた。
「のぅっわぁぁぁっ——!!」
「うぅっ、うぅぅっ……」
ボクは、縋り付いてくるレファスを引き剥がそうとジタバタともがいたが、気ばかり焦ってなかなか上手くいかない。
そんなボクのことを、レファスは嗚咽を漏らしながらますます強く抱きしめてきて……
ボクの背中に回されていたその腕が、優しくボクの肩を撫で始めた。
『ぎゃぁぁぁー!!』
驚き暴れるボクを押さえるように、今度は、
『ひぃぃぃっ!!』
レファスがボクを押さえ込むその度に、否でも自身の体のラインを認識させられてしまい、ボクは声にならない悲鳴を上げた。
(肩がっ、腕がっ、こ、腰も細いぃ!!)
自分の『女性特有の華奢な体』にプチパニック状態で、何も考えられなくなっていたら……
(ねえ、ガーラ。パパ、どうしちゃったのかな?)
珍しく心に直接話しかけてきたアルの声にハッとして、ボクはやっと我に帰ることができた。
そうだ! レファスがこうなったきっかけは、アルが呼びかけてからだ! なら、レファスのこの状況も、アルなら何とか出来るんじゃないだろうか。
(アッ、アルッ! アルッ!! レファス様に声をかけてあげてくれっ!)
(え、私が? ガーラじゃなくって?)
(そうだよっ、頼るって言っただろ? それが、今なんだよっ!)
(っ!! わ、分かったわ! まかせて!!)
アルは、初めてボクに頼られたからだろうか、俄然やる気を見せながら、フンスッ!と鼻息も荒く、レファスに向き合った。
ここはすべてアルに任せて、ボクは乱れた心を落ち着けることに専念しよう……
「パパ、大丈夫? どうして泣いてるの? 私、何か失敗しちゃった?」
アルがレファスを抱きしめ返しながら、その背中をポンポンと軽く叩いて話しかけた。
そして、そのままレファスの背中を摩りながら、彼が落ち着くのを黙って待っていた。
しばらくして嗚咽の収まったレファスは、ボクからゆっくりと手を離して袖で涙を拭うと、涙痕の残ったままの顔でクシャリと笑って、アル(ボク)の頭を優しく撫でた。
「……アルちゃん、ごめんね? なんでも無いんだ……ちょっと取り乱しちゃっただけだから……」
「もう、平気? パパが悲しそうにしてると、私も悲しいもん」
「ありがとう。アルちゃんもガッロル君も驚かせて悪かったね。擬似体は上手くいってるから心配いらないよ」
レファスはやっと平常心を取り戻したようで、擬似体との融合が上手くいったことを告げてきた。
何がレファスを刺激してしまったのかは謎のままだが、とにかく、レファスが元に戻ってよかった。
それにしても、今回は本当にアルに助けられた。アルがいなかったらどうなっていたことか……
(ボクもまだまだだな、少し体型に変化があったくらいであんなに狼狽えるなんて)
ただただ狼狽え続けて、何もできなかった自分が情けない……
ボクは気を取り直して、アルに任せっぱなしだったレファスとの会話を再開することにした。
「さっきは凄……いえその、ちょっとビックリしました。一体どうされ……あっ」
聞いてしまった後で、この質問がかなりプライベートな部分に言及するものだと気がついてハッとした。
しまった! 初っ端からやってしまった。普段なら、こんな失言はしないのに……
自分じゃ分からないけど、やっぱり、ボクはまだ動揺しているんだろう。
ボクは、慌ててその質問を取り消した。
「い、いえ、何でもありません! すみません、いろいろありますよね!」
「そう言ってもらえると助かるよ、ありがとう」
レファスが気分を害していないかと気になったが、当人はあまり気にしていないようで、ボクとしてはホッとした。
すると、レファスがチラチラとボクを見ながら、何だか言いにくそうに口を開いた。
「あー、こんなことお願いするのも何だけど、その、……この件については……秘密にしておいてもらえないかな……?」
そう言うと、レファスは少し照れくさそうに微笑んだ。
「もちろんです! 他言なんかしません!」
ボクは、何度も深く頷きながらハッキリと声に出して宣言した。
もちろん、誰にも言うつもりはない。なんなら、さっきの記憶を封じたって良い!……って、はっ! さっきの記憶といえば……
そこまで考えて、はたと思い出した。そういえば、今のボクにはそれよりも気にしなければいけないことが他にあったんだ……
ボクは寝台の上で体を丸めながらレファスに訴えた。
「えっと、その、レファス様、……何かその、羽織るものをいただけないでしょうか……?」
そう……ボクは今、裸なんだよ。
男の子時代なら、屋外での上半身裸だろうが集団で入浴しようが、まるで平気だったのだが、なにぶん女の子の体は初めてだ。
だから、今の自分の体つきが何だか妙に恥ずかしい。
「あっ、ああ! そ、そうだよね、ゴ、ゴメンね?」
レファスが、出入り口脇のポールハンガーに引っ掛けてあったローブを外すと、急いで頭から被せてくれた。
「あ……ありがとうございます」
ローブから頭を出しモソモソと袖を通しながら礼を言うと、寝台から降り立ち、所在なげに裾を整えた。
「あー、えっと、こ、これからっ、ど、どうすればいいですか?」
先程の騒動を、さっさと過去のものにしてしまおう!
そうすることに決めたボクは、気恥ずかしさを堪えながら強引に話を進めることにした。
それにはレファスも同意見だったようで、素早くボクの会話に乗ってきた。
「そっ、そうだね!……えー、少し……いや、随分と姿が変わっているから以前の感覚とのズレが心配だね! ちょっと手足や翼を動かしてみてくれるかい?」
うぐっ……レファス様……ボクは女子になったことを意識したくなくて会話を進めたのに、『随分と姿が変わってる』なんて意識させるような……そういう言い方はしないでほしい……
まあ、それはさておき、ボクはレファスの言う通り、慎重に手足を動かしてその感覚を確かめてみることにした。
……うん、問題ない……というより、何これ、体が凄く軽い!
思い切り踏み切ったら、結構な高さまで飛び上がれそうだし、腕も見た目以上に力が強い。これなら全く問題無さそうだ。
ただ……
「手足は特に問題ありません。でも翼の方は……ちょっと、よく分かりません」
……翼の感覚は掴めなかった。
背中に微かな重みを感じているので、くっついてはいるのだろうが、やはり手足のようにはいかなかった。
「ん? 少し触るよ。……どうだい? 感覚はあるかい?」
「あ、はい、分かります。肩甲骨だったところですね」
レファスが、ローブの背中に空いた翼用のスリットから手を差し込んで撫でた翼は、下界人の体でいう肩甲骨だったところだ。
だとすると、……少し困ったな。
「うん、よかった。まずは、感覚が無いと話にならないからね」
「でも、動かせる気がしないのですが……」
レファスは気楽な感じに言っているが、その場所は元・肩甲骨だ。
なので、こちらとしては、そんな楽観視ができない。
その証拠に、少し力を入れてみたのだが、翼はわずかに揺れるように動くだけで、まったく言うことを聞かない。
折り畳まれた状態で固まっていて……そもそも、元が肩甲骨では、『広げる』というイメージができない。
「ふむ、……ちょっとだけ手伝ってあげるから伸ばしてみようか」
レファスはそう言うと、何の気無しにボクの翼をスリットから引っ張り出した。
その瞬間、ボクの背中に激痛が走った。
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