アルの秘密②

 ——手で、座るよう促されはしたが、レファスは表情の読めない顔でジッと書類を見つめ続けていた——


「……レファス様?」


 誓約書から顔を上げたレファスは、先程までの表情が何かの見間違いだったかのように、元のにこやかな笑顔を向けてきた。


「さあ、待たせたね。それじゃ仕事に関する詳細を話そうかな。フィオナ、君も一緒に聞いていなさい」

「はい」


 壁際にいた不死鳥フィオナが歩み寄り、レファスを守護するようにその背後に控えた。


「さて、君たちに探してもらいたいのは下界に逃げた天界人、名前はギラファス。当時の姿はコレだけど、まあ、今は当てにならないかな」


 テーブルの上に差し出された3Dホログラム装置には、冷たい眼差しをした神経質そうな壮年の男性が映し出されている。


 背中の中ほどまで伸ばした輝きを放つ紫色の髪をした人物の姿は、下界ではかなり浮いて見えることだろう。


「まだ、天界が王制だった頃に宰相を務めていた男で、罪状は傷害に誘拐だよ。生まれたばかりの王女を攫って下界へ逃げたんだ」


 どこかで聞いたことのある話に、体がピクリと反応してしまった。


「幸い、王女を保護することには成功したんだけど、さっきの話にも出たように、下界に大きな影響が出てしまってね。当時、その指揮を取っていた国王が責任を取る形で王を退しりぞいて王政の解体を行ったんだ。で、今の政治体制になったんだけど、ギラファスは未だ逃亡中で事件は未解決のままだったんだ」


 王女は無事だが、犯人は未だ確保できていない……

 ルアト王国と酷似している状況だ。


「ところがつい二日前、突然ルアト王国から天界人特有の神気を検知してね。捜査の結果、そこで神気同士の衝突が起こっていたことが分かったんだ」


 レファスはここで一旦話を止めると、カップに手を伸ばした。

 紅茶をひと口だけ飲むと、少しだけ表情を硬くして再び話し出した。


「……で、君がここに呼ばれた理由に繋がるんだけど、君の亡くなった時間と場所が、神気の衝突現場とほぼ一致するんだよ。更に、君からギラファスの神気の残り香が認められた。つまり、……君……、ギラファスと接触してるよ? 何か心当たりは無いかな?」

「えっ……?」


 (あ、あの時に……接触……?)


 あまりの衝撃に思考が停止してしまったが……


「私は、ずっと眠ってたから分からないわ〜(ハッ!?)」


 ……緊張感の無いアルの言葉で、停止した思考が戻ってきた。


「そうなんだね、アルちゃん。君が怖い目に遭わずに済んでよかったよ。うん、じゃあガッロル君はどうかな?」

「!!えっ? あっ、はい……」


 心が騒ついてしまって頭が回らなかったけれど、ボクはレファスに促されて、当時の状況を思い出そうと努力した。


 (神気の衝突……って事は、あの時にはボクはもう神気に目覚めていたのかな? でも、何がどうなって……っ、いや、いったん落ち着こう)


 ボクは一呼吸置くと、順序立てて考えてみることにした。

 まずは、神気衝突事件の概要から……


 初め、ボクは砦内で事切れた。

 ということは、ここが神気の衝突現場だ。

 衝突っていうからには、せめぎ合う何らかの力があったはず。


 (衝突、つまり『力と力のぶつかり合い』……考えられる可能性は……)


 ボクが思い当たる力は、姫さまにかけたスキル『完全防御パーフェクトバリア』くらいだ。


 これを破ろうとした? 姫さまを狙うトルカ教団? いや、ボクが襲撃を受けた現場は、砦からはかなりの距離があった。やはり砦の中で?

 ……ま……まさか!


 ボクは、思い至った犯人像に冷や汗が止まらなくなった。


 (死の直前に近くにいたのは数名の部下。中でも最も近くにいたのは……。

 ボクは、救い出した姫さまを危険人物に託してしまったのか? い……いや違う! アイツはそんな奴じゃない!……し、しかし……)


「ガッロル君のその様子だと、心当たりがあるみたいだね」

「い、いや、アイツは違うっ! きっと他の誰かだ!!……っ、と……思います……」


 心が騒ついていたせいで、荒れた口調になってしまった。


「うんうん、いいんだよ。それを確かめるために下界に行ってほしいってことなんだし」


 レファスは、なだめるような優しい口調で、ボクの無礼な発言をサラリと受け流して許してくれた。


「すみません、取り乱しました。……そうですよね、行ってみれば分かることですよね……」


 ボクが力無い笑みを浮かべながら、そう答えた次の瞬間……


「ガーラ! 大丈夫よ! 今回は私がついてるわ!……っ、アル……いま出てくる?」


 ……場の空気をぶち破るような満面の笑みでアルが告げた。


 アルに振り回されてコロコロと変わる自分自身の行動に、ボクは右手を額に当ててガクッと項垂れた。


 客観的に見ると、ボクはさっきから『一人二役』の大いなる独り言を言っている状態だ。


 ——やはり……早めに元(?)に戻った方が良さそうだ——

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