降臨 仕事先(下界)で、大変な騒ぎになりました②

 ——(ヴァリター視点)——


 あの時から、俺の心は死んでいた。

 王女を俺に託し、安心したように事切れてしまった『あの人』と共に……


 確かに、俺の心は死んでいたんだ……『あの人』が祭壇の上空に現れるまでは。


 信じられなかったが、俺には一目で分かった。祭壇上空に現れた天の使いが『あの人』であるということに。


 その根拠は姿形などではない。魂の輝きが『あの人』と同じだったからだ。


 同時に、怒りに似た感情が俺の中で暴れ回る。


 なぜ、一人で行ってしまったのか!

 なぜ、相談してくれなかったのか!

 知っていれば……知っていれば、俺は貴方を全力で止めていた。


 (あの人は、騎士団長という団員たちを導く立場にありながら、いつも奥床しい雰囲気を漂わせた控えめな人だった……)


 そう思いながら、俺は祭壇上空の、煌めきに包まれた『あの人だった』人物を見つめた。


 『あの人だった』人物は、前世同様、その魂の輝きそのままの美しい姿をしている。


 しかし、控えめとは真逆の艶やかささえ感じるその姿に、やはり変わってしまったのかと、……別人になってしまったのかと落胆した。


 『俺の知るあの人ではない』という事実に憤りを感じ、思わず『あの人だった』人物に鋭い視線を向けた。


 すると、フワリとした視線を民衆に投げかけていた『天使となったあの人』と目が合った。


 その視線には、何故か強い哀愁が漂っていた。


 どれほど目が合っていたのだろう。『あの人』に不意に視線を逸らされて、俺はハッとした。


 何故この群衆の中、俺にだけ視線を……?


 (まさか、とは思うが……俺のことを覚えて……いる……のか?)


 その可能性に戸惑う俺をよそに、祭壇前に降り立った『あの人』が少し躊躇ってから棺の小窓を開けた。


 僅かに体を震わせると、青い顔をしながらも礼法通りに祈りを捧げ、国王、参列者へと礼をして、静かに退出口へと向かう。


 歩き去るその姿は、自分が知らない神秘的な空気を醸し出している……


「……ぉ、……お待ちください!」


 国王の声に、『あの人』がその歩みを止めた。


 ゆっくりと、ミステリアスな空気感を漂わせながら振り返った『あの人』は、やはり俺の知らない神々しい上位者の空気を纏っている。


 (やはり別人……気のせいだった……のか……?)


「貴方様は、この、ガッロル・シューハウザーを蘇らせるために降臨されたのではないのですか?」


 国王が、期待に満ちた声音で問いかけている。


 残念だが、それは無理だ。『あの人』の魂は、既に目の前の人物となってしまっている。


 だが、俺のように『魂の輝きを見分ける』ことの出来ない人々に、が分かるはずもない。


「………………ご、……」


 微かに聞こえてきた声も別人のもの……やはり、『あの人』は永遠に失われてしまったのだ。


 期待が大きければ失望もまた、それに伴う。もう、やめよう……


「?……ご?」

「……ご、ゴメンなさい!!」


 突然、『あの人』が、ビシッと両手を体の脇につけ、風が巻き起こりそうな勢いで腰を直角に曲げて頭を下げた。


 こ、これはっ!?


 今まで、『あの人』から漂っていた神秘的な気配や空気感が一気に消え去った。

 代わりにこの場を包み込むのは、俺のよく知る清楚で奥床しいものだ。


 それに、あの体のキレ、体の角度、手の位置に至るまで見覚えのあるあれは、……あれは!


 (第三騎士団名物! 団長の平謝り!!)


 間違いない!! あの人はガッロル・シューハウザー本人だ!!


 じっとしてなどいられなくて、俺は勢いよく立ち上がると、頭を下げ続けている団長の元へと駆け出した。


 他にも、第三騎士団の何人かは天使の正体に気付いたようだが、今ひとつ決め手に欠けているようで動けずにいる。


「シューハウザー様!!」


 走り寄りながら叫ぶと、あの人は体をビクつかせて顔を上げた。


「っ!? ヴ、ヴァリター……」


 天使が、俺の名を弱々しく呟いた。もう、間違いない!


 『あの人』だ! 俺の大切な『あの人』自身だ!


 こんな思いは二度と御免だ! 今度は……今度こそは失うわけにはいかない。それが、あの人の意に沿わない事だとしても……俺はもう、遠慮などしない。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 ——(ほんの少し、時を戻した礼拝堂)——


 ボクはこれ以上、皆んなを騙すような振る舞いが出来ず、必殺技の平謝りを繰り出したまま固まってしまっていた。


 こ……これから、どうしよう?


 謝罪はしたが後が続かない。

 今まで目立つことなどせず、無難にやって来たことが仇になってしまった。


 圧倒的に経験値が足りない。こんな時の切り抜け方が分からないよ。

 国葬に水を差す形になっちゃったから、これで終わり……ってわけにはいかないよね? 『何しに来たんだ!』ってなっちゃうよね?


 それじゃあ、正直に話す?


 ダメだ! 誓約書の内容に引っかかっちゃうよ。


 なら、逃げちゃう?


 それもダメだ! Lv.が下がっちゃうよっ!

 何か、……何かないかな? 嘘つかないで済む方法は……


 床を見つめながら、ここからの離脱方法を考えていた時……


「シューハウザー様!!」


 聞き覚えのある声に、体がビクッと反応してしまった。


 (まさか!?)


 恐る恐る顔を上げると、参列者の間を擦り抜けながら、こちらに駆け寄ってくる一人の騎士と目が合った。


 さっきまでの鋭い視線とは違う、今にも泣き出しそうな顔で駆け寄ってくるのは……


「っ!? ヴ、ヴァリター……」


 な、何でバレているんだ……!?


 今のボクの見た目は、自分で言うのもなんだけど、結構かわいい感じの仕上がりで以前の面影は一切ないはずだ。しかも、性別まで違うのに。


 ヴァリターがボク、『シューハウザー』の名を呼んだことで、第三騎士団の皆んなが人を掻き分けるようにして、こちらへやって来ている。


 参列者の面々も何かを察したのか、大声を出したり立ち上がったりと、騒めきがどんどん広がっていく。


 為す術もなく立ち尽くすボクの前で立ち止まったヴァリターは、荒い呼吸のまま……


「な、何故っ、あの時、一人でっ、い、行ってしまわれたのですかっ」


 声を詰まらせながら詰め寄ってきた。


「わっ、悪かった、その件に関しては本当にゴメン、ゴメンなさい。迷惑をかけてしまって……」


 どう謝っても足りないほどの迷惑をかけてしまった。

 そのことを、自分の葬儀を目の当たりにして初めて知った気がする。


「あ、貴方という人はっ、俺がっ、どれだけっ……」


 そこからは言葉にならず、ヴァリターはボロボロと涙を流し出した。


「うぁ!? そ、そんなに泣かないで!? ほっ、ほら! 姿は違うけど、ボクはこうして……」


 そこから先の言葉を口にすることは出来なかった。


 何故なら、ボクはヴァリターに強く抱きしめられてしまったから……


「ヴァ、ヴァリター!?」


 小刻みに震えながらボクに縋り付くヴァリターに、ボクはどんな言葉を掛ければいいのか分からなかった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「へ〜、そんな事になってたんだ」

「しーっ、……アル。声が大きいよ。皆んなアルのこと知らないんだから驚かせちゃうよ」


 生前の実家、シューハウザー家の自室のベットで横になりながら、今日の出来事をアルに話して聞かせていた。


 あの後の礼拝堂は、想像通りの大騒ぎになった。


 国葬から復活祭に様変わりしてしまい、騎士団員たちに揉みくちゃにされた後、前世の両親から窒息しそうなほどの勢いで抱きしめられた。


 もちろん大号泣で。


 国王様からは、王女救出に対する礼と褒美の話をされたが、もちろん褒美に関しては辞退させていただいた。


 あんなに立派な葬儀をしてもらったのに、褒美まで受け取るなんてできないからね。


「で、これからも天界と下界を行き来することになるから迷惑をかけるかも、ってとこまで話せたからよかったよ」


 予め報告しておけば、今日みたいに突然現れても、お互い少しは落ちていられるはずだしね。


「ホントね〜。いい感じに丸く収まってよかったわ。あとは、私のこと紹介してくれるとすべて解決ね!」


 ウフフ、楽しみ〜、……って、いや、その、……アル?


「えっと、……紹介って……だ……誰に?」

「誰って、皆んなよ。ガーラの知り合い全員によ!」


 アルの、当然でしょ!といった感じの物言いに、薄っすらと額に汗が浮かぶ。


「い……いや、別に紹介しなくてもいいんじゃないかな?」


 紹介なんかしなくても、今みたいに覚醒してるだけで充分なんじゃ……


「ダメよ! そうじゃないと自由に表に出ていけないじゃない!」

「皆んなの前に……出る……」


 皆んなの前……前世の両親、かつての同僚、その前で『キャッ』とか言っちゃう自分……


「そうよ! 今日はもう遅いから明日でいいからね? まずは、下界のお父様とお母様、お兄様たちでしょ? 次はガーラの勤めてた騎士団でしょ〜! あっ、その前に国王様にもご挨拶しなきゃ! そうしたら次はーー」


 アルの暴走が始まった!? 一度火がつくと収まらないやつだ!


「ちょちょちょ、ちょっと待った! アル、お願いしますっ、それだけは許して!? これ以上騒ぎを大きくしたくないんだ! 今日のことだけでも国中が大騒ぎなのに、その上、アルの事までなんて……」


 王国が騒がしいのは事実だけど、本当は……ボクが、は、恥ずかしいから……


 曲がりなりにも騎士団長を勤めてたのに、部下たちの前で女子力全開トークはしたくない。

 いくらお飾りだったとしても、ボクにだって元上官としてのプライドがあるんだよ。


「それじゃ結局、今までとあまり変わらないじゃない! 私だってガーラの一部なのに!!」


 そう叫んだアルの心が、急に不安定なものに変わった。今にも壊れてしまいそうなほど大きく揺れ動いている。


 あっ!? そうだった! フィオナに言われてたんだ! アルの心はとても傷つきやすくて脆いって。


「あうぅっ、わ……分かった……分かったから落ち着こうか? とりあえず明日の朝、父さんと母さんに話すって事で納得してくれないかな?」


 仕方ない、アルのためだ。ボクが我慢すればいいだけ……はぁ、また羞恥プレ○確定か……

 父さんたち、ビックリするだろうな……息子の口から『キャッ』なんて……


「もうっ、仕方ないわね〜。ガーラがそこまで言うなら私が折れてあげる! でも、絶対、皆んなに紹介してね?」


 折れてあげるって……ボクの方が折れてるはずなのに……

 でも、おかげでアルも安定したし……まあ、いいかな?

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