第55話 あれから半年の間に①

「ゔぅん……ここは……?」


 ボクは、四方をレースのカーテンに囲まれた不思議な空間で目を覚ました。


 どことなく見覚えのあるカーテン。そのカーテンの隙間から差し込む細い光を見つめながら、微睡まどろんだ頭で記憶を辿たどった。


 (……あぁ、そうだ……)


 寝ぼけていて少し時間がかかってしまったが、ここが『天蓋付きの巨大なベッドの中』だということに、ボクはやっと気が付いた。


 (……そういえば、ボク、倒れちゃったんだっけ……)


 その時のことをぼんやりと思い出しながら最高級の枕に顔を埋め、二度寝を決め込もうと寝返りを打った……のだが……


「んん〜………………ん?…………あああっ!」


 ……やっと、自分の状況を把握して、ボクは急いで布団から跳ね起きた。


 (な、何でボクがここで眠っているの? 確かにボクは倒れちゃったけど、ここには『ボクの体』に宿ったヒルダさんがいたはずなのに……)


 いくら何でも『一番近くにあったから』なんて理由で、ボクを『ここ』巨大ベットへ寝かせたわけじゃないはずだ。


 (ええっと、あの時どうなったんだっけ……確か、ボクは……)


 ヒルダの、焦点の定まらなかったその瞳がボクを捉えたその瞬間、今まで感じたこともないほどの強い引力に引き寄せられた気がしたところで、ボクの記憶はプツリと途切れてしまっている。


 (ま、まさかっ……!)


 ある可能性に気がついたボクは急いで自分の体を見下ろした。


 (……こ、これは……)


 ボクがそこに見たものは、パステルブルーの寝心地の良さそうなワンピースタイプのパジャマと、そこから伸びる白くてほっそりとした手足だった。


 (これは、ヒルダさん (ボクの体) が着ていたパジャマだ。それに、この手足……ということは、やっぱり!?)


 居ても立っても居られなくなって、ボクは乱暴にカーテンを開け放った。


 すると、ベッド脇の椅子でうたた寝をしていた女性が、ビクッと体を震わて目を覚ますと慌てた様子でボクに問いかけてきた。


「!?……ガ、ガーレリア様っ!? いかがなさいましたか!?」

「ご、ごめん!」


 状況的に見て、白衣を纏ったこの彼女は、ボクに付き添ってくれている医師で間違いないだろう。


 だけどボクは返事もそこそこに素足で床に降り立つと、入り口近くにあるバスルームへと飛び込んだ。


 (ボクの予想が当たっていれば……)


 そんな気持ちで、ドキドキしながら洗面台の鏡を覗き込んだ。


 すると、やはりというか何というか……

 鏡の向こうには、ビックリしたような顔でこちらを見つめ返している、あの時の美しい顔立ちの少女がいた。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「いいですか? ガーレリア様は3日前の夕刻から、『本体融合』のために意識を失っておられたのですよ? 丸2日間、何も口にしていない状態だったのですから、急激に動き回られますと体に大きな負担が掛かるのです。もっと御身を大切になさって慎重に行動を——」


 ……ボクは今、医師であるくだんの彼女に、こんこんとお説教されながらも、脈をとられたり目を覗かれたりと、忙しない診察を受けている。


 彼女の話によると、ボクが目を覚ましたのは3日ぶり。

 卒倒してから今日で丸2日を過ぎた3日目の早朝……なのだそうだ。

 まさか自分がそんなに眠っていたなんて思いもしなかったよ……


 で、彼女が言うには、ボクが昏睡状態になった原因は『本体融合』という状態になっていたからだそう。


 その『本体融合』って何?……って思うよね。


 それは、『魂との結びつき』を強くするために体が起こす生理現象のようなもの?らしい。

 で、その『本体融合』中は、昏睡状態になるほどの強烈な眠気が伴うのだそうだ。


 だから天界政府は万全の体制で、その『本体融合』に備えようと医療チームを組んで準備を整えてくれていたらしい。


 なのに、前段階である『顔合わせ』の時に、『ボクの体』が『ボク(魂)』を擬似体から引きずり出して『本体融合』をしてしまうという、まさかの展開になってしまったんだって。


 完全に想定外の出来事に、レファスは元より、準備を整えていた医療チームも随分と慌てふためいてしまったそうだ。


 だからこそ慎重に経過を見守り、24時間体制でボクに付き添ってくれていた……ということなんだって。


「では最後に、大きく息を吸ってください。……はい、結構です、お疲れ様でした。どこにも異常はございません」


 ボクの身に起きた出来事を分かりやすく説明しながら、ボクの体を診察をしてくれていた女性医師が『異常なし』の診断を下した。

 そして……


「この二日間の眠りで『体と魂の結びつき』がかなり強化されております。ですので、今後は『魂の迷子』になることはないはずです」


 ……と、太鼓判を押してくれた。


「ありがとうございます。お世話になりました!」


 ボクがお礼を言うと、彼女はニッコリと笑顔で返事を返して静かに席を立った。


 ふとボクは立ち去りかけた彼女を見て、彼女の名前すら知らないことに気が付いて慌てて声をかけた。


「……あっ! えっと、ちなみに先生のお名前をお伺いしてもよろしいですか?」

「あら、気が付かれませんでしたか? では、改めてご挨拶いたします。私はこの研究棟で医薬品に関する研究をしております『ヒルダ』と申します」

「!!……ヒ、ヒルダさんだったの!?」


 イタズラが成功したかのように笑う彼女は、何と『心臓』としてボクの体を守ってくれていたヒルダだった。


 でも、言われてみれば三日前の……カーテン越しに感じたあの時の気配に似ているかも知れない……


「あわわっ、ゴメンなさい! 気が付かなくって……じゃあ、ヒルダさんは『心臓』の任が解かれた後も、ボクの面倒を見てくれていたってことだよね? ヒルダさん大丈夫なの? 過重労働になってない?」


 天界政府の雇用状況が心配になって尋ねてみたのだが……


「ふふっ、大丈夫よ!(ウフフ! ※※※※様のためなら何てことないわ!)じゃあ、また後でね!」


 ……ヒルダの元気なその声に重なるように、聞こえるはずのない『ヒルダの心の声』が聞こえてきた。


 (ふおぉぉっ!? 何コレッ!? 心の声が聞こえるっ!?)


 突然、ボクの心の中に流れ込んできた『ヒルダの心の声』に思わず(心の中で)絶叫してしまったが、『ボクの心の声』はヒルダには聞こえていないみたいだった。


 どうやらボクが一方的に『ヒルダの心の声』を聞き取れるだけで、ヒルダとはアルのように心の中で会話はできないようだ。


 (人名の部分はよく聞き取れなかったけど、ヒルダさんの思ってた人って多分レファ……って、いやいやダメだ、詮索しちゃ!)


 これは、ヒルダのプライベートに大きく関わる問題だ。しかも、ボクだけがヒルダの声を聞き取れるなんて、こんなのフェアじゃない。


 何故ヒルダの心の声が聞こえてくるのかは分からないが、ボクはヒルダが傷つかないように、さっきのことは忘れることにした。

 なので、ここで表情に出したりしてヒルダに気取られるわけにはいかない……


 ボクは必死に笑顔を作ってヒラヒラと手を振り、同じように手を振りながら立ち去るヒルダを見送った。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「うーむ、体は何ともないんだけどなぁ……まだ動いちゃダメなのかなぁ……」


 ボクは、医療チーム監修の『お腹に優しい朝食』を食べ終わった後、自堕落じだらくな感じで巨大ベッドの上をゴロゴロと転がり回っていた。


 医師たちに『3日ぶりの食事で体調にどんな変化が現れるか分からないから、しばらくは安静にするように』と言われて、今、こうしているんだけど……退屈だ……


「おはよう! ガーレリア! 朝ごはんはしっかり食べられたかい?」

「あっ!」


 ボクがすっかり暇を持て余していたところに、レファスが爽やかな笑顔を浮かべながら、ひょっこりと顔を覗かせた。


 (そうだ! レファス様にボクが寝込んでいる間のことを聞きたかったんだよね!)


 ボクが寝込んでいたのは丸2日。ギラファスの裁判はとっくに終わって結果も出ているはずだ。


 ギラファスのことは忘れていたわけじゃなかったんだけど、TVすら無いこの部屋ではギラファスがどうなったのかまったく分からなかったのだ。


 ボクはガバッと起き上がると、急いでレファスのもとまで走り寄った。


「おはようございます! レファ……」


 ボクが『レファス様』と言いかけた時、レファスがとても悲しそうな顔をした。

 その顔を見て、ハッ!っと思い出した。


 (そうだった! レファスは上司じゃなくてボクの父親だった! それに『パパ呼び』に並々ならぬ思い入れを持っていたんだ!)


 ボクは、慌てて訂正の言葉を口にした。


「……っ、じゃなかった! えっと、ぱ、……パパッ! おはよう!」


 レファスが喜ぶかと思って、ちょっと砕けた感じに挨拶を返してみたが、やっぱり照れ臭さくなってしまった。

 なので、誤魔化すようにエヘヘ、っと笑ってみた。


 すると、レファスは急に自身の胸元を鷲掴んでギュッと目を閉じ、天を仰いだかと思うと……そのまま動かなくなってしまった。


 (ええっと?……何か、その……対応を間違えちゃったのかな?)


 転生周回を重ねてきたボクには、その数だけいろんなタイプの『父親』がいた。

 その膨大なデータから、レファスの理想は『友だち親子』だと思っていたんだけど……


 ちょっと距離感を見誤ったのかな?と心配になって、ボクは天を仰いでしまったレファスに恐る恐る問いかけてみた。


「ど、どうしたの?……もしかして、ちょっと馴れ馴れしかった……ですか?」

「!!……そっ、そんなことはない!」


 レファスは、少し距離を置いたようなボクの言葉に素早く反応して、ガッ、とボクの両肩を掴んだ。


「嬉しかったんだ! ガーレリアが……僕の娘がやっと僕の元へ帰って来たって実感が湧いて……だから、そんな他人行儀な口調に戻しちゃダメだよ? いいね?」

「あわわっ、は、はい……っ、じゃなくて……う、うん、分かった」


 すがりつくような目でボクをじっと見つめてくるレファスに対して、ボクは何度も頷きながら返事を返した。


 どうやら、レファスの『娘』に対する思い入れは、ボクの想像以上の何かがあるように思えた……

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