アルの秘密①

「つまり、ガッロル君とアルちゃんは同一人物って事なのかい?」


 ボクは、今ひとつ信じられないといった顔をしているレファスに対して深くうなずいた。


 頷きながら、テーブルの上に一枚だけ残されていたクッキーに手を伸ばすと、無意識のうちに口に放り込んでいた。


 (あ! コレ美味し……って、そうじゃない!)


 感化されている……


 アルには喋らないよう言ったので、一見すると何も変わらない様に見えるだろうけど、精神的浸食による違和感がひどい。


 早く元?に戻らなければ、と話を促すことにした。


「そういう事ですので、そろそろ仕事の話に移りませんか?」

「う、うん……」


 さっきまで、饒舌に喋っていたレファスの口数が急に減ってしまった。


「……あ、いや、その前に確認したいんだけど、分身スキルは分身体の記憶と経験が本体に融合されて1人に戻るよね? となると、今が本来の姿なのかい?」

「一般的にはそうですが、ご覧の様に今ひとつ融合が上手くいっておりません。多少の影響は受けてしまいますが……そうですね……」


 (う〜ん、どう言えばいいのかな……はっきり言って、ボク自身も分かっていないことが多いんだよね。なるべく分かりやすく伝えるには……)


 どう説明すればいいか悩んでいたら、テーブルの上の飲みかけの紅茶が目についた。


 (そうだ、これを使って……)


 ボクはティーカップを手に取って、早速説明を始めた。


「たとえば、ボクがこのティーカップに入った紅茶だとします。本来の分身スキルでは、この紅茶を別の器に少し分けてまた戻す様なものですが、ボクの場合は……」


 そう言って、ティーカップの上に手をかざした。


 紅茶が静かに回り始め次第に色を無くしていき……最後には透明な水になった。


「このように成分が分離された状態になってしまった……んだと思います」


 一応、それらしく説明してみたが、これが正解なのかどうかはボク自身も分からない。

 だからちょっと自信が持てなくて、弱気な感じが語尾に滲み出てしまった。


 それでも、他に思い当たることもないので、この仮説で最後まで説明してしまおう。


「……で、こちらがアルの状態ですね」


 カップの上にかざしていた手をギュッと握りこむと、その手をレファスに差し出した。

 そっと開いた手のひらの上には、琥珀色をした小さな結晶が転がっている。


 これはボクが極限まで凝縮して、もはや宝石と化してしまっている紅茶の成分だ。


「元は同じものでしたが、こうして見た目も性質も違うものになった……ということだと思います。で、コレを元に戻そうとしても……」


 ボクはその結晶をティーカップの中へ戻した。当然、宝石と化した結晶は溶けることなく、ティーカップの底でコロリと転がっている。


 それだけでも良かったが、ボクはダメ押しとばかりにティースプーンでカップの中の液体をグルグルと、結構な勢いでかき回して見せた。


 それでも、渦が落ち着いたティーカップの底には、先ほどと変わらぬ琥珀色の結晶が転がっている。


「この紅茶のように、ボクたちも融合できない状況が続いているんです。まあ、少しずつは融合しているのかもしれませんが」


 そう言ってボクは現状説明を締めくくった。


「まあ、……二人の状態は分かった。だとすると、これから少しずつ融合が進むと、2人とは全く違う3人目が現れる可能性もある……ってことだよね? となると、誓約書なんだけど、ガッロル君と、アルちゃんと、融合が進んだ状態時の三人分の署名をしてくれるかな?」


 ガッロルの署名が書かれた誓約書の署名欄を指差しながら、レファスがペンを差し出した。


「あ、私のサインも必要なのね? えへへっ、なんか新鮮! 変な感じ〜」(ゥグウッ! また女子っぽい言葉をっ……)


 ペンを受け取ると、素早くアルが名前を記入した。


 アルの口調で喋る自分に結構なダメージを受けてしまったが、融合時の名前を考えることで気を逸らせることにした。


 (融合状態……そんなの考えた事なかった。でもまぁ、基本的には主人格はボクになるから、そこまでの変化はないだろうけど。……うぅ〜ん、『ガッロル』は今世限りの名前だし……、アルはずっとボクのことを『ガーラ』って呼んでるからやっぱり『ガーラ』をベースにして……ガーラアル? アル、ガーラ……アルガーラ……うん、コレでいいや!)


 ボクは二人の名前を組み合わせた名前『アルガーラ』を誓約書に記入した。


「出来ました。こちらでよろしいですか?」


 ボクとアル、コロコロと2人が入れ変わる様子を、何とも言えない顔をして見ていたレファスに書類を差し出した。


「あ、うん。どれどれ、アルガー……ラ……?」


 今まで、どこか飄々とした空気を纏っていたレファスが、『アルガーラ』の名前を見た途端に表情を無くした。


「っ……何かありましたか? 名前が良くなかったですか?」(しまった! 何か天界ではタブーな用語が入っていたのかもしれない!)


 ボクは直ぐに書き直そうとソファーから腰を浮かせた。


「いっ、いや! コレでいいよ。うん、……いいと思う。……とても、いい名前だよ……」


 ——手で、座るよう促されはしたが、レファスは表情の読めない顔でジッと書類を見つめ続けていた——

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