序章 今世ではちょっと色々ありました②
——ボクは熟睡している教団員の脇をソッとすり抜けると、朽ちて壊れた窓から館へと潜入した——
か細く聞こえる姫さま泣き声を頼りに、ボクは薄暗い屋敷の中を探し回った。
気づかれないよう、時にやり過ごし、時に意識を奪いながら……
そうするうちに、三階の一番奥まった場所で、遂にそれらしい部屋を見つけた。
その部屋の前には見張りの教団員が二人立っていたが、漆黒の衣装を
(ブ、ブフォッ!……く、黒いローブに黒い覆面!? 今どき、マンガやアニメでも見かけない『元祖・邪教集団!』ってコスプレが『黒歴史現在進行形』って感じで、なんだか痛々し……くくっ……)
……何を思ってあんな格好をしていたのかはわからないけど、リアルで
まあ、ボクにとっては好都合だったからよかったんだけどね。
ということで、ボクは早速、周囲の状況確認に入った。通路には、
——この非効率な照明も、きっと雰囲気作りのためだろう——
……あの時は、『まあ、そんなところだろう』と思い込んで油断してしまった。
思い返せば、これは『獲物を誘い込むための罠』だったんだ。
この時、罠の可能性を疑っていれば、こんなことにはならなかったんだよね……ハァ……。まあ、済んだことはしょうがない、か……。
とにかく! これなら簡単に背後を取れると思ったボクは、その闇に紛れて教団員の背後へ近づくと、素早く手刀を打ち込んでその意識を奪った。
不意に倒れた仲間に狼狽えていたもう一人の教団員にも、素早く手刀を打ち込んでその意識を刈り取った。
フッ、凄いでしょ? この手刀。簡単に見えて結構難しいんだよ?
みんな『首の辺りに打ち込む』ってことは知っているだろうけど、『怪我をさせずに意識を奪う』となったらコレがまた……って、いや、違う違う、そうじゃない! 早く姫さまを助けないとね!
ボクは、倒れた二人を暗闇へと引きずっていって簡単に縛り上げた。意識を取り戻した時に仲間を呼ばれちゃうと厄介だからね。
その後、素早く室内に滑り込んだボクは、そこで
(ふっふっふっ、これだけ打ち込めば手刀のLv.も……って、違う違う、そうじゃない! 早く姫さまを連れ帰らないと!)
他にも隠れた教団員がいないか探ってみたけれど、床に魔法陣のような模様の描かれた陰気な部屋には、ボクと姫さま以外の気配は感じられなかった。
「さあ、姫さま、助けに来ましたよ。一緒に帰りましょう」
ボクはそう話しかけながら、粗末なベビーベッドの中で泣き続ける赤ん坊をそっと優しく抱き上げた。
すると赤ん坊——姫さま——は次第に泣き声を弱め、僕と目が合うと泣き止んでくれた。
「もう、大丈夫ですよ。ボクが必ずお守りします」
まだ言葉は理解できないだろうけど、いっぱい怖い目にあっただろうから少しでも安心させたくて、ボクは笑顔で姫さまに話しかけた。
すると、涙で潤んだ瞳でこちらをジッと見つめていた姫さまがフワッと笑った。
(うわぁぁ! かわいいなぁ〜。こんな状況じゃなかったら、めっちゃ遊んであげるんだけどなぁ〜)
だけど今は、そういう訳にはいかない。早く連れ帰ってあげないと。
早速、とばかりに出入り口のドアノブに手をかけたボクは、あることに思い至ってハッとその手を止めた。
脳裏に浮かんだのは、ここに来るまでの——密林地帯の厳しい道のりだ。
そのことを思い出し、ボクは腕の中でニコニコと笑う姫さまを見つめながら『はたして無傷で連れ帰ることができるだろうか』と、不安な気持ちでいっぱいになった。
(本当はいけないんだけど、緊急事態だし、いい……よね……?)
この世界の
「さぁ、姫さま、少し眠りましょう。次に目が覚めた時はお城に帰ってますからね」
そう優しく話しかけながら、ボクは姫さまに手をかざした。
——その手から溢れ出した眩い光が姫さまの全身を包み込むと、その温かな光の中で姫さまは安心したように、スヤスヤと眠り始めた——
**********
姫さまを連れて、ボクは館を後にした。
来た時と同じ進路を引き返し、第三騎士団の待つ砦へと騎獣を急かす。
しかし、行きとは明らかに違う点があった。それは……
体中に刺さった矢。
そこから止めどなく流れ続ける紅血。
(くっ、失敗した……あっさり潜入できたから、脱出も大丈夫だと……)
そう、あれは罠だった……
あの後、姫さまを連れて部屋を出た瞬間、ボクは全方面から射掛けられた矢によって、体中を射抜かれてしまった。
その時ボクが出来たことといえば、せいぜい体を丸めることだけで……
矢の嵐が収まった隙をついて逃げ出すことには成功したんだけど、その時にはボクの体はもう……
(頼む、早く着いてくれっ、もう、持ちそうにない……)
念じるような思いで道とは言えない獣道を進み、やっと開けた視界の先に目指す砦が現れた。
「はあっ、はあっ、……かっ、開門!……開門せよ!!」
ボクは、最後の力を振り絞って声を張り上げた。
その声に応えて、頑丈な鉄製の扉がゆっくりと開いていく。
待ちきれず、扉が開き切る前に砦の中へと駆け込むと、精神力だけでもっていた体がついに限界を迎えた。
ボクは、騎獣の背中から滑り落ちるように降り立つと、両腕でおくるみを抱え込んだまま、その場に膝をついてうずくまった。
「……っ、シューハウザー様!」
「救護班っ!! 手当てを急げ!!」
救護班が駆け寄ってきて、ボクを担架に横たえようとしたけれど、ボクはゆっくりと上体を起こしてそれを止めた。
「はぁ、はぁ、……もう……いい、……手遅れ……だ」
浅い息で
(あぁ、……今世は……ここで皆んなとお別れだ……)
何度も転生を経験していると限界が分かるんだ。逆に、ここまで持った事の方が奇跡だということが。
(ヴァリター、……ヴァリターは……何処だ?)
霞み始めた
すると、人垣を掻き分けるようにして飛び込んできたヴァリターが、ボクの姿を見た途端ビクッと体を震わせた。
ヴァリターは、ぎこちない足取りでボクの前までやってきて、その場にくず折れるように膝をついた。
ボクはそんなヴァリターに、痛みに震える両腕で庇うように抱え込んでいたおくるみを託した。
「……姫……さまを……頼む……」
おくるみの中で静かな寝息を立てている赤ん坊には、傷どころか返り血すらも付いていなかった。
(よかった。もう、これで姫さまは大丈夫だ……)
そう思った瞬間、体から力が抜けていく……
「ううっ、シューハウザー様……あ……貴方という方は……」
「ヴァリ……ター、……後……は……」
頼んだ……と声にならない声で告げると、ボクはゆっくりと目を閉じた。
体の感覚が無くなり、座っているのか倒れてしまったのかも分からない。
ボクを呼ぶ嗚咽混じりの声がやけに遠くに聞こえた。
(皆んな……そんなに泣かないで欲しい。ボクは……ボクは大丈夫だから……)
しかし、そんなボクの心の声は、もちろん皆んなに届くことはなかった。
次第に皆んなの声が遠退いて、やがて、深い眠りの中に落ちていくようにボクは意識を失った……
——こうしてボクは『ルアト王国第三騎士団長 ガッロル・シューハウザー』としての一生を終えた——
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