新人天使になりました⑦

「申し訳ございません!」


 風が巻き起こりそうな勢いで頭を下げたフィオナの傍らには、足跡の浮き出た金属製の扉が無残な姿で転がっている。


 それは、決して金属の硬度に不備があった訳ではなく、単にフィオナの脚力の成せる技なのだが、認証機能での入室時間すらいとうほど、フィオナが慌てていたということはよく分かった。


「一体どうしたんだ!?  何を思ってこんな事をしたんだい?」


 穏やかで優しそうな印象しかなかったレファスだが、今は上に立つ者らしい毅然とした態度でフィオナを問いただしている。


「漏れ聞こえてきた声から、てっきりレファス様が、ガッロル様を……その……いえ、何でもありません。私の勘違いでした。申し訳ありません!」


 フィオナは潔く自分の非を認めると再び深々と頭を下げた。


 だが、ボクの叫び声を聞き付けて一刻も早く助けようと、あの頑丈な扉を蹴破ってしまったことは察しがつく。


 それに、そういった正義感溢れる行動は、分かっていてもなかなか出来る事ではないと思う。


 そんなフィオナが責任を問われるなんて……


「フィオナさんが悪い訳じゃありません。ボクが大騒ぎしてしまったから……すみませんでした」


 ボクはフィオナの隣に並ぶと同じように頭を下げた。


 2人で頭を下げ続けていたら、レファスが根負けしたかのように深いため息をついた。


「はぁ、分かった。今回は修理代だけの減給処分にする。今後はこの様な事の無いようにしてくれ」

「はい、寛大な処分をありがとうございます。ガッロル様もありがとうございます」


 そう言うと、フィオナはキビキビとした動作で潔く頭を下げた。


 そもそも、ボクの叫び声が大袈裟だったせいでこんなことになったのに、そのボクに頭を下げる姿は、『自分の行動に責任を持っている大人の人』って感じがして、何だかカッコイイなと思ってしまった。


 (でも、助けようとしてくれたのに減給だなんて、何だかやるせないな……何か、ボクに出来ることはないのかな……)


 そう思いながら傍に転がる扉を見詰めていたら……


 (……あ、そうだ!)


 ……ハッと、ボクはいいことを思いついた。


「いいえ、こちらこそ助けようとして下さってありがとうございます。……あの、ところでレファス様、こちらの扉なんですが……」


 ボクはそう言いながら、扉からレファスへ移していた視線を、再び足元に転がるラボの扉へと向けると、さっき思いついたことを実行するためにサッとその扉に手をかざした。


 破壊されたその扉は、ボクのスキルによってたちまち淡い光に包まれると、逆再生のような動きを見せながら出入り口へとすっ飛ん行き、枠の中に収まると同時にバンッ!と音を立てて、蹴破られる前の綺麗な状態に戻った。


 (よし、これで原状回復は終了!っと)


 元通りになった扉に満足しながら、ボクはレファスを振り返り……


「これで元通りになりましたので、フィオナさんの減給は考え直してもらえませんか?」


 ……と、その顔ジッと見つめながら頼んでみた。


 レファスは直したばかりの扉を真剣な表情で見つめていたが、こちらに視線を移すと……


「……君がすごい能力を持っている事は分かっているつもりだったけど……今のはどういう能力だい?」


 ……と、スキルについての質問を投げかけてきた。


 あ、そうか! 正体不明の謎スキルで修復された重要施設ラボの扉なんて警戒しちゃうよね……


 その考えに至らなかったことを反省しつつ、ボクは今、行使したスキルについて説明をすることにした。


「あ、ハイ、時間を巻き戻しただけです! 『認証機能がついた扉』なんて複雑なモノ、ボクは修理できませんから! あ、元々壊れていない限り直っているはずです!」


 造形に対する専門知識を要する『復元』というスキルがあるが、ボクの知識は偏っているからこの『復元』を上手く使いこなせない。


 だから、ボクが創造した『逆行リターン』の能力スキルで、楽をして修理したので、本当はあまり聞いてほしくなかったんだけどな……


 そんな気持ちもあって、ボクはアハハと軽く笑って誤魔化した。


「いや、そっちの方が……君は本当に……」

「……?」

「いや……そうだね、ありがとう。扉も元通りに戻った事だし、フィオナの減給はしない事にするよ」


 一瞬、レファスは物言いたげな素振りを見せたが、すぐににこやかな笑顔を浮かべてそう言ってくれた。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 素肌にローブだけの格好では何かと不具合があるだろと、フィオナが用意してくれた服に着替え、再び応接室へと戻ってきた。


「お姉さま、可愛いお洋服をどうもありがとう!」


 アルは、よほどその服が気に入ったのだろう。フィオナにお礼を言いながら、嬉しそうにその場でクルリと回って見せている。

 その回転に合わせて、スカートがフワリと広がった。


「とんでもない。減給にならずに済んだ事を思えば、こんな物ではまだまだ足りません」

「あー、あの扉ね? 私はあの時は眠ってたからよく分からないんだけど、何があったの?」


 アルは、あの『翼ストレッチ』に入った瞬間に素早く意識を切り離し、すべてが終わった頃合いを見計らっていつの間にか戻ってきていた。

 だから、あの時のことは断片的にしか知らない。


 いや……まあ、いいんだけどね……アルが痛い目に合わなくて良かったよ。


「……私が勘違いして思わず……」

「? そうなんだ。でも、ガーラが元通りにしたんだから、もう気にしなくてもいいんじゃないかな?」


 言いにくそうに話すフィオナの雰囲気を察知してか、アルが素早くその話を終了させた。


「ありがとう、アルちゃんは優しいですね。ガッロ……ガーラ様もありがとうございました」


 フィオナが、アルの影に隠れているボクにまでお礼を言ってきた。


 いや……今はアルが出ているんだから、ボクの事は気にせずに放っておいて欲しいんだ。

 でも、さすがに無視する訳にもいかないか……アル、気にしないように言ってあげて……


「ん?……ガーラが『気にしなくてもいい』って言ってるよ」

「あの、……先ほどから気になっていたのですが、ガッ……ガーラ様はどうされたのですか? 随分と静かですが……」


 またフィオナが、ボクのことについてアルに質問をした。


 ボクもさっきから気になっていたんだけど、フィオナがボクのことガッロルからガーラ呼びに変えている……やっぱりあれか? 姿が変わったから?


 でも、ボク自身、まだ受け入れ難いっていうのに、そんなふうに呼ばれると落ち込んでしまう……ということで、アル、後は任せた……


「あー、なんだかショックだったみたい。今も私に任せるって言ってるし」

「そ、そうですか。あの、ガーラ様? あまりお身体のことは気にしない方がいいですよ? 下着に関してもすぐに慣れますよ」


 気遣うように告げられたフィオナの言葉は、ボクにとっては逆効果だった。


 あぁっ! 考えないようにしてたのにっ!

 女子更衣室で渡された、見慣れないヒラヒラとした頼りない小さな布を身につけるよう言われた衝撃が蘇るっ。


「……い……言わないで……ください……」

「あ、出てこられましたね。ガーラ様、少しお話する事があるのですが」


 フィオナは、今までアルに向けていた柔らかな顔から急に表情を引き締めると、真剣な顔でこちらの瞳を覗き込んできた。


「こう言ってはなんですが、あまりアルちゃんに頼りすぎてはいけないと思います」

「……なぜですか?」


 今回の件は、そもそもアルの希望でこうなっているんだから頼ったって良いはずだ。

 というか、アルが主体になったって良いはず。それなのにそんな事を言うなんて……


「今まで、アルちゃんは転生時には眠っていたとおっしゃってましたね? それは、今まで下界の空気に触れる機会が無かった、ということです」

「それじゃ、なおさら表にでたほうが……」

「逆です。アルちゃんはガーラ様に守られていたからこそ、今も存在し続けていられるんだと思います」


 フィオナの金色の瞳が、何かを見透かすかのようにキラリと輝いた気がした。


「っ、それは、……どういうことですか?」


 何だかアルが消えてしまいかねないような……そんなフィオナの物言いに、ボクの心は妙にざわついた。


 確かに、思い当たる部分はある。

 そもそも、女の子になる約束をしたきっかけも、アルの存在感が弱まった事が原因だし……


 悶々と悩み始めたボクに、フィオナがアルの現状について説明を始めた。


「ガーラ様とアルちゃんでは、心の強度が違うのです。アルちゃんの心はとても傷付きやすく脆いのです。一方、ガーラ様は頑じょ……屈きょ……と、とても頼りになる強い心を持っておられます」


 ……ん? 今、けなされたような気がしたのは気のせいかな?

 まあ、そんなつもりはないんだろうけど、それでも、人を無神経のように言わないでほしい……


「……ボクだって人並みには傷付きますよ」

「いえ、そういう意味では……アルちゃんとガーラ様は元々一人の人格で、分身によって二人の人格に分かれたのですよね?」

「そうですね」


 あの時はとても疲れていて、もう一人自分がいたらなぁ〜って感じでほぼ無意識に分身スキル使っちゃったんだよなぁ。


 そうしたらアルが出てきて……あの時はビックリしたなぁ。


 一瞬、当時の思い出に浸りかけたが、すぐに気を引き締めてフィオナの話に集中した。


「それは、弱い心を守るための防衛本能が働いたからではないか、と私は思うのです」

「防衛本能?」

「はい、下界という過酷な環境から心を守るため、弱い部分を分離したのではないかと。その弱い部分をガーラ様の中で眠らせることによって、守っていたのだと思います」

「それが、アルだっていうんですか?」

「はい。ですのでガーラ様にとってアルちゃんは、1番守らなければならない『心の重要な部分』なのでは無いでしょうか」


 フィオナに、思いもよらないことを聞かされてしまった。


 アルのことは今まで、ただ、分身スキルに失敗したものだとばかり思っていたから、深く考えたことがなかった。


「よく分かりません……でも、アルが大事なことだけは分かります」

「それが分かっていれば大丈夫です。天界ではアルちゃんを傷つける存在はいませんから大丈夫ですが、下界の荒れた環境では何があるか分かりません。ですので、下界ではいつものように、アルちゃんを休眠させることをお勧めします」


 確かにそうだ。それはボクも分かっている。だからボクも霊界のにいる間だけアルを呼び出しているんだし。


 下界の皆んなが悪い訳ではないが、やはりアルにとっては刺激の強いのもが多い。


「そうですね。……アル、聞いてただろ。下界では今回も眠ってて欲しいん……っいやよ! 今回は私も一緒に下界を見るの! 眠ってなんかいたくないもん!……っ、アル……」


 アルが、今回の下界行きを楽しみにしている事も分かるので、強く言いにくい……困ったな。


「お待たせ! 早速だけど降臨ゲートの準備が出来たから行こうか」


 ノックもそこそこに扉を開いたレファスが迎えに来たことで、一旦話が途切れてしまった。


 ゲートに向かう途中も、通信機器や神力キャンセラーの取り扱い方、擬似体としての生活の仕方など、たくさんの注意点や説明を受け、気が付けば降臨ゲートの前に立っていた。


 結局、この話はまとまらないまま僕たちは下界に降臨する事になった。

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