第54話 約束を果たすため降臨しようとしています

 天界政府の中央棟。


 近代的なフロアの中心にドンッ!とそびえ立つ転移ゲートの前で、ボクは一人の天界職員に向かって必死に頼み込んでいた。


「お願い!! この通り! すぐに帰ってくるから見逃してっ!!」

「こ、困ります……私はレファス様より直々に『ガーレリア様を降臨させないように』と、念を押されているのです……」


 ボクは今、狼狽えながらも職務を全うしようとしている門衛の職員に向かって、両手をパンッ!と顔の前で合わせながら、必死に降臨ゲートの使用許可を求めている。


 なぜ、降臨しようとしているのかって?


 こ、これには、ちょっとした理由があるんだけど、……今は、それについては聞かないで欲しい……


 そ、それより、あの後! どうなったのか気になるでしょ?


 降臨ゲートから下界へ行こうとしている、今のこの状況からも分かるように、ボクは、レファスや皆んなと共に無事に下界から天界へ帰還した……


 ……んだけど、その、色々あって……あれから、すでに半年ほどが過ぎている。


 随分と間が空いているって思うよね? そうなんだ……気が付いたら、そんなに月日が経っていたんだ。


 だからこそ、ボクはこんなにも焦っているんだけどね……



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 遡ること半年前。


 下界で話し合った結果、ギラファスの扱いに一応の目処がたったボクたちは、白亜の神殿にある昇天ゲート(下界側の降臨ゲート)を潜って、無事に天界へと帰還した。


「フィオナ、ギラファスのことを頼む。……精鋭使徒部隊、整列! 皆も分かっているだろうが、明日、ギラファスの裁判が開かれる! そこで——」


 レファスは明日のギラファスの裁判に向けて、フィオナや精鋭使徒部隊に指示を出していて、とても忙しそうだ。


 そんなレファスの邪魔にならないよう、ボクは窓際の壁にもたれかかると、今、出て来たばかりの降臨ゲートを振り返った。


 (思えば、ボクは今朝、ヴァリターを下界へ送り届けるために、フィオナさんと一緒にこのゲートを潜ったんだよね……)


 何だか、すごく遠い昔のような気がする。

 それにあの時は、まさかこんなことになるなんて思いもしなかった……


 (ギラファスがヴァリターを霊界送りにしたことが始まりだったっけ……で、ボクはギラファスの目論見通り、下界に誘き寄せられて、まんまと連れ攫われて……でも、それがきっかけになって色んなことが一度に解決したんだよね。本当、人生って何があるか分からないや……)


 ボクはそんな感慨に耽りながら、降臨ゲートに向けていた視線を窓の外の風景へと移した。


 ここへ来た時は午前の爽やかな光に溢れていた空も、今は夕暮れ特有の薄暗い空へと変わっている。

 ボクは、茜色に染まった空を眺めながら、ふと考えた。


 (ギラファスの裁判、大丈夫かなぁ……)


 レファスは大丈夫だって言うけれど、もし、拘束……なんてことになったら……


 ちょっと心配になったボクは、明日のギラファスの裁判について『シミュレーション』をしてことにした。


 ……そんな方法で安心できるのかって思うでしょ?


 ふっふっふっ、ボクのこの『シミュレーション』、結構、当たるんだよ? というか、今まで外れたことがないんだ。

 だから、これはもうスキルって言っても良いと思うんだよね。


 ということで、ボクは早速、映像化した『シミュレーション』を脳内に展開した。


 ……証言台の前、多くの傍聴者の見つめる中で事件のあらましを 理路整然りろせいぜんと、しかも雄弁に説明するギラファスの姿が見える……


 そして最後に、執行猶予を勝ち取るギラファスの姿が映し出されて『シミュレーション』は終わった。


 その結果に『これなら大丈夫そうだ!』とボクがほっと一息ついた時だった。


「ガーレリア、お待たせ! 早速だけど、今から体に戻ろうか!」


 使徒部隊に指示を出し終えたレファスが、声をウキウキと弾ませながらボクの傍まで駆け寄ってきたかと思うとボクの返事も待たずに手を取って、どこかへ向かってズンズンと歩き出し始めた。


 そんなレファスの勢いに釣られて数歩ほど歩いたところで、ボクはハッとに気が付いて慌てて足を止めた。


「ちょ、ちょっと待って下さい! ギラファスが言ってたじゃないですか! ボクは『魂と肉体のバランスが悪い』って! そんな状況で体に戻ったりしたらボクは暴走してしまうんじゃないですか?」


 天界人の中でも別格と言っても良い王族の体に、つい最近まで下界人として転生し続けてきたボクなんかが宿ったりしたら一体どうなってしまうか分からない。


 だから軽率に行動しない方か良いと思ってボクは踏みとどまった訳なのだが、ボクの手をしっかりと握りしめていたレファスは、ボクが急に歩みを止めたことで急に後ろに引っ張られた状態になってしまった。


 ガクンッ!て感じになってたけど……肩……大丈夫かな?


 レファスが軽い呻き声を上げた後、ちょっと涙目になりながら振り返って言った。


「っ……ガ、ガーレリア……君が暴走してしまうなら、今、ガーレリアの『心臓』をになってくれているドナーはとっくに暴走しているよ?」

「んぬ?」


 レファスは何故、そう言い切れるのだろう? 

 ボクにはその根拠がよく分からなくて首を傾げていたら……


「僕と力比べができる時点で、そんな心配はいらないんだよ」


 ……と言われて、レファスに頭を撫でられてしまった。


 むうぅ、……どういう事だろう?

 でも、レファスが『心配いらない』って言うんだから、大丈夫……なんだよね?


 ボクはレファスに促されながら、『ボクの体』があるという研究棟へ向かって歩き始めた。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 レファスがとある自動扉の前で立ち止まると、開閉パネルに手をかざしてその扉を開けた。


 無機質な扉が続く研究棟の中にあって、そこだけが豪華な扉であったことから、そこが王女の……ボクの体がある部屋なのだということはすぐに分かった。


 軽やかな音を立てて開いたその扉の奥に、レリーフが美しい天蓋付きの豪華なベッドが一台、設置されているのが見えた。


 (ここに、ボクの体が……)


 そう思うとなぜか急に、怖いような……逃げ出したいような……そんな気持ちに襲われてしまった。


「や、やっぱり今日は……」

「さあ! ガーレリア、心の準備は良いかい?」


 日を改めてもらおうとレファスに話しかけたボクの言葉は、レファスの楽しそうな声によって掻き消されてしまった。


 多分、ボクが逃げ腰になってしまうことを見抜いていたんだろう。


 とりわけ明るい声でそう言ったレファスは、ちょっとふざけた感じにかかとを軸にしてクルリと振り返ると、ホテルのドアマンのような仕草でボクに入室を促しながら、ニッと笑ってウインクを飛ばしてきた。


 レファスは笑顔をキープしているけど、その瞳が『ダメだよ? 逃げたりしちゃ!』と如実に物語っている。


 レファスがかもし出す妙な圧力に、何故だろう……既視感きしかんを感じる……


 (?……レファス様のこの雰囲気って……あっ、)


 どこかで感じたことがあると思ったら、ボクが擬似体に入った時の……レファスがボクの翼のストレッチを強行したあの時の雰囲気にそっくりだ!


 ボクが、一時休止や休憩を要求しようとも、最後までその手を緩めることのなかったあの時と同じ『こうと決めたら最後までやり遂げる』という、揺るぎない気合いがヒシヒシと伝わってくる。


 ということは、ここでボクが何を言おうとも、レファスの心は既に決まっているってことだ。


 (ゔぅっ……日を改めることは無理そうだ……)


 ボクは、覚悟を決めるとゆっくりと室内に足を踏み入れた。



 ◇◆◇◆◇



 室内の半分ほどを占める巨大な天蓋付きのそのベッドは、現在、カーテンが二重に下されていて、中の様子を窺い知ることはできなかった。

 だけど微かに聞こえる息遣いから、確かにそこに ”誰かが居る“ ということは分かる。


 (何だか、不思議だな……転生で与えられる『下界人の体』以外にボクに『体』があったなんて……さすがにそんなこと思いもしなかったよ……)


 ボクは、柔らかそうなカーテンを見つめながらそんなことを考えていたが、突然ハッと閃いた。


 (あ! もしかしてっ!? ボクが転生を繰り返しても、ずっ〜と記憶を持ち続けていられた理由って、ボクの『本体』がここにあったからなのでは!?)


 根拠なんてのは無いんだけど、でも、そう考えると辻褄が合う。

 何だか、長年の謎が解けたみたいで、少し気分がスッキリした。


「ヒルダ、休眠中悪いね? ちょっと起きてもらえるかな?」

「……レ……ファス……様……?」


 レファスがカーテン越しに中の人物に声をかけると、カーテンの向こうから少し話しづらそうな声で返事が返ってきた。

 そして、布ずれの音がしたかと思うと不意にカーテンが開いた。


 その時、白くてほっそりとした手が見えたんだけど、ボクは反射的に俯いてしまった。


 (ぬわぁぁ、ちょっと見えちゃったっ! ちょっと待って! やっぱりまだ心の準備がっ……)


 咄嗟に視線を下げたから見えたのは肘から先だけだけど、とても繊細で女の子らしい手だった。

 …… 本当に……ボクの体で合ってる?


「ガーレリア、紹介するよ、彼女はガーレリアの『心臓』を担ってくれているヒルダだ。……ヒルダ、この子がボクの娘のガーレリアだ」

「……ガー……レリア……様……ヒル……ダと申し……ます」


 ここに来て『やはり、何かの間違いでは……』と、心配になってきたボクをよそに、レファスは『心臓』役のヒルダにボクのことを紹介した。


 ヒルダは、やはり話しづらそうに、それでも精一杯に舌を動かしながら、ボクに挨拶してくれた。


 (体から拒否反応が出始めているのかな?……動かし難いだろうに、こんなに一生懸命挨拶してくれたんだから、ボクも礼を尽くさないといけないよね……)


「……は、初めまして!」


 ボクは思い切って視線を上げると、スッと背筋を伸ばし、真っ直ぐにヒルダを見つめながら挨拶をした。


 視線の先にはレファスと同じ艶やかなプラチナブロンドに、アルによく似た煌めく翠眼すいがんを持った美しい顔立ちの少女が、焦点の定まらない目付きで座っていた。


 声を上擦らせながら挨拶をしたボクの方に、ゆっくりとヒルダが視線を動かした。


 そしてボクはヒルダと……『ボクの体』と目があった途端……


「ッ!?」


 ……謎の浮遊感に包まれたかと思うと、その視線に吸い込まれるように意識を失ってしまった。


「ガッ!? ガーレリア!?」


 レファスの慌て切った声が一瞬だけ聞こえたが、これが擬似体で聞いた最後の声になった。

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