降臨 仕事先(下界)で、大変な騒ぎになりました①
レファスから下界での過ごし方などを細かく指示され、後は降臨ゲートを潜るだけとなった。
「下界にいる間は、このブレスレットを外さないようにするんだよ?」
ボクの腕に、黄金に輝く細身のブレスレットを嵌めながらレファスが言った。
「これは神気を抑えるアイテムだからね。もし、壊れたりしたら大変なことになるから気をつけるんだよ?」
そう言いながら、レファスがボクの頭を撫でてくる。
どうも、この体に入ってからレファスの態度が少し変わった。アルにするような過保護状態がボクにも向けられている。
「大変?……ですか? でも神気はもう大丈夫だと思うのですが……」
神気のコントロールは身につけたから、もう大丈夫だと思うんだけどなぁ。
レファスの言うことが少し大袈裟な気がしたので、そう言ったんだけど……
「その程度のコントロールじゃダメだよ、完全に遮断しなきゃ。霊界で騒動があったでしょ? あれの10倍は大変だよ?」
霊界での騒動……って、もしかして、ルーベンとリオンのこと!? あれも結構大変だったのにあれの10倍!? み、身の危険しか感じないよっ!!
「絶っ対、外しませんっ!!」
ボクは右手に嵌められたブレスレットを左手で握り込みながら、大きな声で言い切った。
「ふふふ、そうだよ。外しちゃダメだよ?」
ボクの宣言を聞いたレファスは嬉しそうに微笑みながら、またボクの頭を撫でた。
なんだか調子が狂うな……
「壊れそうになったら、いつでも帰っておいで。直してあげるから」
予備のブレスレットがあれば良かったのだが、これしか無いらしい。
神気を押さえ込むほどの優秀な性能を有した
「いいんですか? そんなに頻繁に帰って来ても……」
それだと、数日……もしかすると毎日、メンテナンスのために帰ってくることになりそうだ。
そう思って問いかけたボクの質問に、レファスは「もちろんだよ」と笑顔を向けながら答えてくる。
レファスはそう言うけど、そんな調子だと仕事にならないんじゃないのかな? だったら、ボクのスキル『
「それより、絶対自分で直したりしないようにね?」
レファスがボクの目をジッと見つめながら、釘を刺すように言った。
……何だか、ボクの考えていることを読まれているような気がする。
スキルで直せばすぐ使えるのに……何でだろう?
「それは、スキルを使うなってことですか?」
「そうだよ、せっかくアイテムで押さえている神気が溢れ出しちゃうからね」
あ、うん……神気が溢れ出したら元も子もないね。素直に帰ることにしようかな。
あと、スキルに関しては……まあ、大丈夫かな? 今までのように地味〜に過ごせばいいってことだもんね。
「分かりました。向こうではスキルは使わず、天界の威厳を損なわないよう行動し、翼の運動も欠かさないようにします!」
「うん、よく出来ました。偉いね」
また、頭を撫でられてしまった。……本当、どうしたんだろ?
「それでは、行ってきます」
レファスに軽く挨拶すると、円形に口を開いた降臨ゲートに向かって足を踏み出した。
後で思ったことだけど、この時、ボクはもっと慎重に行動するべきだったんだ。降臨ゲートは初めての経験なのに、すっかり油断していた。
もちろん、頭では分かっていたつもりだったけど、いつもと変わり映えのない転移ゲートだったから、何の心構えも無くフラリと潜り抜けちゃったんだ。
行き先は馴染みのあるルアト王国だし、赤ん坊じゃないから自由に動くこともできるから……ってね。
それに、ギラファスの捜索も、トルカ教団のアジトに第三騎士団や砦周辺って目星がついていたから、そこに神気探知機をセットするだけでよかったし。
そうすれば、しばらくの間はのんびりと過ごせる。
……そんな気の緩みがあった。
こんな事になるって分かっていたら、もうちょっと慎重に行動していたのに……
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
降臨ゲートを潜った先で、真っ先に目についたのは真っ白な空間だった。
白亜の神殿、その礼拝堂。
見上げれば、現世の人たちの想像する天界の世界観が、躍動感溢れる天井画として描かれている。
その荘厳たる空間では、多くの人達が祈りを捧げている真っ最中で……祭壇上空にいきなり現れたボクを見て、全員、固まってしまってる。
もちろんボクも……
無言で見つめ合うボクと、たまたま礼拝に来ていた人達。
祭壇脇に立っていたお爺ちゃん司祭様が、今にも天に召されそうな感じにふらついてる。
降臨ゲートのオプション機能『後光の煌めき』が、背後からチラチラとボクの目に入ってくる。
きっとボクは今、その光の中心に佇んでいるような、そんな演出になっているのに違いない。
さらに、その幻想的な光に合わせて、柔らかな効果音が辺りを包み込んでいて……
……ちょ、……ちょっと待って!? 聞いてない! 聞いてないよ!? コレ、すごく目立ちまくってるよっ、どうなってるの!? レファス様っっ!?
今までの、ボクの地味人生とは真逆のド派手な登場のに、どう振舞ったらいいのか分からない。
真面目で国際的な大舞台にいきなり引きずり出されて、バンッ!!って感じでスポットライトを当てられてしまった気分だよ。
よりにもよって、ここはルアト王国一の礼拝堂。その室内は空席どころか立ち見状態の人達までいる混雑具合だ。
皆んな、固唾を飲んでボクに注目している。
な、何か言わなければ……こんにちは……は違う、初めまして? お邪魔します?……何か違う、威厳……そう、威厳のある感じ……
よく来たな、信者たちよ! 我を崇めるがいい!……とか? ち、違うっ、これは魔王のセリフだっ。
じゃあ、このまま無言はどうだろう? シンと静まった礼拝堂、身じろぎ一つ許されない戦いが始まる、な〜んてね……って、現実逃避している場合じゃなかった! ど、どうしよう……
呆然としていた人達が、徐々に意識を取り戻し始め、あちこちから囁き声がし始めた。
『女神様』とか『天使様』とかいう声に混じって『シューハウザー』という声が聞こえてきた。
えぇっ!! バ、バレた!? 降臨一分で身バレした!? 何でぇ!?
(ねぇ、ガーラ。この人たち、ここで何してるの?)
パニック寸前のボクに、アルが心の声で話しかけてきた。
そうだった。今回はアルも一緒だったんだ! おかげで少し冷静になれたよ。
(な、何って……礼拝堂だから、皆んな祈りを捧げにきてるに決まってるだろ?)
アルにそう答えながらも、何だかおかしい点に気がついた。
いくらなんでも人が多すぎる気がする……
一応、ボクは天界からの
そんなボクの一挙手一投足に皆んなが注目しているから、天界の代表として下手な行動は取れない。
なるべく威厳を損なわないよう、ゆっくりと視線を巡らせた。一点を見るのでは無く、全体を見るように焦点を合わせる。
広いホールに、ほぼ隙間なく並んだ人たちを、右から左へと視線を移しながら記憶する。
意外に見知った顔ばかりだったのでびっくりした。第三騎士団の面々だけじゃなく、第一、第二の騎士団長まで並んでいる。
それにボクの……生前の家族もいた。なんとなく、顔を合わせづらいな……
あっ、国王様。それに宰相もいる……姫さまの事もあったのに出歩いて大丈夫なのかな?
護衛騎士に囲まれてはいるけど何があるか分からないから、なるべく外出は控えるべきなのに、それを押してまでここにいる理由はなんだろう?
そんなことを考えながら、ホールの様子を伺っていた時だった。
不意に、宰相の傍らに控えていた人物から強い視線を感じた。
その視線に引っ張られるように、それこそ無意識のうちに、その人物へとボクの焦点が絞られた。
そこにいたのは……
(っ!! ヴ、ヴァリター!?)
宰相の隣に控えて、強い視線を送っていた人物の正体は、第三騎士団・副騎士団長のヴァリター・レッツェルだった。
レッツェル子爵、ましてや次男の彼は、宰相との繋がりなどなかったはず……昇進して護衛騎士になったのか?
色々と気にはなったが、彼はボクの生前の部下で、無口ではあるが決して悪い奴ではなかった。
馬が合う?って言ったらいいのかな? 上官と部下の関係じゃなかったら、きっと親友になれていたんじゃないかと思う人物だった。
その彼が、どういうわけか今はボクに向かって鋭い視線を向けていた……
ボクに付着していたギラファスの神気。もし、これがヴァリターから発せられたものだとしたら、ボクはかつての部下と戦うことになるのかな?
(そんな事はしたくないな……)
少し寂しさを感じながら、ボクはヴァリターを見つめた。
とはいえ、いつまでも
そこで、ボクは見つけてしまった。祭壇前に置かれた国旗の掛けられた棺桶を……
ドキンとした。あまりにも近すぎて分からなかった。
まさか、王女様が?……いや、あれは大人用だ。それに、王女様には
……じゃあ、あれは……誰だ?……もしかして……あれは……
さっきから動悸がおさまらない。
(ガーラ? 大丈夫? すっごく動揺してるけど……あれって何なの?)
(あれは、……多分、……ボクだよ)
(えぇっ!……わ、私が表に出よっか?)
(……その気持ちだけで十分だよ。ありがとう、アル)
とは言ったものの、自分の葬儀に出席することになるなんて初めての事だ。
ボクは静かに祭壇前に降り立つと、複雑な気分のまま棺へと近づいた。
(アル、少しの間だけ隠れててくれないかな?)
(……うん、終わったらすぐに呼んでね?)
アルが休眠状態に入ったことを確認してから、ルアト王国流のお別れの作法に則って棺の小窓を開けた。
そこには、……血の気の失せた顔で眠っている自分がいた。
覚悟はしていたつもりだったが、想像以上の衝撃だった。
本人がこんなにショックなんだ。皆んなに与えてしまった心の傷は、どれほど強烈だったんだろう。
なんとか作法通りに祈りを終えると、ボクは静かにその小窓を閉じた。
振り返って国王、続いて参列者に向かって一礼すると、ボクは退出口へと歩き出した。
急ぎすぎず、遅すぎず、神秘的な感じを保てる最速で出口を目指す。
「……ぉ、……お待ちください!」
あと数歩、というところで呼び止められてしまった。
クッ、……もう少しだったのに……『静かにフェードアウト作戦』は失敗だ。
ボクは、神秘的な感じに見えるよう、ゆっくりと振り返った。
呼び止めたのは国王様だから無視するわけにはいかないしね。
「貴方様は、この、ガッロル・シューハウザーを蘇らせるために降臨されたのではないのですか?」
……まあ、そう思っちゃいますよね。
国葬の最中、祭壇から光と共に降臨した天使。後光の煌めきと、安らぎの音色付きのド派手な登場。
民衆の祈りが天に届いた!……ってなっちゃいますよね……
「………………ご、……」
「?……ご?」
「……ご、ゴメンなさい!!」
ビシッと両手を体の脇につけ、風が起こりそうな勢いで腰を直角に曲げて頭を下げた。
(もう無理だ、ゴメンなさい! 天界の威厳が崩れてしまっても、これ以上皆んなを騙すような行動はできませんっ……なぜなら、Lv.がっ! Lv.が付かなくなっちゃうから! Lv.が落ちるような行動はとりたくないんです! 分かってください、レファス様!)
目の前の人たちと天界のレファスに対して、ボクは同時に謝罪した。
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