いきなり就職試験①
応接室に通されてから五分ほどが経過した。
「このクッキー、それなりにいけるわね〜」
お茶請けに出されたクッキーをほぼ一人で食べ切ったアルが、満足そうに服についた食べかすを叩いて落としている。
ボクはその様子を、何の気なしに頬杖をついて横目で眺めていたが、 二人分にしては結構な量が盛り付けられていたクッキーは、最後の一枚だけになってしまっている。
にも関わらず、相変わらずスラリとしたアルの体の一体どこに収まったのかと不思議に思う。
「ほら、ガーラも食べてみてよ」
「……ん、…………後でね……」
心ここに在らず……といった感じでおざなりな返事をしながら体を起こすと、ソファーの背もたれに身を預け、天井に描かれたシャンデリアの光の筋を見るとも無しに眺めた。
「ガーラ、そんなに転生したかったの?」
フワリと肩まで飛んできたアルが心配そうに聞いてきた。
「………………」
しかし、返事を返す気になれず、無言でアルの問いに答えた。
「 ……何とかしてあげよっか?」
抜け殻のように脱力していたボクの耳元で、アルがひっそりと囁いた。
(そりゃ、何とかなるのなら転生したいよ………………何とか……なるの?)
半信半疑にアルを見つめると、アルはどこから取り出したのか黄色いプレートを抱え上げていた。
「ジャーン!! これが何だかわかる〜?」
アルが持っていたのは、転生課に提出したはずの番号札だ。
もし、滞りなく手続き出来ていたとすれば、このプレートに次の転生情報を入力して専用の転移ゲートにセットし、そこを潜ることで転生が終了するはずだった。
「……っ!! これはっ、ア……アル! これ、どうしたんだ!? もしかして、黙って持ってきたんじゃ……」
「そんなことしないわ! ちゃんと職員から手渡してもらったもん」
少し口を尖らせて不満も
「それに、転生情報は入力済みだからすぐ使えるのよ!」
どう? 私、凄いでしょ!……と、言ってアルは胸を張っている。
番号札を見てみると、半透明の黄色い番号札には[No.0005・入力済み]と表示されている。
「い、いつの間に……あっ、転生内容はどうしたんだ? 色々細かく設定しなきゃいけなかったはずだけど……」
「私にはよく分かんなかったから、前回のデータを参考にしてもらったの!」
「そ、そうなんだ……」
ランスが入力してくれたのなら、過去の転生データと照らし合わせてそつなく
(て、転生してもいいのかな?…… でも、モリーに『転生は諦めて下さい!』ってキツく言われたばかりだし……でも、専用ゲートにこれをセットして潜るだけ……いや、ダメだ……でも……)
受け取った番号札を見つめては、誘惑に流されそうな感情を理性で止め、また悩むといったことを繰り返した。
ボクは、未だかつてないほど心を揺さぶられている……
考えがまとまらず頭を悩ませていた時……美しい彫刻が施された重厚な扉から軽快なノックの音が聞こえてきた。
ビクゥゥッ!! と、体が跳ねた。
驚いた……というより、後ろめたいことを考えていたからだけどね。
慌てて『亜空間』を開くと、そこへ番号札を投げ入れるようにして仕舞った。
心臓がバクバクと音を立てている……何だか凄く悪いことをしているような気分だ……
「っ、ゔゔんっ!…………はい、どうぞ」
裏返りそうになった声を咳払いで沈めてから返事をすると、なめらかに開かれた扉から1人の男性が入ってきた。
天界政府の高官が纏う腰丈のマントを
「やあやあ、お待たせ! よく来てくれたね。急に呼ばれてビックリしただろう?」
「初めましーー」
「 あ〜、そんなに緊張しなくても大丈夫だよ? 楽にして」
挨拶をしようと立ち上がりかけたが、ニコニコと人好きのする笑顔を向けた人物に被せ気味に声を掛けられ、手で座るように
(えっ、いいのかな?……この人、かなりの高官みたいだけど……)
どう振る舞うのが正解か……一瞬、
ボクがおずおずと腰掛けると、それを待っていたかのように高官職員は軽やかに話し始めた。
「それにしても嬉しいなぁ〜、僕たちはずっと君のような存在が現れるのを待っていたんだからね。あ、自己紹介がまだだったね、僕はレファス。こう見えても天界政府の高官で、Lv. 化の政策を立ち上げた責任者なんだ」
「ボクは——」
「それで、今日、ここまで来てもらった理由なんだけど、君にひとつ仕事を引き受けてもらいたくってね。え〜っと、どこから話そうかな〜。うん! まずは、Lv.化政策を始める事になったきっかけから!」
翠眼を細めて穏やかな笑みを浮かべた『レファス』と名乗った高官職員の男性が、とても地位のある人とは思えないようなお気楽な口調で、立板に水を流すようにドンドンと話を進め始めた。
「ちょっと昔の話になるんだけど、ある罪を犯した天界人が、天界の守りを破って下界に逃げてしまったことがあるんだ。僕たち天界人が行けばすぐに捕まえることはできるけど、そうすると、どうしてもやり過ぎちゃうんだよね。天界人同士でぶつかり合うと、スキルの衝撃波で下界そのものが無くなっちゃうから」
合いの手を入れることもできないほどの、突然のマシンガントーク。
少し
何が何だかよく分からないけれど、既に本題の話は始まっている。情報量が多すぎて、少しでも聞き逃すと話について行けそうもない。
ボクは必死に、レファスの話に耳を傾けだ。
「それで、そいつを捕まえようと結構な数の使徒を送り込んだんだけど、やっぱりスキル衝突の衝撃波が出てね。周囲に被害が出た上に、全員返り討ちに会っちゃってさ。その時は、下界の星がいくつかの消えちゃって大変だったんだ」
レファスは、苦笑いを浮かべながら軽く肩をすくめて見せた。
惑星の消滅という天文学的規模の話を、大量の食器を割ってしまった時のようなテンションで語る彼は、やはり天界の住人ということなのだろう。
穏やかそうに見えても、その実力は計り知れない……
「だから、考えたんだ。天界人のスキルとぶつかり合っても、衝撃波が発生しないスキルを持つ下界人を、どうにか鍛え上げられないかな?ってね! それがこの、Lv. 制度を始めたきっかけなんだ!」
——少し誇らしげにLv.化政策の起源について語っていたレファスだが、急に少し困ったような表情になったかと思うと、この話の核心……ボクをこの天界へ呼び寄せた理由を話し始めた——
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