新人天使になりました③
——『霊魂分離』——
生きたままの状態を保ちつつ、肉体から魂を分離する
『霊魂分離』は下界的に表現するなら、外科手術の時に使われる『麻酔』といったところだろうか。
当然、『霊魂分離』にしろ『麻酔』にしろ、どちらも長期間使用するモノではない。というか、してはいけない。
何故なら、意識が戻らなくなる……つまり、『霊魂分離』の場合、魂が肉体に戻ってこられなくなる危険性があるからだ。
(『
生まれたばかりの赤ん坊に『
その犯行動機が全く分からくて、ボクが考え込んでいたら……
「当然、魂のない状態では肉体は長く生きられない。そこで、魂を取り戻すまでの間、力のある天界人がその体に入ることによって、今まで王女の肉体を維持してきた」
……と、レファスは『魂を抜き取られた王女』の現状について話しだした。
ギラファスの件については思うところがあるけれど、今はレファスの話に集中することにして、
で、レファスの言う王女の延命方法だけど、どうやらこれは『
確かに、それなら王女様の肉体を維持することができる。
(でも、この方法だと『ドナー』の肉体に負担がかかっちゃうだろうから、長期間維持できるようなものじゃないと思うんだけど……)
そんなボクの疑問に答えるかのように、レファスはさらに説明を続ける。
「我々は、魂の代わりを担ってくれている者を『心臓』と呼んでいる。『心臓』は他人の体に入る応急処置的なものに過ぎないから、長くは宿っていられない。長くて5年、短くて半年程しか持たない。さらに、一度『心臓』を担った者は肉体からの拒絶反応で、二度とその役目を担う事ができない。だから年々『心臓』を担える人材がいなくなっているんだよ」
レファスはここで一旦言葉を切り、不安を抑え込むかのように目を閉じた。
やはり思った通り、この方法は効率的ではないみたいだ。
それに、ドナーの数も間も無く尽きようとしているらしい。
タイムリミットの迫る王女の話で室内に妙な緊張感が漂い、下手に声をかけることができない。
ボクは、思案に沈んでしまったレファスを、ただ静かに見守ることしかできなかった。
何かの結論に達したのか、レファスがゆっくりとその目を開くと、ボクの目を真っ直ぐに見つめながら言った。
「
公的な依頼を表すかのように、わざわざ『僕』ではなく『私』と言ったレファスの、剣呑な光を宿したその瞳からは『異議は認めない』という強い意志が感じられる。
でも……
「……天界人のような高位者が半年〜5年であるのなら、ボクのような一般の転生者は半月も保たないのではないでしょうか? 」
ボクはこの件に関して、考えられる最大の問題点を率直に質問した。
魂との繋がりが切れてしまった肉体は著しく疲弊する。
肉体はその疲れを『心臓』として宿った魂から補おうとするはずだ。
天界人のように強靭な魂ならともかく、下界人の魂など持って数日だろう。
さらに、今のボクは肉体を無くした状態だ。
とても不安定で、『王女様の体の維持』という安定を要求される役目を果たすことができるのか疑問だ。
「そもそも『心臓』の役目を果たす事自体、ボクにできるのでしょうか?」
「それは、適性があれば承諾してくれると受け取ってもいいのかな?」
ボクの疑問にそう返すレファスの言葉から、こちらの提示した問題点は初めからすべて分かっていて、それでもこの提案をしてきた、ということが分かる。
どうやらレファスの中では、これは『決定事項』ってことなんだろうな……
とはいえ、これは魂に関わる話だ。
ボクの一存で決めるわけにはいかない。
「……アルは、どう思う?」
もし、何かあれば、アルを巻き込んでしまう……
そう思ったボクは、すっかり静かになってしまっているアルに声をかけた。
いざとなったら『
それほどの覚悟で問いかけたボクに対して……
「えっ!? 私? こんな重要そうなお話はいつもガーラが決めてるから真剣に聞いてなかったの。ん〜、でも、それって、お姫様になれるってことよね!? いいと思うわ!!……っ、ア、アルぅ〜」
アルは、『プリンセスに憧れる、夢見る少女』と、いった感じの『うっとりポーズ』を取りながらお気軽な答えを返してきた。
いや、お姫様になれるって……
こんな時でも、やっぱりアルはアルだった。
そういえば、アルの二つ名は『シリアス・クラッシャー』だったっけ……
でも、そんなアルのおかげで、レファスとの間に張り詰めていた緊張感はなくなって、柔らかな空気感が室内に戻ってきた。
「ふふっ、さすがはアルちゃんだね。引き受けてくれてありがとう。それじゃ、適性の確認も兼ねて、君たちにはこれから擬似体に入ってもらおうと思っているんだけど、いいかい?」
レファスが、待ち兼ねていたように、勢いよく話を進め出した。
「擬似体?……ですか?」
心臓の話もさることながら『疑似体』という新たなワードの登場に、ボクは戸惑いながら説明を求めた。
「天界人の体に慣れるための簡易的な体だよ。下界人との最大の違いは背中の翼だね」
レファスはそう説明してから
翼の先が高天井に取り付けられたシャンデリアに触れて、クリスタルガラスがシャララ……と透き通った音色を奏でた。
それに合わせるように、光の粒がキラキラと翼に煌めいて揺れている。
立ち位置的にちょうど逆光になって、レファスが『天から舞い降りた
ハッ!? あ、危なかった……もう少しで厨二病を再発してしまうところだった!
いきなり現実離れした光景を目の当たりにして、一瞬、思考力が低下してしまったよ。
恐るべし……『天使の翼』
「この翼を上手く扱えるように、まずは『擬似体』で体を慣らしてほしいんだ」
突然見せつけられた翼のせいで、フワフワした思考が抜け切らないボクに向かってレファスはそう言いながら、体の3倍以上はありそうな翼を畳み、背中に開いたスリットの中へと器用に引っ込めた。
「天界人にとっては重要な器官だから毎日の運動が必須なんだよ。君にとっては全く未知なことだろうけど、頑張って自由に動かせるようになってほしいんだ」
「……善処します」
『心臓』に『疑似体』に『天使の翼』にと……
色々と展開が早過ぎて頭が回らず、思わず歯切れの悪い返事を返してしまった。
でも、『天使の翼』かぁ。
転生を始めたばかりのあの頃のボクなら、浮かれて喜んだりしただろうな……
厨二病を拗らせたことがある者は、誰もが一度は憧れる『天使の翼』……
『ヒーロー
フッ、懐かしいな……
だけど、もう、ボクはその領域からは卒業したのさっ!
ボクが達観した大人の余裕に酔いしれて、一人静かにほくそ笑んでいたら……
「キャ〜!! カッコいい〜! ガーラっ、早く疑似体に宿って、私たちも翼を広げてポーズを決めてみましょうよ!」
アルがテンションも高めに、あの頃のボクを彷彿とさせる勢いで大騒ぎを始めてしまった。
……うぐうぅっ……
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