新人天使になりました④

 早速、ボクたち(?)は、レファスに案内されて『擬似体』があるという研究棟へやってきた。


 レファスが、とある研究室(ラボ)の前で足を止めると、『魂認証機能付き自動扉』のタッチパネルに手のひらを押し当てた。


 すると、ロック解除の軽い電子音の後、シュン!っと小気味良い音を立てて扉が開いたかと思うと、室内から複数の化学薬品の臭いが漂ってくる。


 それが、如何にも『秘密の研究室』って感じで……何だかワクワクする!


 実はボク、何を隠そう、こういうSFっぽいのが大好きなんだよね。


 (そういえば、文化レベルの低い世界にばっかり転生していたから、こういう技術力溢れる世界って久しぶりだなぁ)


 久しぶりの『高水準文化レベルな世界』にウキウキしながら、ボクはレファスの後について研究室(ラボ)に足を踏み入れた。


 通されたそのラボの壁面には、薄水色の液体で満たされた培養カプセルがズラリッと並んでいて……


 (おぉ! マンガやアニメに出てくるのと一緒だ! SFの世界観だ! テンションが上がるなぁ!)


 その近未来感あふれる光景に、『大いなるオタク心』をくすぐられたのも束の間……


 (ク……クローン的な……何か、かな?……おかしいな? こういうのは平気だったはずなんだけど……)


 よく見ると、その培養カプセルの中には、白や赤の肉塊が浮かんでいて、拍動していたり、ピクリとうごめくものもあって……


 何だろ、……凄く気持ち悪い。


 (やっぱり、これってアルの影響を受けている……ってことのかな?)


 でも、これからは、覚醒状態のアルと共にいることになるんだから、こういう状態に慣れていかないといけないんだよね……


 とはいうものの、過去のSF好きの記憶と今の心理状況のズレに違和感を覚えてしまって少し困惑してしまった。


「さあ、こっちだよ!」


 レファスが弾むような声でそう言うと、部屋の奥へ向かってズンズンと歩きだした。

 その声にハッと我に帰ったボクは、慌ててその後を追いかけた。


 様々な装置や試薬の置かれた実験台の横をすり抜けて、部屋の奥までやってくると、そこに『魂認証機能付き自動扉』が隠されるように設置されていた。


 レファスがそのタッチパネルに手を翳しロックを解除して扉を開放すると、ボクはその薄暗い部屋へと招き入れられた。


 その部屋の中央。

 一段高くなっているその場所に、手術台のような寝台が設置されている……


「さあ、それじゃ早速だけど、これに入ってもらおうかな!」


 レファスに明るい声でそう告げられて、ボクはその寝台の上に横たわる白い塊の前に立たされた。


「えっ、これ……ですか?」

 (これが『疑似体』? 辛うじて、人っぽい型はしてはいる……けど……)


 子供が作った粘土細工のように表面は凸凹しているし、指もなければ顔もツルンとしたのっぺらぼうだ。

 それに、左右の手足のバランスも悪いし、背中から伸びたペラペラの翼?が、だらしなく寝台の脇から垂れ下がっていて……


「……何というか、その、……大丈夫なんでしょうか……?」


 その形状に一抹の不安を抱いて、ボクはつい、そんな失礼な質問をしてしまった。


「心配いらないよ。見た目はこんなだけど、その分、魂に寄り添うように出来ているからね」


 レファスは、ボクのその失礼な質問に気分を害した様子も見せず、『大丈夫!』とばかりに人好きのする笑顔を向けながら、ボクにサムズアップして見せた。


 ぬぅぅ……今ひとつ不安感は拭えないけれど、そこまで言い切られたら、これ以上、異議を唱えるわけにもいかない。


「はあ、そうおっしゃるのな……っ、ねえ、パパ! この体って、ちゃんと女の子なの?」


 不承不承ながら了承しかけたボクの言葉を遮って、アルが唐突に話し出した。


 おっとと……そうだった。アルの意見も聞かないといけないよね。確かに、アルが気にするのも頷けるような造形だし。


「そうだよ、アルちゃん。柔軟性のある体だから魂に近い姿になるけど、『王女の“心臓”用』に造られたものだから必ず女の子になるんだよ」

「そっか、うん、安心したわ。じゃあ、ガーラ早くしてね!」


 アルはその一点だけの確認で十分納得がいったのか、満足そうにそう言って、また静かに成り行きを見守る姿勢に戻った。


 それを見届けたレファスが、早速と言わんばかりに早口に喋り出した。


「それじゃ、ガッロル君! 『擬似体』の上に横たわってくれるかい?」

「エッ!? この上に!?……ですか?」


 見るからにブヨブヨとした擬似体。まさか、その上に横たわることになるなんて思わなかった。


 ボクが二の足を踏んでいたら、「大丈夫、大丈夫。心配いらないから!」と、レファスの明るい声がボクを追い立ててくる。


「……はい」


 レファスの圧に押されて渋々返事はしたものの、目の前の『疑似体』は培養カプセルに浮かんだ肉片を連想せさて……ゔゔっ、気持ち悪い。


 それでも寝台の上に這い上がり、見た目通りブヨついた擬似体の上にゆっくりと寝転んだ。


「しばらくすると、擬似体が君を包み込んでくるけど、驚かないようにね」


 レファスの言う通り、徐々に体が擬似体の中に沈むように飲み込まれてく。


 その体にまとわりついてくる感覚が……


「ゔぅっ、なんか……気味悪いですね」

「ふふっ、すぐに終わるから少しの辛抱だよ」


 ボクの体が、擬似体にすっかり沈み込まれた瞬間、ふわふわとした魂特有の感覚が無くなり、生前の肉体に似た感覚が戻ってきた。


 (……そろそろ、良いかな?)


 ボクはゆっくりと目を開けると、目だけで辺りを見渡した。

 うん、視界もいいし感覚も問題ない。


「……もう、動いても大丈夫ですか?」


 ボクは、傍らで見守っているはずのレファスに声をかけた。


「………………」

「レファス様?」

「………………」


 どうしたんだろう……さっきまで、あれほど饒舌だったレファスが一言も口を利かなくなってしまった。


 傍らに気配は感じる……のだが全くの無反応だ。

 とはいえ、いつまでもこうして寝転がっているわけにもいかないし……


 まだ許可は出ていないけど、ボクは慎重に体を起こすことにした。

 ……うん、大丈夫そうだ。


 首をひねって横を見ると、レファスはボクが擬似体に入る前と同じ場所で微動だにせず佇んでいた。


 ただ、その表情は、強い衝撃を受けた時のように驚きに目を見張っていて……


「レ、レファス……様?」

「………………」


 レファスのそのただならぬ雰囲気に、ボクはこれ以上、呼びかけることができなくなってしまった。


 しかし、ボクが口を噤むのと入れ替わるように、今度はアルがレファスに語りかけた。


「パパ? どうしたの?」

「アルガーラッ!!」


 アルが呼びかけた途端、レファスが弾けたように反応した。


 ボクは、『アルガーラ』の名を呼びながら飛びつくような勢いでやって来たレファスに、アッという間に抱きすくめられてしまった。

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