新人天使になりました⑥

「っ、んぎあぁぁっっ!!」

「ご、ごめん、痛かったかい?  こういう事は初めてだったね。でも、もう少しだけ頑張ってみようか」

「……っ、……は、はい」


 うくぅぅっ、いっ、痛かった……

 本気で『骨折した!』って思ってしまった……


 でも、さっきは不意打ちで心構えができていなかったから、情け無い悲鳴を上げてしまっただけで……

 だから、今度はきっと大丈夫……よし!


 ボクは、自分に言い聞かせて気合いを入れると、深呼吸して痛みに備えた。


「次は、ゆっくりと動かすから、なるべく力を抜いているんだよ」


 レファスがそう言って、ジワジワとボクの翼を引き伸ばしていく。


 気を遣ってくれているのは分かるんだけど、コレはコレで痛みが長く続くので辛い。


「っ、……くっ、……はぁっ……はっ、……うっ、……」

「頑張って、あと少し、もうちょっとだから」


 歯を食いしばって痛みに耐えているボクに、レファスが励ましの言葉をかけてくれる。

 ……が、もうダメだ! 限界だ! 痛すぎる!


「まっ、待って下さい、……くぅっ、少し、や、休ませて……」

「ココでやめちゃうと後が辛いよ? あと少しだから最後まで頑張るんだ」


 あまりの痛みに一旦中止を申し込むも、レファスのその一言でストレッチの続行が決定。

 ボクはこれから訪れるだろう痛みを想像して、ヒュッと息を吸い込んだ。


 そんなボクに構うことなく、レファスはグイッとボクの翼を引っ張った。


「うっ、くぅ、うあっっ!!」


 あまりの激痛に思わず声を漏らしてしまったが、レファスの言った通り、すぐに翼は真っ直ぐに伸び切った。


 すると、さっきまでの痛みが嘘のように消えてしまった。


 (よっ、よかった……これで、しばらく休憩させてもらえ——)

「よく頑張ったね。じゃあ、今度は左の翼を伸ばしてみようか?」


 ほぅ、と息を吐いて額の脂汗を拭っていたボクに向かって、レファスが鬼のようなことを言い出した。


「まっ、待って下さい。少し休憩させて下さい」


 その優しそうな見た目とは違って、レファスは意外とスパルタだ……


 呼吸も整わないうちにあの激痛をもう一度と聞かされて、さすがに眩暈がした。


「こういうのは後回しにすると恐怖心が増すよ? 立て続けにやった方がいいんだよ!」


 (確かにその通りだけど……だけどっ! ボクの心の中は既に恐怖心でいっぱいだ!! だから後回しにしても、しなくても同じってことで、だから後回しにしてもいいんじゃないかってことでっ!!)


 そんな風に、ボクが頭の中でグルグル考えているうちに、レファスは「さあ! 始めるよ!」と言いながら、ボクの左の翼に手をかけた。


 その様子が少し楽しそうに見えたのは……気のせい?……だろうか?


 こちらの返事を待つ事なく、レファスは再びゆっくりとボクの翼を引き伸ばし始めた。


 ボクは瞬く間に、激痛地獄へと突き落とされてしまった。


「うぁっ!……くぅっ、」


 痛みに喘ぎ、歯を食いしばりながら耐えていると、突然、過去に同僚から教えられた 『痛みを抑えられる方法』が脳裏に蘇ってきた。


 (こ、これだ! これを使えば、この苦痛から逃れられるかもしれない!)


 ボクは急いで、その『呼吸法』を実践に移した。


「ヒッヒッ、フ〜、……ヒッヒッ、フ〜、……ヒッ……だ、ダメだ!」(全っっ然、効かないじゃないかあっ!!)


 結果、その『呼吸法』は全く効かなかった……。

 ボクは過去の同僚を、心の中で責め立てた。


 飛んだ八つ当たりだということは自分でも分かっているが、そう思わずにはいられない!


「……ぷっ、くっくくっ、……それ、ラマーズ法だよね……」


 レファスが、笑いを堪えきれずにプルプルと震え出した。

 実に楽しそうだが、こちらはその振動で痛みが倍増した。


「……ゔぅ〜、……まだ、で……すか……」

「もう、ちょっとだね。ほら、頑張って。辛いなら、その寝台に手をついているといいよ」


 唸る元気も無くなってきた。

 ……もう、一思いにやってもらった方が楽なのでは?


 そう思ってしまったボクは、寝台に両手をつきながら……


「もう、一思いにやって下さい……」


 ……と、うわ言のように呟いていた。


 この時、ボクはあまりの痛みに、正常な判断ができなくなってしまっていた。

 なのでこの直後、『何故あんなことを言ってしまったんだ!』と、激しく後悔する……。


「いいのかい? 随分と苦しそうだよ?」

「……長引くより、一瞬で終わる方がまだマシです」

「そうかい? そこまで言うのなら、……じゃあ、いくよ!!」


 その掛け声と同時に、レファスの翼を引く手にグッと力が込められた。


 決して強引では無かったが、今までの倍の速さで引き伸ばされた翼は、ボクの想像を超える強烈な激痛を訴えてきて……


「!!……うぐっ、……ぐああぁぁぁぁぁぁ!!」


 意識が飛びそうなほどの激痛に見舞われて、ボクが堪えきれずに叫び声を上げたちょうどその時……


 バタ———ン!!

「レファス様ぁぁぁ!!  いったい、何やってるんですかぁぁぁ!!」


 ……ボクの悲鳴を聞いたフィオナが、憤怒の形相で扉を蹴破って飛び込んできたのだった。







 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

〜閲覧注意のお知らせ〜

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 ここより下は『フィオナ視点』のお話で、彼女のが爆発しています。

 読まなくてもストーリーに全く支障はありませんので、『下ネタ』が苦手な方は、読まずに次の話へ行って下さい!

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 少し、時間を遡ること、十数分前。


 私こと”フェニックスのフィオナ“は、研究室ラボの奥の間から聞こえてきた少女の叫び声にピタリと動きを止めた。


 今、まさに扉を開けようと、認証パネルに手をかざしかけた時の事だった。


『っ、んぎあぁぁっっ!!』

『ご、ごめん、痛かったかい?  こういう事は初めてだったね。でも、もう少しだけ頑張ってみようか』

『……っ、……は、……はい』


 聞き覚えのない少女の声に続いて聞こえてきたのは、間違いなく、我があるじであるレファスの声だ。


 何やら只事ではない気がして、そっと聞き耳を立てた。


『次は、ゆっくりと動かすから、なるべく力を抜いているんだよ』

『っ、……くっ、……はぁっ……はっ、……うっ、……』


 レファスの気遣わしげな声に対して、少女の苦しそうな呻き声が聞こえてくる。


『頑張って、あと少し、もうちょっとだから』

『まっ、待って下さい、……くぅっ、少し、や、休ませて……』

『ココでやめちゃうと後が辛いよ。あと少しだから最後まで頑張るんだ』

『うっ、くぅ、うあっっ!!』


 そこまで聞くと、私はヨロヨロと扉から後ずさった。


 (いっ、いったい何が起きているの!?)


 私は、自身が『熱狂的恋愛脳』の持ち主であることを自覚している。

 愛読書はもちろん恋愛モノ。


 そのジャンルは幅広く、純愛ものから略奪愛、ドロドロの不倫に至るまで、全ての分野をこよなく愛してやまない。


 昨夜も遅くまで、かなり過激な『歳の差恋愛モノ』を読み耽っていたため、どうしてもその世界観がチラついてしまう。


 余談だが、私のこういった趣向は、今は亡き王妃様に影響されたところが大きい……


 (冷静になるのよ、フィオナ! あれは架空の話! 現実的ではないからこその作り話なのよ!)


 自身の想像が間違いである、と言い聞かせながら、再び扉へと近づくと聞き耳を立てた。


『まっ、待って下さい。少し休憩させて下さい』

『こういうのは後回しにすると恐怖心が増すよ? 立て続けにやった方がいいんだよ』

『うぁっ!……くぅっ、』


 休憩を要求する少女の声と、それを却下するレファスの声。


 そして、ふたたび苦痛に満ちた少女の声が聞こえだすと、私は扉から耳を離した。


 今、私の脳内では、昨夜見た『歳の差恋愛モノ』小説の世界が展開されていて、その他の可能性を考えられなくなっていた。


 (そ、そんな、し、信じられない!  あの、レファス様が!?)

『……辛い……ら……寝台……をつ……ると……』


 距離を置いても、なお漏れ聞こえてくる声に、私は扉から跳ぶように後退ると、2人の声が聞こえないように両耳を塞いだ。


 (あっ相手は誰なの? ここには”心臓“用の擬似体があったはず……)


 そこまで考えて、一気に顔から血の気が引いた。


 (う、うそっ!?)

『!!……うぐっ、……ぐああぁぁぁぁぁぁ!!』


 ある可能性に気付いて、ハッと顔を上げた時、一際、大きな叫び声が聞こえてきた。


 次の瞬間には、私は反射的に扉を蹴破っていた。


 バタ———ン!!

「レファス様ぁぁぁ!! いったい、何やってるんですかぁぁぁ!!」


 扉を蹴破ったその先で、私が見たものは、……息も絶え絶えに寝台に突っ伏している美少女と、その少女の翼にストレッチ&マッサージを施しているレファスの姿だった。

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