いきなり就職試験③

「書けました! これでいいですか?」


 渡された書類は、『仕事内容、及び仕事に関して得た情報の一切を他言しないこと』という一文だけが記載された簡素なものだった。


 素早く署名するとレファスへ誓約書を手渡した。


「うん、OKだ。それじゃ、すまないけど使徒のアルちゃんは席を外してくれるかな?」


 レファスが指を鳴らすと応接室の扉が開かれ、燃えるような赤い髪をした女性が入ってきた。


 いや、髪が燃えている。どうやら人化したフェニックスのようだ。


「彼女は僕の使徒のフィオナ。さあ、フィオナ。アルちゃんを別室に連れて行ってあげて」

「はい。では、こちらへどうぞ」


 彼女は軽く頷くと、アルに歩み寄り微笑むと扉に誘おうとした。


「えっ、なんで!? どうして私だけ仲間はずれなの?」

「え!? アルと一緒ではダメなのですか?」


 連れて行かれそうになったアルが、慌ててボクの襟にしがみ付いてきた。

 ボクはそんなアルを手で庇いながら、レファスに疑問を投げかけた。


「ん? 契約書にも書いてあったけど、仕事内容は他言無用なんだ。たとえそれが君の使徒でもね?」

「私とガーラは一心同体よ!」


 レファスが申し訳なさそうに告げた言葉にアルが反論した。


「アルちゃんの気持ちは分かるけど、ここは聞き分けてくれないかな? それに、ボクたちの送り出した使徒が全員返り討ちに遭った話は聞いていたよね。これは、意地悪じゃなくて君のために言ってるんだよ?」

「ウウゥーッ!!」


 小さな子供を宥めるように言い聞かせられたアルが、反論できずに唸り声を上げている。


 怒ってても可愛いなぁ……じゃなくて、このままだと本当に引き離されてしまいそうだ。


 それにしても、他言無用……か。


 『他人に話してはいけない』ってことだから、それなら……うん、ここは覚悟を決めよう。


「……アル。いいよ、おいで」

「えっ!? い、いいの?」


 ボクは、親指で自身の胸元を指差しながらアルを呼んだ。

 アルが『信じられない』と言った表情でこちらを見ている。


 まあ、そういう反応になるだろうとは思っていた。

 自分でも、自らコレを提案することになるとは思いもしなかったからね。

 それだけ、ボクにとってこの選択は勇気がいることなんだ。


「ま、まあ……、今は転生中じゃないからね」

「わ……私、眠らないわよ? それでも?」


 周りからすると、何のことだか全くわからない会話を続けていることは理解しているけど……まあ、いいだろう。


 会話の内容が今ひとつ掴めていないレファスとフィオナを置き去りに、ボクたち二人は話を進める。


「あぁ、早くしないと気が変わっちゃうよ?」

「!! ま、待って、待ってぇ! 分かったからっ!!」


 言うが早いか、アルが文字通り


 ボクの体の中へと消えたアルに、一部始終を見ていたレファスとフィオナが息を呑んだ。


「え? えっ……ぇええー!? ア、アルちゃん!?」


 レファスが慌てた声を上げながら、ソファーから立ち上がった。


「!! っ、コレは一体……」


 その影でフィオナが一言、ボソリ……と呟いた。その金色の瞳はこぼれ落ちそうなほど見開かれている。


「さあ、コレで問題ないでしょう? 仕事の話をしてください!」


 レファスの言っている他言無用。他の人に言ってはいけないのなら……

 そう! 同一人物になればいい!


 転生中はいつもボクの中で深い眠りについているアルだが、今回は眠っていない。

 アルの喜びの感情が、ボクにも伝わってくる。


「いや、いや!! ちょっと、待って待って!? これは一体どういうことなんだい? アルちゃんはどこにいっちゃったの? どう見ても説明の方が先だよね!?」


 分身を作ることぐらい簡単だろうにちょっと驚き過ぎでは?……と思ってしまった。


 実は、アルはボクの分身体なんだ。

 だからさっきの現象は、ボクの分身が体に帰って来たってだけの話なんだ。


 ただし、アルの場合は独自に人格を得てしまったために、ちょっとややこしい事になっているんだよね……


「何言ってるの? 私はここにいるわよ!……うぐっ、ア、アル……ちょっと待って……い、違和感が半端ない……」


 突然、自分の口から紡がれた少女っぽい言葉……

 覚悟はしていたつもりだったけど、完全に不意打ちを喰らってしまったボクは、自分の想像以上に精神的ショックを受けてしまった。


 ( 今のは完全にノーガードだった! ダ、ダメだ、耐えられないぃ…… )


 ボクは両手で顔を覆うと、ゆっくりとその場に突っ伏ダウンした。


 (のおぉおぉん! 恥ずかしすぎるぅ!!  『コレ』があるから、いつも眠ってもらってるんだよぉ! )


 まさに悶絶寸前……

 レファスとフィオナは、ただ唖然とその様子を見つめていた。

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