アルの秘密③

 ——やはり……早めに元(?)に戻った方が良さそうだ——


「アル、誓約書に署名も済んだことだし、そろそろ体から出ておいで」


 ボクは掌を上に向けてアルを体内から呼び出そうとした……んだけど……


「えっ、もう? そんなのヤダッ! せっかく体に戻ってるのに! ガーラは私のこと追い出したいの? そんなに私が嫌いなの!?」


 ……アルに激しく拒否されてしまった。

 正直、ここまで嫌がるとは思わなかった。


 (うぅ、こんなに体から離れたがらないなんて……。もしかして、融合が進んでる……とか?)


 アルは元々、スキルの力で作り出したボクの分身体だ。

 スキル『分身』は、本来、全く同じ姿、思考を持った『もう一人の自分』を作り出す能力で、融合もスムーズに行われる。


 しかし、転生を始めたばかりの頃、そのスキルで初めて呼び出したボクの分身——アルは、どういうわけか、性格も性別も全くの真逆だった。

 しかも半透明な、いかにも頼りない姿をしていた。


 その姿を見て、ボクは慌てて融合しようとしたんだけれど、アルはボクの中で独立したまま自我を保ち続けていて……。

 結局、融合は上手くいかなかった。


 それ以来、転生中はボクの体内で眠っていてもらい、霊界に帰ってきたほんの僅かな間だけ、妖精の姿で呼び出している。


 もちろんアルの事はとても大事に思っている。

 だけどそれは、自分の家族に向けるような感情であって、アルを自分自身として認識するにはやはり抵抗があった。


 だから、今まで転生の度に眠ってもらっていたのだ。


「アル、そんなに抵抗しないでよ。アルが嫌いなわけじゃなくて、ただ、その、……これは、ボクの精神状態の問題ってだけだから」

「やっと、私のことを受け入れてくれたと思ったのに……私だって……私だって、今まで男の子の体でも受け入れて来たんだから、ガーラも受け入れてくれたっていいじゃない……」


 悲しい感情を伝えてきたアルは、そう言ったきり静かになってしまった。


「ごめん、アル。……で、でも、アルだって今のこの体は嫌だろ? だから……」


 そう言いかけた次の瞬間、急激にアルの存在感が弱くなっていくのが分かった。


「?……アル?……アル!? えっ、アル!?」


 必死の呼びかけにも全く答えない。こんなことは初めてで狼狽えてしまった。

 ボクは胸に手を当てて、必死にアルの名前を呼び続けた。


「アル! アルッ! しっかりしろ! 返事しろっ!」


 アルが、……アルは、このまま消えてしまうのでは……

 そんな嫌な予感が脳裏をよぎる。


「えっ、アルちゃんっ!? どうしちゃったんだい!? アルちゃん!? 返事して!」


 状況を把握したレファスが慌ててソファーから立ち上がり、傍らまで駆け寄るとボクの両肩を掴んでアルに呼びかけてくれた。


「わっ……分かったから!! このままでいいから、消えるな!  戻ってこい! そ、そうだ、アル。次の転生は女の子になってやるから! だからっ……」


 呼び戻すことに夢中で、ボクは深く考えず、咄嗟にアルの喜びそうな事を言った。

 途端に、アルの意識が浮上してくるのが分かった。


「本当っ!?  ガーラ! 今さら辞めたなんて言わないでよねっ!」


 さっきまでの喪失感が嘘にようにアルが表に現れた。もしかして……隠れていただけだった?


「アルちゃん、大丈夫かい?  記憶が曖昧あいまいだったり、体調に変化は無いかい?」


 心配そうに顔を覗き込んでくるレファスに対して、アルは目をパチクリさせると呑気な感じで答えた。


「ん〜、多分、大丈夫? 心配してくれてありがとう……」


 そう言うと、アルは物言いたげに上目使いでじっとレファスを見つめ始めた。


 大丈夫そうなアルの様子に安堵したレファスは、穏やかな声でアルに問いかけた。


「ん? どうしたの? 何か言いたいことでもあるのかな?」

「えへへ、こんなこと言ったら変かもだけど、なんだか、……お父さんがいたらこんな感じかな〜って思っちゃった♪」


 肩をすくめて小首を傾げ、はにかんだ笑みを浮かべたアルの可愛いポーズが目に浮かぶ……。


 ただし、『それ』をやっているのが自分だという事実から逃避したくて、ボクはただただ、心を無にして沈黙を貫くことにした。


「ああっ! アルちゃん!  いいよ、いいよ、お父さんと呼んでッ! 今日からボクが君のお父さんだよ〜!」


 レファスが、歓喜の声を上げながらアル (ガッロル) のことを抱きしめた。



 ◇◆◇◆◇



 その様子を静かに見守っていたフィオナは気付いていた。

 この一連の騒動が、アルの計算の基に行なわれているということに。


 ( 流石だわ……アルちゃんは男を手玉に取る小悪魔系女子ね! しかも、おじさまキラーだわ!)


 アルの新たな能力が発覚した瞬間だった。

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