転生課パニック⑤

 詰め寄られているようなこの状況に理解が追い付かず、ピキッと固まってしまったボクの目の前で、管制官は、風が巻き起こるかと思うほどの勢いでひざまずいた。


 ななな、何、なに!? 一体、何なんだッ!?


 片膝を突いたポーズを維持したまま、ボクの顔をジッと見つめる管制官の姿を目の当たりにして、思わず仰け反ってしまった。


 ところで、右手を胸に当てた管制官のこのポーズ。どこかで、見た覚えがあるんだけど……


 (確か、……そうそう、『前・前世の世界』では、神に祈りを捧げる時、こんなポーズをとっていたような気が……って、え、えっ? ええぇっ!? ちょっと待った!? ぼぼっ、ボクは神じゃないんだけど!?)


 一瞬、焦って立ち上がりかけてしまったが、待てよ? と思い止まった。


 管制官のこのポーズ、神への祈り以外で、もっとピッタリくるような、何かがあった気がする。


 (今みたいに、人が人に対してやっているところを見たことがあったんだけど……何だっけ?)


 転生周回を重ねてきた弊害で、ボクが忘れているだけで、このポーズはごく一般的な挨拶のようなモノだったのかも……

 なら、礼儀を返すためにも、きちんと思い出さないと。


 ボクは、高速で過去生の記憶を呼び起こした。


 (えぇっと、どこで見たんだっけ? 確か、崖……だっけ? いや、滝かな?)


 思い出したそのどれもが、風光明媚ふうこうめいびな場所で行われている。


 (あ、そうだ! 絶景の観光地で彼女の前に跪いた彼が……って、えぇ!?)


 思い出したシチュエーションは、気合の入ったプロポーズ現場だった。

 おおぉぉ!! 全身の毛穴から変な汗が!?


「ガッロル様、ご挨拶させていただきます。私は霊界空港の管制塔に所属していますルーベンと申します」


 思い出したそのシチュエーションに、戦々恐々としていたボクに向かって、ルーベンはそう言って頭を下げ、その姿勢のまま動かなくなってしまった。


 ボクはルーベンのその言葉を聞いて、腹の底から安堵のため息をついた。


 (よ、よかった、プロポーズじゃ無かった。でも、怖かったよぅ……)


 プロポーズじゃなくてホッとはしたが、とすれば、これは霊界流の挨拶? 

 でも、こういった挨拶をされたことは勿論もちろん、しているところも見たことはない。

 と、いうことは……


 (もしかして、これって、上位者に対する礼の取り方なのでは?……っ、あわわっ、大変だ!)


「ル、ルーベンさん、やめてください。ボクは、そんなことされるような人物ではありません!」


 ボクは、急いでルーベンの腕を取って立ち上がらせた。


「なんと、慈悲深いお方なんだ。腕を取って下さるとは……」


 ルーベンは自身の腕を抱きしめ、ウットリと感慨に浸るかのように目を閉じた。


 じ、慈悲深い?! 立ち上がってもらうために腕を取っただけなんだけど!?


 何だろう……ボクが腕を取ってから、ルーベンの言動がおかしくなってしまった気がする。


「とにかく、普通にしてください。ボクはただの転生者でーー」

「ああっ!? ルーベン管制官、何してんですか! 抜け駆けしないで下さい!」


 カウンターの向こう側から、お茶とお茶菓子をお盆に乗せた入国審査官が、ルーベンに向かって騒ぎ立てた。

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