まさかの展開!?①

 ティーカップに新たな紅茶が注がれて、芳醇な香りに満たされた応接室。


 その、豊かに香り立つ紅茶に手を付けることもなく、ソファーに横並びに腰掛けて、ボクに宿のアルが、レファスと楽しげに談笑を交わしている。


「ねえ、パパ。ここ一世紀ほどの天界ファッションは、まだ『フェアリー's』が主流なの?」

「そうだね、最近は『エンジェリーナ』に押され気味だけど、やはり天界最大手のファッションブランドだから、すぐに巻き返すんじゃないかな?」

「そっかぁ〜、新手の『エンジェリーナ』ブランドも気になるけど、やっぱり女の子の憧れは昔から『フェアリー's』よね!」


 (ふぇありーず? それって、アルが好んでよく集めている少女趣味な洋服のこと?)

 (ガーラごめん、ちょっと静かにしてて? 今、いいところなの!)


 心の中で話しかけたら、アルに叱られてしまった……


 あの後、『パパ』呼びの許可を得るほどにレファスと意気投合したアルは、現在、ボクには全く分からない『天界のファッションブランド』の話で盛り上がっている。


 一方ボクは『お喋りに集中したいから静かにしてて?』というアルのお願いを聞き入れて、体の主導権をアルに譲って口を噤んでいる。


 ボクが『スキル』や『Lv.』の話でランスと盛り上がったのと同様、アルも自身の趣味である『ファッション』について思い切り話せるこの状況が嬉しくてたまらないみたいだ。


 その気持ちは分かるんだけど、さっきからアルがはしゃぐ度に『きゃっ!』なんて言いながらボクは可愛い仕草を取らされていて……、ぐうぅ、この状態って一体いつまで続くんだ。


 そうこうしている間にも、二人の会話は進み……


「それに『フェアリー's』はこの秋、新しくアクセサリー部門を立ち上げるそうだから、業界では今、凄く注目を集めているよ」

「キャッ! 『フェアリー's』ってアクセサリー部門にも進出するの!? イヤ〜ン! 絶対欲しい〜!」


 レファスが『フェアリー's』の『アクセサリー部門進出』へと話題を振ったことで、アルが歓喜の声を上げた。


 (ぐあぁっ、まただ! 今度は『イヤ〜ン!』なんて言っちゃたよぉ)


 ボクはアルに操られる形で両手で頬を押さえると、『体をくねらせながらオネエ言葉ではしゃぐ細マッチョの青年』という、かなりシュールな姿を晒してしまった。


 そんなボクを、不死鳥のフィオナが壁際で存在感を消しながら静かに見守っている。……し、視線が痛い。


 そんなに嫌なら『分身』するか断れば?って思われそうだけど、そういうわけにもいかない。


 だって、アルの存在感が薄まったそもそもの原因が、『分身』させられそうになった『精神的ストレス』だからね。


 だから、アルにストレスを感じさせないよう、今の『融合状態』を保ったままで『アルの願い』を聞いてあげないといけないんだ。


 分かってる……分かってはいるんだけど……くうぅ……


「——でもね、パパ! ガーラったら、ず〜っと男の子にばかり転生するんだもん。私、それがすっごく嫌だったの!」


 ボクが、『理性と感情の狭間はざま』で葛藤しているうちに、アクセサリーの話で盛り上がっていたはずのアルが、ボクに対する愚痴をこぼし始めた。


 どうやら、そのアクセサリーを活かすことができない現状に、アルの不満が溢れ出してしまったみたいだ。


「そうだったんだね。うん、それは嫌だったね」


 そんなアルの心情に寄り添うように、レファスがとても柔らかな声でアルのことを慰め始めた。


 それについては、ボクも少しは悪かったと思う。

 だけど『女の子』だと、女人禁制とかで『聖域』(経験値倍増ポイント)に入れなかったりするんだよね……


 でも、それを言うと『そんなことで『女の子』になれなかったの!? この、Lv.オタクッ!!』……なんて怒られそうだ。


 やっぱりここは、言い訳するのは諦めて大人しくしていよう……


「一度くらい、女の子になってくれてもいいのにね?」

「そう! そうなの!!」


 レファスの慰めに勢い付いたアルは、拳を握りしめながらソファーから立ち上がった。……が、すぐ脱力したように座り直した。


「でも、私は分身体だから……、だからガーラの中で大人しく眠っているしかなくって……」


 そう言うと、内股になりながら弱々しく項垂れ、どことなく憂いを帯びた庇護欲をそそる可愛らしい仕草で、シュン……と落ち込んで見せた。


 (ア、アルゥッ! この仕草っ、ボクがやっているってこと、忘れてない!?)


 ボクは、分身体のアルのように意識を切り離して眠りにつくことが出来ない。

 だからどうしても、このアルの一連の言動や行動に振り回されてしまう。

 

 ということで、ボクのライフ精神力は、そろそろ限界なんだけど!?


「辛かったね、アルちゃん。でも、今度は、女の子になる約束をしてもらえてよかったね」


 レファスは、穏やかで落ち着いたバリトンボイスを響かせながら、アルの頭をやさしく撫でた。


 頭を撫でられたアルは、そんなレファスを潤んだ瞳でじっと見つめたかと思うと……


「うん!!」


 ……と、弾ける笑顔を向けながら、可愛らしくレファスに返事を返した。


 グハアッ!! も、もうダメだ、これ以上は耐えられない!


「ぐっ、ぬうわぁーっ! 限界だ! アル、ちょっと待って!」


 あまりの恥ずかしさに、自分を抑えることができなくなったボクは、思わず大声を出してアルの行動を止めてしまった。


「レ、レファス様、すみません! ちょっと、時間をくださいっ!」


 言うが早いか、ボクは赤く染まった顔を覆い隠すようにテーブルに突っ伏すと、気持ちを落ち着けるために、深呼吸をしたり瞑想を試みたりしてみた。


 けれど……困ったことに、恥ずかしさは一向に収まりそうもない。


「ふふふっ、大丈夫かい? ガッロル君。いや、これからは女の子として慣れないといけないから、『ガーラちゃん』って呼んだ方がいいのかな?」


 そんなボクの様子を楽しそうに見つめていたレファスが、揶揄からかうように軽口を叩いた。


「……勘弁して下さい。今回の転生が終わったら、また男に戻るつもりですから」


 ボクは突っ伏した状態のまま、首だけ動かして横を見ると、面白そうにボクを見つめているレファスにジト目を向けた。


 天界の高官に向かって、かなり失礼な態度を取ってしまったわけだが、そんなボクの振る舞いなどレファスは全く気に留める様子もなく、逆にちょっと申し訳なさそうに首を傾けて困ったように笑うと、ボクの言葉を否定してきた。


「ん〜〜、ちょっと無理かなぁ。残念だけど、次のは『転生』じゃなくて『降臨』だからね。……もう、変更は効かないんだよね〜」

「……ぅえっ!? 」


 想像もしていなかったことを言われて、ボクは素っ頓狂な声を出しながら慌てて跳ね起きた。


「へっ、変更が効かない!?」(う、 嘘だよね!?)

「申し訳ないんだけど、転生だと、どうしてもロスタイムが生まれちゃうからね。赤ん坊から、なんて悠長なことしてられないし。だから、君には『天の使い』として地上に降りてもらうつもりなんだよ」


 『ボクの解釈が間違っているだけかも……』という淡い期待も虚しく、レファスは『性別固定は当然のこと』とした上で、話を続けた。


 つ、つまり、天の使いとして降臨すると、それ以降は転生による『性別変更』ができない……ってこと?


「アア、ア、アルっ、お願いがっ……「ッ絶対ダメェー!!」……うぐぅっ」


 性別の件をお願いしようと、ボクが声を震わせながらアルに話し掛けた瞬間、『問答無用!』とばかりに、アルに激しく拒否されてしまった。


 ゔうっ、話くらい聞いてくれても……


「まあ、良いじゃないか! そもそも、分身スキルで生まれたのがアルちゃんだってことは、君の本質は元々『女の子』だったんじゃないのかな?」

「そ、そんなはずは……」


 レファスは『女の子も良いものだよ?』と言うと、爽やかに笑いながらボクの肩を軽く叩いた。


 何だか、納得のいかない推理で、レファスに話をまとめられてしまった気がする。


 2:1の、そんな劣勢な状況を打開したくて、ボクは、壁際で存在感を消して佇むフィオナをジッと見つめた。


 だけど、フィオナからは同情の眼差しを向けられた後、静かに目を閉じられてしまった……ゔうっ……

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